2018年12月28日 (金)

歌舞伎の世界展

歌舞伎の世界展
西武池袋本店・7階(南)催事場に来ています。

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2018年12月 4日 (火)

12月の暖かい夜

風呂上がりに
夜の庭
出てみたら
夏の終わりの匂いがする
もう師走だというのに

(全国366地点で12月の最高気温を観測
一部では史上初の師走の夏日を記録)

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2018年11月25日 (日)

四十八年目の憂国忌に

 おはようございます。朝からブログを書くのは久しぶりです。
 本日はもちろん、三島由紀夫・森田必勝両烈士の義挙記念日であります。あれからもう四十八年です。この日を僕は一番大切にしていました。遺憾ながら、過去形です。いや、むろん今も大切にしていることには変わりはないのですが……。
 一昨日はこれも大切な日で、新嘗祭の日でした。この三日間、今年は金・土・日で、久しぶりに三連休を取りました。しかし、「新嘗を祝ふ集ひ」に出席するためでも、「憂国忌」に出席するためでもありませんでした。
 ソフトボールの大会に行くためでした。今年最後の大きな大会で、地区大会ではなく東京都の大会ですが、それゆえ、本来ならもういいおじさんの僕などが出る幕ではないのですが、若手のサポートのつもりで待機していました。
 祭日ではあっても日曜ではない一昨日は、メンバーの集まりが厳しく、守備だけのFPでしたが、レフトでフル出場しました。結果は、最後一点差まで詰め寄りましたが負けました。そんなわけで、今日は試合はなく、練習のみですが、今日もこれから地元のグラウンドに行きます。
 ジャン=ジャック・ルソーの『孤独な散歩者の夢想』を読みはじめたり、『戦後詩大系』や大手拓次、三好達治、谷川俊太郎の詩集を読み返したり、昨日も急に思い立ってヘミングウェイの最初の短編集『われらの時代(IN OUR TIME)』を再読し始めたりしてはいますが、まあ言ってみればそれまでで、三島さん・森田さん自決の日に、何とも情けない限りです。

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2018年11月24日 (土)

ルソーの『孤独な散歩者の夢想』を読む(1)

 ジャン=ジャック・ルソーの『孤独な散歩者の夢想』を読みはじめた。こんな世界的な古典の名著を五十五歳になって初めて読むのである。
 娘の部屋にあったのだ。青柳瑞穂氏訳の新潮文庫が。それを見つけて、ちょっと手に取ってみて、これは今読むべきものだと直観したのだった。それは正しかった。まったくの偶然で、たまたまに過ぎないのだが、本の方から必然的に目の前に現れたような幸運な出会いというものがある。読書の醍醐味であるが、そうした出会い方で出会えたときというのは、不思議なことにいつも間違いなく、何ものかをもたらす質の高い読書になるのである。
 十五歳の夏に、これもたまたまタイトルに惹かれて読んだ二冊の本がきっかけとなり、突然読書に目覚めた。以降、中学の終わりから高校時代にかけて、僕のバイブルになったのが新潮文庫の解説目録である。(岩波文庫や講談社学術文庫、社会思想社の現代教養文庫などに目が向くようになったのはもう少しあとで、高校の終わりころからである)。
 今でも持っているのだが、一九七八年版の新潮文庫の解説目録は、ほとんど〝愛読書〟といってもよく、読むべき本にその重要度に応じて☆だの◎だの○だのといくつかの記号を使い分けて印をつけ、読了すると蛍光ペンでマーキングしていた。
 そのリストに、当然のことながらジャン=ジャック・ルソーの『孤独な散歩者の夢想』も含まれていた。当時の認識では、ルソーといえば、トマス・ホッブズやジョン・ロックなどと並ぶ、哲学や思想といってもどちらかというと政治学的、社会学的な方面の哲学者、思想家という認識しかなく、いや、十五歳のときはそれすらなく、(そういう認識を得るのは高校で世界史や政治経済の教科書でその名前に接してからであろう)、おそらくこれもまたそのタイトルとほんの短い解説文に惹かれて印をつけていたのであろう。
 しかし、四十年間、実際に手に取って読むことなく今日に至ってしまったわけだが、これはむしろ正解だったかもしれない。
 この書のタイトルはフランス語の原題そのままで、付け足しも省略もないが、より内容に即した恣意的なタイトルをつけるとするなら『年老いた孤独な散歩者の夢想』とでもすべきものである。〈孤独な散歩者〉というところに魅力を感じたわけで、それに〈年老いた〉とか〈老年の〉とかあるいは〈中年過ぎの〉とかいった形容詞がついていたらどうだったであろう。
 四十年間読まずにいたわけだが、むしろ良かったと思う。この書は、五十歳を過ぎて読まないと、実感としては理解できないであろうから。

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2018年11月16日 (金)

『戦後詩大系』全四巻(本体&函および月報)

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三一書房版『戦後詩大系』収録詩人の年齢

 最高齢は明治一六(一八八三)年生まれの高村光太郎で、当時すでに故人であったが、存命なら八三歳。高村光太郎は戦後評価が二分しており、〝戦後詩〟のアンソロジーに彼を採録しているのは本書編集者たちの一つの見識を示しているといえる。
 次いで高齢なのが、明治二七(一八九四)年生まれの西脇順三郎、明治二八(一八九五)の金子光晴、明治三一(一八九八)の笹沢美明、中野秀人、吉田一穂、坪井繁治、明治三三(一九〇〇)の北川冬彦、三好達治、岡崎清一郎、明治三四(一九〇一)年の村野四郎。三好達治は故人であったが、北川冬彦や村野四郎は刊行当時七〇歳である。
 いや上よりも若い方だろう。一番若いのはだれか。昭和一七(一九四二)年五月三日生まれの郷原宏。「長帽子」の詩人。刊行当時二八歳であった。今となっては、一番若くても戦争中の生まれなのだった。
 次に若いのは、昭和一五(一九四○)年生まれの会田千衣子、古川史子、藤森安和、昭和一四(一九三九)年の長田弘、岡田隆彦、吉行理恵、石井藤雄、吉増剛造。このあたりが三○歳になったばかりの詩人たちだ。
 それに次いで若いのが、昭和一二(一九三七)年生まれの仁科理、鈴木孝、中野妙子、昭和一一(一九三六)年の寺山修司、水野隆、そして昭和一○(一九三五)年の鈴木志郎康と、本書では生年月日が伏せられているが芦原修二が同い年である。ここまでが三五歳で、当時の最も若い新進気鋭である。
 個人的なことを記すと、私の父は昭和一二年、母は一四年の生まれなので、私からすればちょうど親の世代ということになる。
 ザ・ビートルズのジョン・レノンとリンゴ・スターは日本風にいえば昭和一五年、ポール・マッカートニーは昭和一七年、ジョージ・ハリスンは昭和一八年の生まれで、同世代というわけだ。
 ジョンや寺山修司など若くして死んだ人はともかく、長く生きた人でも平成も終わろうとしている現在では八○代になり、私の父も七九で亡くなり、芦原修二さんは生きているのやら死んでしまったのかすら分からない。存命なら八三歳。本書の編者の一人小川和佑先生が亡くなったのが四年前で八四歳であった。
 一方、かのポール・マッカートニーは、質・量ともに充実したオリジナルのスタジオ録音盤ニュー・アルバムを引っ提げて、つい最近(二週間ほど前)も日本公演でその健在ぶりを示した。これはもう本当に凄いことだ。
 話がそれたが、この『戦後詩大系』に収録された二四一名の詩人のうち一体何名が存命なのだろうか。
 しかし、それでも、こうして「本」として残っていれば、半世紀近く経っても、誰かが手に取って大事に読むこともあるわけだ。

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2018年11月 1日 (木)

三一書房版『戦後詩大系』全四巻収録詩人

  Ⅰ ア~オ
阿部弘一・安藤一郎・安東次男・安宅夏夫・安西均・会田千衣子・会田綱雄・赤木三郎・足立巻一・秋谷豊・秋村宏・芦原修二・天沢退二郎・天彦五男・天野忠・鮎川信夫・荒川法勝・井上俊夫・井上靖・伊藤桂一・伊藤海彦・石垣りん・石井藤雄・石原吉郎・石川逸子・乾武俊・飯島耕一・磯村英樹・犬塚堯・茨木のり子・入沢康夫・和泉克雄・内山登美子・上杉浩子・江森国友・餌取定三・小山正孝・荻原恵子・及川均・岡崎清一郎・岡崎澄衛・岡田隆彦・岡田兆功・小川和佑・小野十三郎・小田久郎・大崎二郎・大滝清雄・大野純・大野新・大岡信・長田弘(五二名)

  Ⅱ カ~ス
香川紘子・河邨文一郎・加藤郁乎・風山瑕生・角田清文・片岡幹雄・片岡文雄・片桐ユズル・片瀬博子・金丸桝一・金井直・金子光晴・鎌田喜八・唐川富夫・金沢星子・上林猷夫・川崎洋・木島始・木原孝一・木村嘉長・菊地貞三・岸田衿子・北村太郎・北川冬彦・君本昌久・清岡卓行・許南麒・草野心平・久坂葉子・窪田般弥・倉橋健一・栗原まさ子・黒田喜夫・黒田三郎・慶光院芙沙子・小海永二・小松郁子・小出ふみ子・高良留美子・郷原宏・嵯峨信之・佐川英三・佐藤憲・斎藤庸一・斎藤怘・桜井勝美・坂本明子・笹原常与・笹沢美明・澤村光博・島崎曙海・嶋岡晨・渋沢孝輔・清水俊彦・清水高範・柴田元勇・十国修・生野幸吉・城侑・白石かずこ・新川和江・新藤千恵・新藤凉子・諏訪優・菅原克己・菅谷規矩夫・鈴木志郎康・鈴木孝・鈴木正和(六九名)

  Ⅲ ス~ハ
進一男・関口篤・関根弘・宗左近・高田敏子・高村光太郎・高野喜久雄・高内壮介・高見順・高橋睦郎・竹川弘太郎・武田文章・武村志保・財部鳥子・滝口雅子・田村昌由・田村隆一・谷川雁・谷川俊太郎・知念栄喜・辻井喬・粒来哲蔵・鶴岡冬一・鶴岡善久・坪井繁治・寺門仁・寺山修司・土井大助・土橋治重・富岡多恵子・殿岡辰雄・殿内芳樹・友竹辰・鳥見迅彦・徳永民平・峠三吉・那珂太郎・中江俊夫・中桐雅夫・中野秀人・中野鈴子・中野妙子・中野嘉一・中平耀・中村千尾・中村真一郎・中村稔・中村隆子・永井善次郎・永瀬清子・永島卓・長島三芳・長尾辰夫・難波律郎・西一知・西垣脩・西森茂・西脇順三郎・新国誠一・仁科理・野間宏・野村英夫・原民喜・原条あき子・花田英三(六五名)

  Ⅳ ハ~ワ
林嗣夫・長谷川龍生・浜田知章・平井照敏・平林俊彦・平光善久・福士一男・福永武彦・富士正晴・藤富保男・藤森安和・古川史子・堀内幸枝・堀川正美・堀田善衛・堀場清子・牧章造・牧羊子・松田幸雄・松永伍一・丸山豊・三木卓・三木昇・三谷晃一・三井ふたばこ・三好達治・三好豊一郎・水尾比呂志・水野隆・水上文雄・南川周三・港野喜代子・宮崎健三・村岡空・村田正夫・村野四郎・牟礼慶子・森崎和江・安水稔和・梁瀬和男・山口洋子・山崎栄治・山田今次・山田正弘・山本太郎・吉岡実・吉田一穂・吉野弘・吉原幸子・吉増剛造・吉本隆明・吉行理恵・鷲巣繁男・渡辺武信・和田徹三(五五名)
(Ⅰ~Ⅳ・合計二四一詩人)

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2018年10月30日 (火)

三一書房版『戦後詩大系』全四巻収録詩人(序)

 今年1月に、昭和45年9月から刊行開始された伝説の書籍と言っていい三一書房版の『戦後詩大系』全四巻を、しかも総革張りの限定三百部特装版を手に入れたという話を書いた。
 このエポックメイキングな書籍の編者は、嶋岡晨・大野順一・小川和佑の三人で、三人とも私にとっては明治大学文学部の大先輩であるが、当時まだ四十歳になるかならないぐらいの若き新進気鋭の詩人・評論家である。と、これは現在からみての感慨で、当時は既に「中堅」の域に達していたのかもしれない。
 折り込まれている三一書房の当時の新刊案内のトップにこうある。

 既成の評価に盲従することなく、ひろく戦後二十五年の詩の世界を展望する。
 二三〇名余りの詩人の代表作を、ほぼ平等のページ数に編集、事典的形式をとる。
 幸運なひとつかみの詩人たちの詩業に約束された拍手を送るせせこましさを捨て、埋もれたおおくの才能に惜しまずライトを当てる。
 詩人の略歴、年譜を付して、詩集発行の年月日や出版社などがわかるようにした。
 新しい視点から書き下ろした戦後詩史を付して、幅広く詩人の活動の跡をたどる。
 戦後詩史年表を最終巻に収録した。

 第一巻の冒頭に、編者を代表して嶋岡晨氏が「道標(みちしるべ)」と題した巻頭言を書いている。編集の経緯や意図についで、編集の基本的な方針が記されている。全文抜き出したいところだが、それは省略する。しかし、せめて、収録されている全詩人の名前を列挙してみたい。
 刊行から48年の月日が経ち、つまりやがて半世紀を向かえるわけで、本書も歴史の彼方に忘れ去られているわけだが、今この場を借りて、当時はまだ存在していなかったインターネットという世界に、せめて名前だけでも写し採っておくことは無駄ではないだろう(と信じたい)。

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2018年9月20日 (木)

「小川ゼミ通信」Vol.41

小川和佑ゼミナールOB、OGの皆様
 
 ご無沙汰しております。みなさんいかがお過ごしでしょうか。  今年もまた9月20日が巡ってきました。早いもので、先生が他界されて満四年になります。  遺憾ながらお墓参りに行けませんが、心は宇都宮に飛んで、あらためて先生のご冥福をお祈りしたいと思います。
 
 さて、長年かかっていまだ完成していない『小川和佑先生著書目録』ですが、やっと昭和60年6月刊行の『百観音巡礼』まで来ました。
 が、そこでちょっとお休みし、「解題」で抜き書きしていたいわば「名言集」を、著書目録から独立させ、「小川和佑先生の言葉」として別に編集しはじめました。
 特に今年4月29日(先生のお誕生日)から連載している『わが一九四五年』は、社会思想社の教養文庫『青春の記録』シリーズの第一巻ですが、次代への先生の清冽なメッセージで、ぜひみなさんに読んでいただきたいと思います。
小川和佑先生著書目録
 
 また、個人的なことですが、今年4月に軽井沢~信濃追分を再訪してきました。
 それで、15年前の平成15年10月、明大リバティアカデミー講座のフィールドワークで行った「軽井沢文学ツアー」をウエブ上に再現した「小川和佑先生と歩く軽井沢」のページを大幅に増補しました。
小川ゼミの軽井沢文学散歩アルバム
 
 さらに、まだ未完成ですが、ゼミ合宿で泊まった信濃追分についても制作を開始しました。ご覧いただけると嬉しいです。
軽井沢文学散歩〈信濃追分編〉
 
 和佑先生と軽井沢に行ったことのない人も追体験していただければと思います。
 今年は酷暑の夏でしたが、急に秋めいてきました。これを送信したら、また先生の本を読み返そうと思います。
 
小川和佑ゼミナールOB会事務局:西山正義
小川ゼミの部屋

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2018年9月 5日 (水)

四城亜儀という詩人・小説家

 私が作成している『小川和佑先生著書目録』に、本編の著書目録を一時休んで、昨年10月から「小川和佑先生の言葉」として、その著書からみなさんにぜひ読んでもらいたい文言を抜粋して転載していますが、4月29日の先生の生誕記念日から『わが一九四五年 ――青春の記録1』(昭和50年9月・現代教養文庫)を写していました。当初は抜粋の予定でしたが、ほぼ丸写しに書き出すことになりました。
 それで本日、最終章の「5 問うべき戦後とはなにか ――持続すべきもの」の後半をアップしました。そこでは四城亜儀というちょっと謎めいた作家の小説「帰ろう愛の天使たち」が取り上げられています。彼(または彼女)は、当時も今も全く無名の同人雑誌作家で、私も本書で初めて知ったのですが、やはり小川先生経由で別に知った芦原修二氏を通じて、芦原さんがかつて主宰していた同人誌『海とユリ』で別の作品を読み(いや、あるいはこちらを先に読んだのだったか)、さらに私が学生の時に芦原さんが創始し、私も参加した『短説』でも、四城亜儀さんは短説は書きませんでしたし積極的に参加したわけではありませんが、昔からの芦原さんとの関係から『短説』の機関紙にも少し関わっていました。
 私はもちろんこの小説に魅せられたことが第一ですが、面識は全くないのですが、少し近しい文学的機縁にいたことから、知り合いに対するような敬愛の念を、一方的に持っていました。
 私がホームページを始めた2002年とほぼ同じ頃に、四城亜儀さんもホームページを始め、その頃一回だけ個人的な交流もありました。その後、彼女(彼は実は彼ではなく、彼女なのでした)のサイトは、メインのホームページを中心にいくつものブログ(それぞれのテーマ別にブログが立ち上がっている)で構成された壮大な構想のサイトになっています。相当につぶさに閲覧している私でも全貌はとても読み切れていません。
 それで時々訪問していたわけですが、実は数年前から、もう末期の癌であることが告白されていました。2014年頃から入院、手術が繰り返され、2015年には相当悪化していたようです。それでもブログが更新されていました。しかし2016年4月以降、ブログも更新されなくなりました。
 そしていくつもあるブログの一つ『TEL QUEL JAPON』の2018/03/17(土) 21:32:56の記事のタイトルに「利用してください」とあり、「このサイトの主は他界しましたが、サイトの価値は永遠です。」とありました。
 四城亜儀さんについてはまた別に語りたいと思います。今はただただ故人の
ご冥福をお祈りするばかりです。――合掌

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