2018年9月20日 (木)

「小川ゼミ通信」Vol.41

小川和佑ゼミナールOB、OGの皆様
 
 ご無沙汰しております。みなさんいかがお過ごしでしょうか。  今年もまた9月20日が巡ってきました。早いもので、先生が他界されて満四年になります。  遺憾ながらお墓参りに行けませんが、心は宇都宮に飛んで、あらためて先生のご冥福をお祈りしたいと思います。
 
 さて、長年かかっていまだ完成していない『小川和佑先生著書目録』ですが、やっと昭和60年6月刊行の『百観音巡礼』まで来ました。
 が、そこでちょっとお休みし、「解題」で抜き書きしていたいわば「名言集」を、著書目録から独立させ、「小川和佑先生の言葉」として別に編集しはじめました。
 特に今年4月29日(先生のお誕生日)から連載している『わが一九四五年』は、社会思想社の教養文庫『青春の記録』シリーズの第一巻ですが、次代への先生の清冽なメッセージで、ぜひみなさんに読んでいただきたいと思います。
小川和佑先生著書目録
 
 また、個人的なことですが、今年4月に軽井沢~信濃追分を再訪してきました。
 それで、15年前の平成15年10月、明大リバティアカデミー講座のフィールドワークで行った「軽井沢文学ツアー」をウエブ上に再現した「小川和佑先生と歩く軽井沢」のページを大幅に増補しました。
小川ゼミの軽井沢文学散歩アルバム
 
 さらに、まだ未完成ですが、ゼミ合宿で泊まった信濃追分についても制作を開始しました。ご覧いただけると嬉しいです。
軽井沢文学散歩〈信濃追分編〉
 
 和佑先生と軽井沢に行ったことのない人も追体験していただければと思います。
 今年は酷暑の夏でしたが、急に秋めいてきました。これを送信したら、また先生の本を読み返そうと思います。
 
小川和佑ゼミナールOB会事務局:西山正義
小川ゼミの部屋

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2018年9月 5日 (水)

四城亜儀という詩人・小説家

 私が作成している『小川和佑先生著書目録』に、本編の著書目録を一時休んで、昨年10月から「小川和佑先生の言葉」として、その著書からみなさんにぜひ読んでもらいたい文言を抜粋して転載していますが、4月29日の先生の生誕記念日から『わが一九四五年 ――青春の記録1』(昭和50年9月・現代教養文庫)を写していました。当初は抜粋の予定でしたが、ほぼ丸写しに書き出すことになりました。
 それで本日、最終章の「5 問うべき戦後とはなにか ――持続すべきもの」の後半をアップしました。そこでは四城亜儀というちょっと謎めいた作家の小説「帰ろう愛の天使たち」が取り上げられています。彼(または彼女)は、当時も今も全く無名の同人雑誌作家で、私も本書で初めて知ったのですが、やはり小川先生経由で別に知った芦原修二氏を通じて、芦原さんがかつて主宰していた同人誌『海とユリ』で別の作品を読み(いや、あるいはこちらを先に読んだのだったか)、さらに私が学生の時に芦原さんが創始し、私も参加した『短説』でも、四城亜儀さんは短説は書きませんでしたし積極的に参加したわけではありませんが、昔からの芦原さんとの関係から『短説』の機関紙にも少し関わっていました。
 私はもちろんこの小説に魅せられたことが第一ですが、面識は全くないのですが、少し近しい文学的機縁にいたことから、知り合いに対するような敬愛の念を、一方的に持っていました。
 私がホームページを始めた2002年とほぼ同じ頃に、四城亜儀さんもホームページを始め、その頃一回だけ個人的な交流もありました。その後、彼女(彼は実は彼ではなく、彼女なのでした)のサイトは、メインのホームページを中心にいくつものブログ(それぞれのテーマ別にブログが立ち上がっている)で構成された壮大な構想のサイトになっています。相当につぶさに閲覧している私でも全貌はとても読み切れていません。
 それで時々訪問していたわけですが、実は数年前から、もう末期の癌であることが告白されていました。2014年頃から入院、手術が繰り返され、2015年には相当悪化していたようです。それでもブログが更新されていました。しかし2016年4月以降、ブログも更新されなくなりました。
 そしていくつもあるブログの一つ『TEL QUEL JAPON』の2018/03/17(土) 21:32:56の記事のタイトルに「利用してください」とあり、「このサイトの主は他界しましたが、サイトの価値は永遠です。」とありました。
 四城亜儀さんについてはまた別に語りたいと思います。今はただただ故人の
ご冥福をお祈りするばかりです。――合掌

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2018年8月18日 (土)

歌舞伎座の緞帳と提灯

歌舞伎座の緞帳と提灯
歌舞伎座百三十年
八月納涼歌舞伎
第三部
『通し狂言 盟三五大切』
開幕前 

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2018年7月31日 (火)

「軽井沢文学散歩〈軽井沢編〉」の大幅増補が完結

 当サイト『西向の山』の「小川和佑先生と歩く軽井沢/小川ゼミの軽井沢文学散歩アルバム」の〈軽井沢編〉の大幅増補が完結しました。
6月29日 (金)に「軽井沢文学散歩〔5〕-二手橋~犀星文学碑~白鳥文学碑」、
7月6日 (金)に「軽井沢文学散歩〔6〕-水車の道~片山別荘~聖パウロ教会」、
7月9日 (月)に「軽井沢文学散歩〔7〕-テニスコート~万平ホテル~三笠ホテル」、
7月29日 (日)に「軽井沢文学散歩〔8〕-碓氷峠見晴台~万葉歌碑~御風歌碑」、
7月31日 (火)に「軽井沢文学散歩〔9〕-熊野皇大神社~吾妻はや~アリスの丘」を大幅に増補しました。
 平成15年10月17日のツアーから15年かかって一応の完成版が出来上がりました。まあ、見てやってくださいませ。

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2018年7月29日 (日)

某団地祭り

某団地祭り
三百円、くすねていません。

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2018年6月21日 (木)

公園の猫

公園の猫
狛江の前原公園(通称・とんぼ公園)にて
小型ボートを利用した花壇の上でお寝んね中のキジトラ君(たしかオス)
実はエサを持って来てくれるオジサン待ちなのでした。

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2018年6月 5日 (火)

信濃追分文学散歩の2頁目&3頁目

 6月3日(日)に
「軽井沢文学散歩〔11〕信濃追分編-一里塚~郷土館~浅間神社」を新規に作成しアップロードしましたが、これを
 6月5日(火)にページを分割、増補し、
軽井沢文学散歩〔11〕信濃追分編-一里塚~追分宿郷土館~旧測候所
軽井沢文学散歩〔12〕信濃追分編-浅間神社~追分節発祥地~芭蕉句碑
 として新規に公開しました。

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2018年5月19日 (土)

「軽井沢文学散歩」〔2〕~〔4〕増補

 引き続き、
4月22日 (日)に「軽井沢文学散歩〔2〕-ささやきの小径~旧サナトリウム」、
4月29日 (日)に「軽井沢文学散歩〔3〕-旧軽銀座~観光会館~神宮寺の桜」、
5月19日 (土)に「軽井沢文学散歩〔4〕-近藤長屋~つるや旅館~ショー礼拝堂」を大幅に増補しました。

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2018年4月15日 (日)

結婚三十周年記念に信濃追分~軽井沢へ

 前記までの四日間の通り、4/9~4/12の毎日一枚、鉄道の駅と電車の写真のみをアップしてきましたが、これは現地からリアルアイムに投稿したもので、つまり長野県に旅行に行っていました。
 平成30年4月10日、この〈短説の会〉公式サイトならびに文藝サイト「西向の山」の編集長である私が、同じく短説の会同人でサイトの共同制作者である妻と結婚式を挙げて満三十年になりました。媒酌人は明治大学の恩師で文芸評論家の小川和佑先生と節子さんご夫妻です。桜満開の神田明神でのことでした。
 ブログで個人的なことを書くのもどうかと思いますが、ホームページ本編でも書いたので再録します。入籍したのは二日前の4月8日で、満開の桜に時ならぬ春の雪が降った日でもありますが、私の二十五歳の誕生日でした。それから三十年、つまり私も五十五歳になったわけです。
 
 結婚記念日を祝う風習はイギリスが発祥とのことですが、当初は結婚5年、15年、25年、50年、60年目の五回のみを祝っていたそうです。わが国でも明治27年(1894)に明治天皇・皇后両陛下が「大婚二十五年祝典」を執り行ったことから、一般に最も大きな節目としていわゆる「銀婚式」が著名になったようです。
 五年前、その銀婚式に、私の仕事が不安定で遺憾ながら何もできませんでした。恥かしいことを告白すれば、経済的に不如意だったわけです。その上での三十年であるし、何も結婚記念日に旅行しなければいけないわではありませんが、五十歳をはるかに越え子供も独立したので本来ならもっと余裕があるはずで、ここは豪勢に奢ってもいいところなのですが、如何せん私が不甲斐なく、国内のそれも比較的近い所に落ち着いてしまいました。
 ただ正直言って、私が行きたいと思う所は、やはり信濃追分と軽井沢しかありません。いやほかにも、熊野や出雲や高千穂には行ってみたいと思いますが、遠過ぎます。いや遠過ぎるというより、本当の目的は、このホームページの「軽井沢文学散歩」の〈信濃追分編〉を作りたいがためです。既存の〈軽井沢編〉も増補してもっと充実させたいし。
 
 そもそも本サイト「西向の山」は、私たちの結婚記念日を期して開設したのでした。それが本サイトのコンセプトであり、肝といえます。
 それで、三十年目の結婚記念日を挟んで、4月9日の月曜日から10日の火曜日にかけて、信濃追分~軽井沢に行ってきました。念願の万平ホテルにも泊まってきました。10日の夜は上田の別所温泉、11日は善光寺の宿坊に泊まり、こちらもことのほか良かったのですが、それはまた別の話として、長い間の懸案であった文学散歩の〈信濃追分編〉に取り掛かりたいと思います。
 
 それで、さっそくですが、その前に〈軽井沢編〉の増補改訂版に手が伸びてしまいました。一昨日にまずは、「軽井沢文学散歩〔1〕-序~新軽~矢ヶ崎大橋~りんどう文庫」を大幅に増補しました。
 そして本日、ようやくのことで、〈信濃追分編〉の1ページ目「軽井沢文学散歩〔10〕-序~信濃追分駅~停車場道~うとう坂」をアップロードしました。ご覧いただければ嬉しいです。

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2018年4月12日 (木)

長野電鉄の特急

長野電鉄の特急
長野電鉄A特急「湯田中」行(長野駅にて)
昔の小田急ロマンスカーの車輌ですな。

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