2017年10月14日 (土)

日本ペンクラブの電子文藝館

 小川和佑先生の『三島由紀夫―反『日本浪曼派』論』(昭和60年4月・林道舎刊)の解題を書くため調べていて、1984年5月の国際ペン東京大会について調べる必要が生じ、日本ペンクラブのホームページを見ていたら、同クラブが主宰する「電子文藝館」というのに行きつきました。
 その存在は以前から知っていましたが、しばらく訪れていなかったら、立ち上げから間もなく16年を迎え相当に充実してきていました。「青空文庫」とはまた趣旨が異なるのですが、ペンクラブ会員の作品を中心に良質な文藝作品が電子版で読めます。ちょっと宣伝。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月11日 (水)

箱根山麓の切通し

箱根山麓の切通し

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月18日 (月)

掩体壕に格納されていた飛燕1型丁の模型

掩体壕に格納されていた飛燕1型丁の模型

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月 8日 (金)

掩体壕(大沢1号)

掩体壕(大沢1号)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月 7日 (月)

もう一つの多麻河万葉歌碑

もう一つの多磨河万葉歌碑
狛江の玉川万葉歌碑より一里ほど上流にあります。
京王多摩川駅から河川敷に向かって、河川敷グラウンドの入口あたり、多摩川白衣観音菩薩様のある一角。
僕らが時々利用する河川敷グラウンドの管理事務所の隣に建っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月 4日 (金)

箱根山の麓から

箱根山の麓から
箱根山北入口(戸山公園側)付近から見上げた図

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月31日 (月)

遅野井の滝

遅野井の滝
善福寺公園の遅野井の滝
源頼朝ゆかりの湧水の涌き出し口

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月15日 (土)

国木田独歩文学碑

国木田独歩文学碑
 国木田独歩の『武蔵野』の文学碑です。JR中央線「武蔵境」駅から北へまっすぐ、武蔵野市の堺浄水場の西側、玉川上水の桜橋西詰めの上流に向かって左岸脇にあります。
 碑面には、『武蔵野』の「六」の冒頭部分が刻印されています。

 今より三年前の夏のことであった。自分は或友と市中の寓居を出でて三崎町の停車場から境まで乗り、其処で下りて北へ真直に四五丁ゆくと桜橋という小さな橋がある、

 よく確認してきませんでしたが、上記のように新漢字・新仮名遣いだったような気がします。そこが残念。右の立て札に、「昭和32年10月27日 除幕」とあります。独歩没後49年、つまり五十回忌の年に建てられたもの。
 上記の文章は、途中まででカットされていますが、それに続く文は、

……桜橋という小さな橋がある、それを渡ると一軒の掛茶屋がある、この茶屋の婆さんが自分に向て、「今時分、何にしに来ただア」と問うた事があった。 

 引用は新潮文庫(昭和24年5月初版・昭和42年10月36刷改版)より。岩波文庫(昭和14年2月初版・昭和47年8月37刷改版)は表記上異同があります。
 桜橋のこの碑がある側を渡ると、ちょっとお洒落っぽい喫茶店(?)のような店があるのですが、まさかこの婆さんの店ではあるまいな。
 独歩が『武蔵野』を「国民之友」に発表したのは、「五」までは明治31年1月、「六」以降は同2月で、書いたのは同年1月。したがって、「今より三年前の夏」とは、明治28年のことで、「或友」とは、独歩の最初の妻となる佐々城信子といわれています。そう、有島武郎の『或る女』のモデルです。私は詳しくは知りませんが、この結婚がすぐに破綻したのは、(当たり前といえば当たり前ですが)独歩、信子双方に問題があったようです。残された写真を見ると、相当な美人ですな。美形というより、ちょっと童顔でコケティッシュな感じとでもいうのでしょうか……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月 7日 (金)

箱根山の猫

箱根山の猫
新宿箱根山の中腹のベンチで優雅に(というよりデレーッと)寝そべるお猫さま。
今日も暑く32℃を越える真夏日ですが、ここは完全な木陰で風通しも良さそうです。
暖かい所と涼しい所は猫に訊け、ですな。
猫の頭のうしろに見えるのが箱根山の碑です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月 3日 (月)

ここも新宿


箱根山(戸山ハイツ側)の崖

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«庭の紫陽花