謹賀新年
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今年は何と言っても大震災の年でした。
個人的にも激震の年でした。
年末年始は仕事で、年越しの切り替えがうまくできていません。
両親の年賀状は早々に作ったのに、わが家のはまだです。
いつの間にか年の瀬という感じで、年賀状書きは年明けになります。
来る年(もう数時間後に迫っているわけですが…)はどんな年になるのか。
来年も子供中心になるのは間違えないでしょうが、何かひとつでも……。
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木枯らしの街 〔発表:平成19年(2007)1月関西座会(第5回短説お年玉文学賞受賞)/初出:「短説」2007年4月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2011.1.2〕 Copyright (C) 2007-2011 INOUE Takashi. All
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すだとしおさんから、重い、重過ぎる作品集が届いた。
今日のお昼ころのこと。とてもすぐには読み飛ばせない。
中身もさることながら、その集を編集した父親の思いが重いのだ。
血の吹き出るような、いや、何と表現したらいいのか、感に堪えない。
これに対しては、やはり短説で応えるしかないだろうと思う。
先日ネット上で、久しぶりに太宰治の随筆を読んだので、
引き続き別のも読みたくなり、『もの思う葦』を再読している。
懐かしい、あの新潮文庫で。高校二年の時、
リアルタイムに「今月の新刊」で読んだのだった。
太宰のまとまったエッセイ集は文庫では初だったのではないか。
それにしても、文字が小さい!
当時はこれが普通だったのに……。
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「縦書き文庫」をつらつら検索していたら、ボブ・ブラックという人の「労働廃絶論」という論考に出くわした。もうタイトルからして、大いに惹かれてしまった。
冒頭からしてこうだ。
人は皆、労働をやめるべきである。
労働こそが、この世のほとんど全ての不幸の源泉なのである。
この世の悪と呼べるものはほとんど全てが、労働、あるいは労働を前提として作られた世界に住むことから発生するのだ。
苦しみを終わらせたければ、我々は労働をやめなければならない。
リベラル派は、雇用差別を終わらせるべきであると言う。
私は、雇用を終わらせるべきであると言いたい。
左翼は完全雇用がよろしいと考える。
シュールレアリストを真似て言うと、―私はふざけているわけではない―私は完全失業がよろしいと考える。
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昨日、仕事中にそばを通ったので、向島の牛島神社に立ち寄った。師走にしては暖かい快晴の日曜日ということもあって、そこそこ賑わっていた。
牛島神社の由来などはこちらに詳しいが、文学的に言えば、ここは何よりも堀辰雄なのであった。

ちょうどお昼すぎで、結婚式が行われていた。近くの浅草では人力車が走っていて、多くの観光客を乗せていたが、その人力車で新郎新婦と仲人もしくはご両親がパレード?してきて、本殿に参るところに遭遇した。
↓思わず、境内を掃き清める巫女さんを撮ってしまいました。

大鳥居の真っ正面に、でーんと東京スカイツリーが。↑(クリックで拡大)
小川和佑先生の明大リバティアカデミーでの公開講座で、堀辰雄の幼年時代を訪ねる「隅田川畔フィールドワーク」でここを歩いたのは、もう八年前になるのでした。その時は、スカイツリーなど影も形もありませんでした。
堀辰雄が愛した「撫で牛」↓

おばあさんは私の家にくると、いつも私のお守(も)りばかりしていた。そうしておばあさんは大抵私を数町先きの「牛の御前(ごぜん)」へ連れて行ってくれた。そこの神社の境内の奥まったところに、赤い涎(よだれ)かけをかけた石の牛が一ぴき臥(ね)ていた。私はそのどこかメランコリックな目(まな)ざしをした牛が大へん好きだった。「まあ何んて可愛(かわ)いい目んめをして!」なんぞと、幼い私はその牛に向って、いつもおとなの人が私に向って言ったり、したりするような事を、すっかり見よう見真似(みまね)で繰り返しながら、何度も何度もその冷い鼻を撫(な)でてやっていた。その石の鼻は子供たちが絶えずそうやって撫でるものだから、光ってつるつるとしていた。それがまた私に何んともいえない滑(なめ)らかな快い感触を与えたものらしかった。……
――堀辰雄「幼年時代」(「青空文庫より」)
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大学の先輩である「コロンブドール」氏のブログに「大菩薩峠 霊験あらたなり」が数回にわたってアップされている。その写真を見て、その自然の光景に「驚嘆」していた私に、太宰治の文章が飛び込んできた。
「縦書き文庫」に新着エントリーされていた「貪婪禍」 である。初出は「京都帝國大學新聞」第三百十七号(昭和15年8月5日発行)。タイトルだけ見て、なんとなく予感があったので、読んでみた。太宰の文章を読むのは実に久しぶりだった。
やっぱり太宰はすごい。いいなと思ってしまう。そしてドキリとさせられる。「フロべエルの嘆き」を引用しながら、次のように言う。
……私が旅に出て風景にも人情にも、あまり動かされたことのないのは、その土地の人間の生活が、すぐに、わかつてしまふからであらう。皆、興覺めなほど、一生懸命である。 溪流のほとりの一軒の茶店にも、父祖數代の暗鬪があるだらう。茶店の腰掛一つ新調するに當つても、一家の並々ならぬ算段があつたのだらう。一日の賣上げが、どのやうに一家の人々に分配され、一喜一憂が繰り返されることか。風景などは、問題でない。その村の人たちにとつては、山の木一本溪流の石一つすべて生活と直接に結びついてゐる筈だ。そこには風景はない。日々の糧が見えるだけだ。
素直に、風景を指さし、驚嘆できる人は幸ひなる哉。
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ブログネタ: Facebookデビューした?
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休みの日に 西山 正義 ストーブを出した。急に寒くなってもいつ でも使えるように。去年の灯油がまだ少し残 っていた。試運転すると、あの独特の匂いが 部屋を満たした。 あれほど暑い暑いと言っていた平成二十三 年の夏もいつの間にか過ぎ、秋も深まりつつ ある。恐ろしいスピードで月日が流れる。 徹夜仕事明けの午後。妻は墓参りで仙台へ 行き、息子は高校の修学旅行で沖縄に行って いる。娘は大学へ。授業が終わっても、サー クルの活動で帰りは遅くなる。要するにお父 さん一人の午後なのだった。 それが十月二十七日のことで、はや二週間、 立冬も過ぎた。十一月に入って暖かい日もあ ったが、今朝はストーブを点けた。勤務のシ フトが明日に延び、今日は休みになった。 息子は野球部の「朝練」で早くから出掛け た。娘も、つい最近始めたセブンイレブンの アルバイトが早朝から三時間あり、帰宅する なりすぐに大学へ向かった。 その娘だが、あさって十二日、二十歳にな る。娘が生まれたのは、義父が六十歳で突然 亡くなった、その二ヵ月後だった。あれから 二十年。初めて対面した産院の部屋。生まれ た頃の写真を見、その頃のこと、そしてそれ からのことを思えば、月並みだが「感無量」 という言葉しか思い浮かばない。 娘が生まれ、まだ小さい頃に、将来、こう もしたいああもしたいと思い描いたこと、そ の何パーセント出来ただろうか。娘が高校生 ぐらいになったら、格好いいオヤジとして美 術館巡りなどをしたいと思っていたものだ。 いま二十歳を迎えるにあたり、尤もらしい 訓戒を垂れる気はないが、何か特別なことを してやりたい。そう思うが、妙案が思い浮か ばない。いずこも同じ親心があるばかりだ。 |
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ストーブを出した。急に寒くなってもいつでも使えるように。去年の灯油がまだ少し残っていた。試運転すると、あの独特の匂いが部屋を満たした。
あれほど暑い暑いと言っていた今年の夏もいつの間にか過ぎ、秋も深まりつつある。恐ろしいほどのスピードで月日が流れる。
徹夜仕事明けの午後。妻は用事で実家に行き、息子は修学旅行で沖縄に行っている。娘は大学へ。授業が終わっても、サークルの活動で帰りは遅くなる。
要するにオヤジ一人の午後なのだ。……
(つづく予定)
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