2022年11月25日 (金)

多磨霊園に合掌

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もちろん今日はあの日です。

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武蔵野の森公園(調布飛行場側から)の夕焼け

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2022年11月12日 (土)

短説「娘が三十、そして三十一に」西山正義


 娘が三十、そして三十一に
 

            
西山 正義

 きょうは令和三年十一月十二日、娘の誕生
日である。ついに三十歳になった。自分の子
供が三十になるなんて、かつて想像できたで
あろうか。
 平日の金曜日であるが、仕事明けの日なの
で十時半に起き、娘の郵便貯金口座に祝い金
を預け入れるため出かけた。たまたま母も出
てきたので、母を少し長めの散歩に連れ出す
ために、銀行と郵便局に寄ってから、駅前の
ファミリーレストランでランチをした。母か
らすれば、息子が五十八になるなんて信じら
れないだろう。ここ一、二年で急激に老いた。
眼を覆いたくなるほどだ。孫が三十になるの
だから、それはそうだろうが……。
 と、わずかそこまでしか書けず、この「娘
が三十に」の稿が書き上がらないうちに、娘
はきょう三十一になってしまった。あっと言
う間に一年が経ってしまったわけだ。
 令和元年の暮れから始めた娘の結婚生活は、
東京多摩地区の実家近くに一軒家を借りて、
猫も二匹引き取り順風にスタートしたかに見
えたが、さにあらず、その後旦那が借金を作
ったり、三年間で三箇所目になる職場を辞め
るとか辞めないとか、生活上の揉め事(これ
はまあどの夫婦にも多かれ少なかれあるもの
だが)や精神的なことなど、とかく波乱含み
である。きょう娘の誕生日は土曜日で、夫婦
でどう過ごしているのだろうか。
 二十七歳の息子は、高校の同級生と結婚し
京都の山科に住んでいるが、伴侶が古典文学
を研究しているからで、きょうも「毘沙門堂
門跡に来ました」と紅葉に彩られた本堂の写
真を家族のグループLINEに送ってきた。もち
ろん夫婦仲良く行ったのだろう。それでもあ
した、娘は最近再び始めた琴の演奏会に出る
らしい。母も健在。妻とは仲良く。

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2022年8月16日 (火)

善光寺の迷子郵便供養塔

 善光寺に行くなら、某郵便局の局長をしている中学からの親友にここもお参りしてと言われていたのがこれ。善光寺の広い境内の一番奥まったところにあります。これは右の碑面の由来書きを横着せずに写しましょう。

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   縁  起

 わが国における郵便物の数は年間一一〇億通を超え米国英国についで世界第三位である
 このなかに受取人に配達することも差出人に返送することもできない郵便が一八〇万余通もある
 これら郵便として使命を果たすことのできない迷子郵便を供養するため郵便創業百年にあたり前島密先生出身の地に近いここ善光寺に全国有志諸君とともにこの塔を建てる
  昭和四十六年四月二十日
     郵政大臣 井出一太郎
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 あくまでも供養塔ですから、内部には“納骨室”があり、焼却処分せざるを得なかった迷子郵便の「遺灰」が収められているそうです。私はけっこう郵便物を出していますので、一通くらいはあるかも。それが届いていたら、もしかしたら人生が変わっていたかもしれないような大事な手紙もあったでしょうね。――合掌

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2022年8月14日 (日)

善光寺の文学碑〔2〕

(前回からのつづき)
 とはいえ、このようにホームページで公開するのに、画像をそのままアップしてしまえば説明不要(テキストに落とさなくてもよい)というわけで、以下四つの句碑の解説は省略します。(碑の位置は、西から東へ)
 しかし逆に言うと、案内板だけ読んで満足してしまう懸念があります。なにゆえ石碑なのか。立派な案内板があれば、本体がなくてもいいことになりはしないか……。

◆種田山頭火句碑
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◆小林一茶句碑
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◆夏目漱石句碑
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◆井上井月句碑
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 どうでしょう。簡潔に解説されていますね。由来など碑の裏や側面にまわらなくても分かります。通りすがりの観光客にはありがたい案内板ですが、これでいいのだろうかとも思います。しかし、それをそのまま利用させてもらいましたので……。
 ともかくきれいに整備されているのは確かです。 

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2022年8月13日 (土)

善光寺の文学碑〔1〕

◆良寛詩碑
 仁王門の西側の脇にあります。古いものではありません。黒御影石の碑面にはこう刻まれています。

   再游善光寺
  曾従先師游此地
  回首悠悠二十年
  門前流水屋後嶺
  風光猶似昔日妍
       良寛

【案内板】
 この漢詩は良寛さまが四十二歳
のころ帰郷の途時二回目の善光寺
参詣の折におつくりになられたものです
   再び善光寺に遊ぶ
  曾って先師に従って此の地に游ぶ
  首を回らせば悠々二十年
  門前の流水屋後の嶺
  風光猶似たり昔日の妍
   平成三年三月建之
         長野良寛会
         大本山善光寺大本願
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◆稲畑汀子句碑
 良寛詩碑の奥に稲畑汀子の句碑があるそうですが、見過ごしてしまいました。高濱虚子の孫、高濱年尾の次女で、『ホトトギス』の主宰を継承した稲畑汀子さんは、私たちがここを訪れた平成30年時点ではご健在で、このページを作成している半年前の令和4年(2022)2月27日に91歳でお亡くなりになっています。お生まれは昭和6年1月8日とのことですから、わが恩師文芸評論家の小川和佑先生と同学年ですね。

よべ星と語りし秋を惜しみ発つ
(昭和五十五年秋於善光寺)

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◆善光寺の句碑群
 本堂と山門の間くらいの東側エリアの庭園のようになっている一画に、善光寺ゆかりの文学者の句碑が建ち並んでいます。
 山頭火句碑の建立は平成8年(1996)のようですが、漱石句碑は平成23年(2011)、井月句碑は平成24年(2012)に建てられた新しい文学碑で、おそらくその際に並べて整備されたのでしょう。このようにきれいに整然と並んでいると、一見いいようなものですが、石碑としての趣や風情はありませんね。

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 案内板も統一的に整備されていて、確かにこれなら誰でも分かるのですが、肝心の石碑は見ずに、案内板だけをちらっと見てふーんと通り過ぎられてしまいそうです。いやまあ、この種の案内板に目を留める人はまだましといえますが。
 なにか教育委員会の文教政策的な感じがします。そうなると文学の面白みが減じるのですが、現代ではこうなるのも致し方ないのでしょうね。まったく足を止めようとしない人も多いのですから。別に意識高い系的な上から目線で言うわけではありませんが。

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2022年8月12日 (金)

四年前の春、初めての善光寺参り

◆“牛に引かれて善光寺”
 もうとっくに終わってしまいましたが、今年は七年に一度の善光寺御開帳の年で、4月3日から6月29日まで、善光寺の絶対秘仏である御本尊の御身代わりとして「前立本尊」の御開帳が行われていました。コロナ禍、無事に御開帳できたようです。
 もう四年前になります。初めて善光寺に詣でました。
 平成30年(2018)4月9日信濃追分から軽井沢、10日別所温泉を経て、11日(水)午後2時すぎに長野市の善光寺にやって来ました。私たち夫婦はともにお初で、結婚30周年記念に「一生に一度は善光寺参り」が実現したわけです。
 雨がぽつぽつ降ってきました。優しい雨です。傘を買って、長野駅からてくてく歩いてきました。泊まるのはもちろん宿坊です。
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◆宿坊・淵之坊(縁起堂)
 善光寺には39もの宿坊があるそうですが、宿坊も境内で、それぞれに御堂があり、ご住職がおります。私たちがお世話になったのは、その中でも南西エリアの手前(南から)二番目の「縁起堂・淵之坊」さんです。
 この日はたまたまイギリス人の夫婦と私たちだけで、その夫妻の希望があり、私たちが次の間付きの特別室を案内されました。割安の料金で予約したのに幸運でした。
 窓からは、仲見世通りをはさんで善光寺大本願の甍が正面やや右に見えます。頸を巡らせば仁王門(重要文化財)も見られます。
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◆写経と精進料理
 ひと息ついて、さっそく淵之坊(縁起堂)の内仏殿にお参りし、写経をしました。般若心経の深い意味はよく分かっていなくても、心を落ちつかせ筆で文字を一心に写していると、気持ちが洗われてきますね。
その写経は願い事とともに、翌朝の「お朝事」に善光寺へ奉納されます。
 そして精進料理。肉や魚だけでなく卵・乳製品などすべての動物性食品と、さらに煩悩を生ずるとされるネギ・ニラ・ニンニクなどを一切使わない仏教寺院としての正式な精進料理ということで、ひとつ先の部屋の外国人の舌に合うのか気になりましたが、現代ではむしろヨーロッパ人の方がベジタリアンも多いし、まあ知っていてあえて宿坊に来ているのでしょう。
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◆お数珠頂戴とお朝事
 翌日早朝、いよいよ参拝です。宿坊専属の善光寺公認案内人に引率され夜明け前に出発。
 日の出とともに本堂で始まる勤行「お朝事(あさじ)」は、善光寺の全ての僧侶が出仕して、一年毎日欠かさず行われる法要です。
 善光寺住職である大勧進の御貫主(おかんす)様と大本願の御上人(おしょうにん)様が導師として本堂に出仕される際、その往復の道中、手にされた数珠をひざまずく参拝者の頭に触れ、功徳を授けてくださるのが「お数珠頂戴」です。私たちも並んで頭を垂れました。(写真は山門とその奥に見えるのが本堂)
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◆びんずる尊者とお戒壇巡り
 国宝の本堂に入るとまずは「びんずる尊者」が出迎えてくれます。三百年以上撫でられ続け、ずるむけになっていてちょっと不気味。
 お朝事では、普段は閉ざされている戸帳が上げられ、善光寺の御本尊である一光三尊阿弥陀如来像(絶対秘仏)が納められた瑠璃壇と厨子が垣間見られます。
 勤行に参列したあとは、その瑠璃壇の真下を通る真っ暗な通路を巡ります。「お戒壇巡り」です。本当に真の暗闇です。その中を歩み、御本尊と結ばれた「極楽の錠前」を探ります。
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 ご導師退下のお数珠頂戴を受け、いったん宿坊に戻ります。精進料理の朝食をいただき、もう一度山門をくぐります。
 山門(重要文化財)の上層部は拝観でき、文殊菩薩騎獅像、四天王像、四国八十八ヶ所霊場ゆかりの仏像などが安置されています。
 写真は山門の上から見た本堂と表参道(長野市の中心街方面)です。
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2022年7月 2日 (土)

日原鍾乳洞ともえぎの湯

 あまりにも暑いので、東京奥多摩の秘境、日原鍾乳洞に行ってきました。
 行ったのは今日ではありません。二日前の木曜日です。今日は土曜ですので、この連日の暑さ、考えることはみな一緒で、たいへんな混雑になっているでしょうね。今日で八日連続の猛暑日になり、2015年の最長記録に並んだそうで……。

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 4/1~11/30は朝8時から営業。たぶん3組目ぐらいの入場。
 公式サイトで割引券が印刷できるので持参しましたが、奥多摩駅前のお土産物屋さんで朝食用の惣菜パンや土産用のみそぱんを買ったら、割引券をくれました。

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 小学生のころ、二十代のはじめころ、そして五十代の終わり、三度目の日原でした。
 奥多摩湖には何度か子供を連れて来たことがありますが、迂闊にも、日原鍾乳洞には連れて行ったことがありませんでした。子供にLINEしたら、東京に鍾乳洞なんてあったの!と言われ、はじめて気づきました。

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 もしかしたら、ここへ来るのも、生涯最後かもしれない、などと思ったりしました。

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いまさら縁結びでもありませんが……。

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虎徹(わが家のオス猫1歳)の顔のように見える岩を発見!

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 ゆっくり約1時間、気持ちのいい冷気と探検隊気分を味わい、出てきたら猛暑で、来たときは手前の駐車場には1台しか停まっていなかったのが、ほぼ満車になっていました。

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一石山神社の拝殿はるか上に伸びる樹々

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お昼はここで、虹鱒の塩焼き定食を食し、温泉へ。
(奥多摩温泉・もえぎの湯)
猫が待っているので、日が暮れないうちに帰宅。

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2022年6月15日 (水)

20年が経っていました!

 おとといホームページを久しぶりに更新しました。きょうもちょこっと修正。それでふと気づいたのですが、今年は西暦で言えば2022年、私がホームページを立ち上げたのは2002年の4月で、私たち「西向」夫婦のサイトということで4月10日の結婚記念日が開設日ということになっています。それから満20年が経ったのですが、何の記念のイベントもせず、それどころか更新すらせずに二か月も過ぎていたのでした。
 そしたらきょう、本日2022年6月15日をもって、Internet Explorerのサポートが終了し、お気に入りやパスワードなどの各種設定が使用できなくなります、というアナウンスが流れていました。私がインターネットの世界に足を踏み入れたのはWindows98の時代で、ISDNに替わってADSLが登場したころで、ブラウザといえばもっぱらInternet ExplorerかNetscape Navigatorでした。それから20数年。インターネットの世界もめまぐるしく変わりました。個人のホームページは、ブログからさらにSNSにとって代わられ、すっかり廃れましたね。

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2022年6月13日 (月)

久しぶりにホームページを更新

 久しぶりに更新します。七か月ぶりです。
 きのう、ソフトボールの夏季大会、今年チームを移籍して初参戦の某市三部で、春はチーム事情で優勝は目指しませんでしたが、夏は優勝を目指しました。しかし2回戦で敗退。1回戦はサヨナラ勝ち、2回戦はサヨナラ負けになりました。
 きょうは日月連休で、これまた久しぶりにホームページを更新しました。平成30年の信州紀行の軽井沢・信濃追分から先の報告。第二弾まで制作して、一年近く放置。旅してから四年二か月、
やっと第三弾「信州上田・別所温泉の文学碑〔3〕-八角三重塔の空穂、赤彦歌碑と石造多宝塔ほか」を作成しました。これで別所温泉編は完結です。

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