2012年5月19日 (土)

短説「“最後”の運動会」(西山正義)

   “最後”の運動会
 
            
西山 正義
 
 子供の運動会に行ってきた。下の子も高校
三年生になった。つまり、息子にとってはお
そらくこれが学校生活最後の運動会だろう。
ということは、私たち夫婦にとって、これが
子供の最後の運動会ということになる。
 上の娘が幼稚園の年少に入り、最初の、そ
れこそ“感動”の運動会があったのは平成七
年である。西暦でいえば一九九五年で、それ
から、三学年違いの二人の子供を通算して十
八年! 運動会も最後になったわけだ。親と
しては、学芸会や文化祭などと並んで最大の
イベントであり、楽しみであった。
 まだ大学が残っているから、親の役目が終
わったわけではないが、来春、息子が高校を
卒業すれば、実質的な“子育て”は終わりと
いうことになる。同時に、私は五十歳を迎え
るのだが、生まれてから、幼稚園、小学校、
中学高校と思い返せば、それは、さすがに長
い時間であったと言わねばならない。
 今日の運動会、このところ雷雨や雹が降っ
たり強風だったり、荒れた天候が続いたが、
見事に晴れた。私が六年通った母校でもある。
今は男女共学になり、校舎はすっかり様変わ
りしたが、全体の雰囲気は変わっていない。
校庭は広くなり、空が高く見えた。
 私が卒業してから三十数年、当然のことな
がら、毎年このように運動会は続けてこられ
たのだ。その子供ひとりひとり、それぞれの
親にとっての、各年の運動会があり、そして
それは日本中で行われていて、親の親もそう
だったのであり、そう思うと、親の“思い”
とは、何んと大いなるものかと思う。
 私は高校二年の運動会で鎖骨を骨折した。
三十二年前のこの同じ校庭で。それを見てい
た母が、今日は孫を見に。若かった母も、十
七歳だった私も、どう仕様もなく年老いた。

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2012年3月18日 (日)

狩りをし……

 今日、いい言葉を聞いた。
 私にとってはやはりショックというか、身に詰まされるというか、やはりそうだよなというような……。
 娘と二人で昼食を食べていた。NHKのBSプレミアムの再放送で「古代ポンペイの真実」というのをやっていた。終わりの方をちょっと見ただけなのだが、そこで紹介された言葉。古代ローマ人が石碑か何かに残したという言葉。

 狩りをし 風呂に入り
 ゲームをし 笑う
 それが人生だ

「狩りをし」というのが一番にきているところがミソなのだ。
 ……今日も疲れた。これ以上論評できない。今日は書き留めておくだけにする。

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2012年2月24日 (金)

断片的なメモ(春のきざし)

・きょうの昼すぎ、バイクで走っていて、春の匂いを感じた。
 バイク(正確にはスクーター型の原動機付自転車)で通勤するようになって、いきなり冬になった。通勤時間は、行きも帰りも、夜明け前から早朝にかけてである。この冬の寒さは身に沁みている。

・それが少しやわらいだ。今年も春はやっぱりやって来る。
 もの凄いスピードで時が過ぎ去るのを感じる。それを少しでも押し留めておきたいと思っている。が、もはや絶望的だ。しかし、矛盾するようだが、冬から春へ、時は確実に流れている、そう感じるのはいいものである。

・娘が語学研修でフランスへ行った。一ヶ月はそれなりに長いように感じていたが、もう明後日には帰ってくる。
 その間のことを、もっと書こうと思っていたのに。
 娘のことばかりではなく、入れ替わりに、息子のことも。娘が出発した直後に、グローブを新調した。それに絡むエピソードなど……。

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2012年2月17日 (金)

断片的なメモ(本のこと、太宰のこと)

 とにかく、メモしておく。

・本が読めなくなっている。それはもうここ数年来の傾向であるが、その状況は年々悪化している。
 理由は二つあると思う。その一つは、そしてそれが根本的な原因だと思うのだが、もはや新しい情報による刺激に、精神が耐えられなくなっているから、本能的にそれを避けようとしているのだろう。
 それ以前に、知的好奇心が圧倒的に減衰している。何か致命的なような気がする。

・それで読むのは、昔読んだ本だ。新しい本は読めない。
 昔読んだ本でも内容をすべて覚えているわけではないし、今読み返せば、思いもよらね新しい発見や新たな刺激を受けることもあるだろう。しかし、それはある程度の予想がたち、そういうことがあっても、それもまた想定内に収まる。いや、収まるような本を選んで読んでいるわけだ。

・昨年十二月一日に「貪婪禍」というエッセイを再読して以来、再び太宰治が気になりだしている。
 そして懐かしい新潮文庫の『もの思う葦』を読み始めたのだが、何んと二ヶ月かかって読めたのはようやく半分ほどだ。解説を含めて265頁の136頁目まで。
 その135頁から2頁の随想「一つの約束」は、小説創作の秘密と裏側と真理と本質と意義を、これ以上ないというほど明解にかつ美しくわかりやすく感動的に語られている。

・「日本浪曼派」に発表されたアフォリズム集である表題作から最晩年の「如是我聞」まで、49篇のエッセイが納められた新潮文庫版『もの思う葦』は、奥野健男が責任編集したものであるが、出た当時、全集以外の流布本で太宰治の随筆がまとまって読めるものがなかったので、たいへん画期的な本であった。
 初版の発行日は、昭和55年9月25日。その初版を持っているのだが、まさに「今月の新刊」ほやほやで買ったのだった。十七歳の秋である。太宰熱がもっとも盛んだった頃だ。

・思えば、新刊を楽しみに待つということもなくなってきている。
 当時だってすでに太宰の死後32年が経っていて、(ということは、ちょうど三十三回忌ということもあったのかもしれないが)、何かまだリアルタイムだったような気がする。のだが、それは現時点から遡ってみたときの錯覚であろうか。
 しかし、何んと言っても、「昭和」だったのだ。

・昨年十月下旬から勤務している会社の所在地は三鷹で、太宰の墓がある禅林寺は目と鼻の先である。何かの縁であろうか。

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2012年1月30日 (月)

短説「娘の旅立ち」(西山正義)

   娘の旅立ち
 
            
西山 正義
 
 旅立つ娘に、いったい何んと言ったらいい
のか――。昨平成二十三年の十一月で二十歳
になった。この一月に成人式を迎えた。その
娘がフランスに留学する。留学といっても、
娘が通う大学が主催する「海外現地実習プロ
グラム」による短期の語学研修であるが。
 出発は明日である。一月三十一日から二月
二十六日までの一ト月に満たない短期留学。
今では驚くに足らない。三十年前、私の高校
でもアメリカへホームスティがあったくらい
だ。旅立ちだなんて言う大袈裟なものではな
い。ただ、東京生まれの東京育ちの者にとっ
ては、大学進学などでの“上京”体験がない
ので、やはり旅立ちと言えるかもしれないし、
されど渡欧だ。と、そう大きく構えてしまっ
ているのは親だけのようだ。
 一口にフランスと言っても広いわけで、パ
リは経由のみで、滞在先はトゥールである。
本土中部のアンドル=エ=ロワール県の県庁
所在地ということだ。バルザックの生まれ故
郷。高松市と姉妹都市のようだが、そこが日
本における香川県的な所なのか岐阜県的な所
なのかは皆目イメージがつかめない。
 スーツケースに入れたものはどうだ、手荷
物や貴重品はどうだ、書類は揃っているか、
連絡先や日程の控えをとり、何度も忘れ物は
ないか、わざわざエクセルでリストを作り、
チェックしてと、親父があれこれ指図し、本
人以上にテンションが上がっている。いや、
無理やり上げているといった方がいいかもし
れない。準備期間は充分あったのに、なぜも
っと早くになどと言いながら、直前になって
一番あたふたしているのは親父である。
 たぶんそれは、私自身が日々の仕事にテン
パっていて、娘のことに思ったように当たれ
ない苛立ちの反映なのであろう。

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2012年1月 1日 (日)

謹賀新年

謹賀新年
明けましておめでとうございます

元旦から仕事です。
文字通り駆け足で、氏神様にお詣りしました。

無病息災
幸多き一年でありますように!

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2011年12月31日 (土)

平成23年の大晦日

今年は何と言っても大震災の年でした。
個人的にも激震の年でした。
年末年始は仕事で、年越しの切り替えがうまくできていません。
両親の年賀状は早々に作ったのに、わが家のはまだです。
いつの間にか年の瀬という感じで、年賀状書きは年明けになります。

来る年(もう数時間後に迫っているわけですが…)はどんな年になるのか。
来年も子供中心になるのは間違えないでしょうが、何かひとつでも……。

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2011年12月12日 (月)

短説:作品「木枯らしの街」(井上たかし)

   木枯らしの街
 
           
井上 たかし
 
 鏡の前に立ったN博士は、自分の姿が写っ
ていないことを確かめ満足気に大きく頷いた。
 手を伸ばし実験台の上にあるビーカーを取
り上げる。と、どうだろう、ビーカーが空中
に浮いたまま静止しているではないか。
 次の瞬間ポトリポトン、床に広がる黒いシ
ミ、博士の目からあふれた嬉し涙である。
(ああ、やっと成功した)寝食を忘れ重ねた
努力と歳月、透明になる薬がやっと完成した
のだった。(…そうだ、一刻も早く彼に知ら
せなくては)研究に没頭出来るようにと惜し
みない援助を続け、研究室まで提供してくれ
た友人K氏の許へと博士は急いだ。
 広々とした芝生、大きな噴水のある前庭を
横切り、K氏の住む豪邸を訪れる。いつもな
ら慇懃な態度で出迎える執事も、そ知らぬ顔
でメイド相手に下らぬ冗談を云い合っていた。
(ふふ、やはり見えぬらしい)苦笑を浮かべ
博土はK氏の部屋に入る。むっとする暖房、
ソファに寄り添う二人の男女、ねぱつく会話。
「どうだい、彼の研究の進み具合は、あれが
完成すれば、私はまたまた大儲け……」
「ええ、もうすぐらしいわ、そしたらねえー」
 甘い鼻声でK氏にしなだれかかっているの
は博土の若い妻S子ではないか、そこで博土
は全てが読めたのだ。(おのれ、よくも今ま
で騙し続けてくれたな)こぶしを固め妻の顔
を殴りつけたのだが手応えがない、つるんと
顔をひと撫でしただけのS子。ワイングラス
片手に「少し暑くない」眩きながらバルコニ
ーの扉を開ける。どっと吹き込む木枯らしに
舞い上がる博士(しまった、透明になると重
力も失われるのだった)中空高く吹き飛ばさ
れながら博士はわめく(許さぬぞ二人とも…)
 幼稚園帰り、幼い娘が母を見止げて囁いた。
「ママ、風さん今日は怒ってるみたいな音ね」


〔発表:平成19年(2007)1月関西座会(第5回短説お年玉文学賞受賞)/初出:「短説」2007年4月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2011.1.2〕
Copyright (C) 2007-2011 INOUE Takashi. All rights reserved.

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2011年12月10日 (土)

重い作品集

すだとしおさんから、重い、重過ぎる作品集が届いた。
今日のお昼ころのこと。とてもすぐには読み飛ばせない。
中身もさることながら、その集を編集した父親の思いが重いのだ。
血の吹き出るような、いや、何と表現したらいいのか、感に堪えない。
これに対しては、やはり短説で応えるしかないだろうと思う。

先日ネット上で、久しぶりに太宰治の随筆を読んだので、
引き続き別のも読みたくなり、『もの思う葦』を再読している。
懐かしい、あの新潮文庫で。高校二年の時、
リアルタイムに「今月の新刊」で読んだのだった。
太宰のまとまったエッセイ集は文庫では初だったのではないか。
それにしても、文字が小さい!
当時はこれが普通だったのに……。

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2011年12月 8日 (木)

ボブ・ブラックの『労働廃絶論』を読む

縦書き文庫」をつらつら検索していたら、ボブ・ブラックという人の「労働廃絶論」という論考に出くわした。もうタイトルからして、大いに惹かれてしまった。
 冒頭からしてこうだ。

 人は皆、労働をやめるべきである。
 労働こそが、この世のほとんど全ての不幸の源泉なのである。
 この世の悪と呼べるものはほとんど全てが、労働、あるいは労働を前提として作られた世界に住むことから発生するのだ。
 苦しみを終わらせたければ、我々は労働をやめなければならない。

 まったくもって、共感してしまった。1985年に書かれたものらしいが、今まで知らないでいた。
 私が読んだこの「縦書き文庫」版には、翻訳者の氏名が明示されていないが、訳者の連絡先をたどると、「アナーキー・イン・ニッポン」というサイトを運営している一人のようだ。別に検索すると、『遊動社パンフレット2』として、高橋幸彦という人の訳で市販されている。税込みで200円+送料(NOT PILLAR BOOKS)。どうもその二つは同じ内容のようで、「縦書き文庫」版はこちら「アナーキー・イン・ニッポン」版はこちらで読めます。
 リベラル派は、雇用差別を終わらせるべきであると言う。
 私は、雇用を終わらせるべきであると言いたい。

 日本やアメリカを筆頭に、今の経済問題を集約すれば、とどのつまりは雇用の問題に行きつく。それをこのように言い切る。まったく痛快である。
 左翼は完全雇用がよろしいと考える。
 シュールレアリストを真似て言うと、―私はふざけているわけではない―私は完全失業がよろしいと考える。

 それではどうやって食っていくのかという議論は別にして、諸悪の根源は労働であると私も思う。しかしそれを実践するには、辻潤のように徹底的にやるしかなく、その行きつくところは緩慢なる自殺、つまり餓死ということになる。
 それでも、藤原わらびという詩人が、やはりこの論文を読んで、「失業者で詩を書き続けるのが私の理想です。そのために遊んでがんばります」と言うように、何かうまく折り合いをつける方法があるのではないかと、それが虚しいことでも、これからもいつも模索しづつけたいと思う。

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