2009年3月 3日 (火)

短説:作品「選考」(向山葉子)

   選 考
 
            
向山 葉子
 
 まだ予定時刻にはなってはいなかった。控
室のドアを開けると、少年たちの放つ水草の
ような匂いが流れ出てくる。
 彼は静かにドアを閉めると、一人一人に缶
ジュースを配って歩く。着古した背広姿の彼
を、多分だれも『その人』だとは気づいては
いない。彼の瞳は少しも騒がない。パイプ椅
子に腰かけて、時折菓子をすすめながら、穏
やかに少年たちの行動を見つめている。
 たとえほんの少しでも自分に自信がなけれ
ば、ここにはいないはずの少年たちなのだ。
その自身がどこから発するのか。写真だけで
はわからない。一人一人の空気を感じ取るひ
ととき。彼はこの時間が一番好きだった。
 時刻になった。係員がドアを開けて入って
くる。そして彼に一礼するとこう告げるのだ。
「この方が当事務所の社長です」と。一斉に
少年たちの表情が固くなる。
 そして彼は結果を告げる。「そっちのキミ
ね。あとの人はお帰りになっていいですよ」
 選んだ子は、待っている間もずっと怒った
ような顔をしていた。二重の切れ長の瞳の光
に力があった。その視線に出会うと、胸の辺
りから股間にかけて熱い疼きが走るのだった。
その表情は、彼の正体がわかっても変わらな
かった。
「キミ、ちょっと笑ってみてください」
「笑えません、今は」
「キミが笑うとね。きっとみんな、胸がきゅ
っとくると思うんですね。怒ったようなその
顔、いいですよ」
 少年は強い光を放つ黒々とした瞳で、彼を
見つめた。唇の形もいい。彼は思った。少し
厚ぼったいのが、南方の異国の少年のようで。
背があまり高すぎないのもいい。彼が強張っ
ている少年の背中を、すっと触った。


〔発表:平成13(2001)年3月・短説の会創立15周年記念全国大会(埼玉県嵐山町)「天」位入賞作品/初出:「短説」2001年4月号/再録:2001年7月号「月刊TOWNNET」通巻320号/西向の山」upload2002.11.30
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2009年2月21日 (土)

短説:作品「初めの一歩」(館としお)

   初めの一歩
 
            
館 としお
 
 昨年度の業績の分析が終わったと思ってキ
ーボードから手を離した時、目の前に見えた
のは天井の蛍光灯だ。目を下に向けると書類
が立て掛けられた八人分の机が見える。私の
机はニメートル位の高さにあって、頭が天井
に当たりそうだ。
 ワープロの電源コードは一メートル半位だ
ったが、コンセントは外れていないのか、私
が作った報告書の一部が写っている。
 夢だと思って頬をつねったら痛い。何が起
こったのか分からなくなった。今日の朝食は
いつものと同じ、パンとコーヒー、それにト
マトとレタス、チーズを一切れだった。
 体を少し持ち上げて椅子の上に落としてみ
たが、体は少ししか上げられなかった。椅子
と机は少しだけ上下に揺れたが、高さは変わ
らなかった。
 次に体を左右に揺すった。椅子と机も左右
に揺れた。体を止めると椅子と机も止まった
が、高さは変わらなかった。私は数分間その
ままの状態でいた。
 周りを見回しても、誰もいなかった。誰か
が来たら降ろして貰おうと思ったが、誰も現
れる様子はない。八人の部下は皆出払って、
いつ帰って来るのかは分からない。私一人に
なってしまった。
 しばらくそのままにしていたが、このまま
では仕方がないので、椅子から離れて歩くこ
とにした。初めの一歩をそっと踏み出すと、
空中に浮かんで足が止まった。そのままもう
一歩歩いた。また浮かんで止まった。私はそ
のまま歩いて部屋から出た。
 部屋を出てから気づいたことだが、伺じ高
さを歩いている人が他にもいた。皆普通に歩
いている。私は今でも慣れないので、一歩ず
つ踏み締めて歩いている。


〔発表:平成8年(1996)5月通信座会/初出:「短説」1996年7月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.4.20〕
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2009年2月18日 (水)

インターネット不通

 先々週の土曜から、インターネットに繋がらない状態が続いている。もう十日あまりになる。
 回線は、@niftyのADSLニュースタンダードコース(50M)、接続業者はアッカ・ネットワークス。「ADSL接続サービスは『ベストエフォート型』のサービスです。 NTT収容局からの距離や、ご利用になる場所の周辺環境などによって接続時の速度は変わります」ということは、否応もなく了解済みで、以前も時々回線が繋がらなくなることがあったが、こんなに長期で繋がらなくなったのは初めてだ。
 もともと我が家はNTT収容局からの距離が2Km近くあり、ADSLには微妙な環境で、普段からとうてい50Mの速度は出ておらず、ワンランクかツーランク下のコースと同じレベルであったのだが、ネットへの接続には不自由していなかった。それが先々週の土曜の夜から突然……。
 その日、春一番が吹いた。我が家の前の細い道を挟んだ向かいの空き地で、何の工事かわからないが、電気工事っぽい車輛が停まっていて、半日以上作業をしていた。うちの電話回線を引き込んでいる電柱に何か細工をしていた形跡は確認できないのだが、あれが原因ではないかと睨んでいる。
 ともかく、いらいらも限界を超えた。@niftyやアッカに問い合わせるにも平日の営業時間帯では時間が取れない。NTT収容局からの距離も、直線ではなく、先の工事が原因でなくても、途中の環境が変わりそれが障害になっているのであればどうすることもできない。
 ただし、我が家の離れに引き込んでいる回線では、同じADSLのしかもエントリーコース/イー・アクセス(960k)にもかかわらず、ちゃんと繋がっているので、まったく不可解なのだが……。
 それで、もうクレームを言うのも面倒なので、昨日、KDDIの@nifty ひかりone ホームタイプ ギガ得プランに申し込んだ。

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2009年2月 2日 (月)

短説:作品「丸亀うどん店」(相生葉留実)

   丸亀うどん店
 
           
相生 葉留実
 
 暖簾を下げるために戸口に近づくと、客が
戸を開けた。女が入り、男がつづいた。
「はい、いらっしゃい、こちらへどうぞ」
 と奥の席に案内した。
 私はすぐに熱い茶を出す。女が一気に飲む。
「天麩羅うどん二つ」
「天麩羅二つ」奥にいる妻に声をかけた。
 調理場に入って、ガスをひねる。入り口の
戸が少し開いた。鳥打帽の男Kだ。妻にコン
ロの火を指さして戸ロヘいき、外へ出た。
「今入った客ね。女は、スパイだから気をつ
けろ。ほら、手帳を出している」
 Kはそれだけ言うと、くるりと背を向けて、
去った。
 調理場では、うどんがあつあつに仕上がっ
ている。海老天をのせて熱いだしをたっぷり
とかける。いつもならお盆に箸と、唐辛子を
添えるのだが、小瓶は棚においた。
「おまたせしました」
 客は余程腹が空いていたらしい、うどんを
口いっぱいにほうばる。
 見計らって、唐辛子の瓶を持っていく。
 丼鉢には海老天が残っている。東京もんは、
先に天麩羅を食べる。うどん好きの関西人は
矢も楯もたまらなくなって、うどんを先に平
らげる。
 お品書きを下げようとすると、
「あっ、見せてください」
「なにか注文でも」
「いえ、もうお腹一杯」
 手帳にメニューと値段を写している。
 支払いを済ませ立ち去った。
 すぐに製麺所へ電話をした。
「もしもしうどんを先に食べました」
 次は天麩羅屋に掛ける。
「もしもし、海老天を尻尾から食べました」


〔発表・初出:平成20(2008)年5月号「短説」(巻頭招待席)/WEB版初公開(追悼)〕
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2009年1月27日 (火)

相生葉留実さんご逝去

 短説の会の皆様に、また悲しいお知らせをしなければならなくなりました。
 詩人で短説の創立同人でもある相生葉留実さんが、本日午前4時15分にご逝去されました。癌だったそうです。病院に入院されたのは今年になってからのようです。
 旦那様も詩人の村嶋正浩氏で、ともに詩誌『鰐組』に参加されていました。日本現代詩人会会員。句誌『翡翠』の同人でもあり、詩集に『日常語の稽古』『紅葉家族』がありました。
 芦原修二氏とはおそらく1970年代の『海とユリ』あるいはそれ以前からの交流で、短説の創立に参画。昭和62年7月発行の年鑑短説集の第一集『旅のはじまり』にも「突如発声症」を発表されています。以後、詩を書く傍らの断続的な参加でしたが、平成6年に発足した東葛座会にはコンスタントに参加。現在に続く年鑑特集号の第一号(『短説』平成11年5月号)では「平成十年の収穫・ことしの代表作」として、「自転車の人」が10傑選に選ばれています。
 当時の東葛座会は非常にレベルが高かった(作品もそうですが、その合評の質が高かった)のですが、それは相生さんのような方がいらしたお陰でもあるのでした。一昨年、昨年の年鑑特集号での、一年間のすべての作品を読んでの大批評は圧巻でした。ご本人は短説の実作からは離れてしまわれましたが、短説への愛情と期待を感じました。今年もまた楽しみにしていたのですが……。
 かつて短説の初期には詩人が多く参加していましたが、みな離れてしまった今では、短説の言語表現という点で何か物足りなさを感じています。短説にはやはりもっと詩人の視点・感性・言語感覚が必要なのではないかと思うことがあります。本当に惜しい人を亡くしました。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
 ――合掌

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2009年1月26日 (月)

年鑑三位選&自選作

 今年も短説の年鑑アンケートの季節がやってきました。すなわち「平成20年度10傑選ならびに自選用紙」の提出です。
 昨年の後半からまた雑誌の発行ペースが遅れがちになっていて、もう一月の下旬だというのにいまだ12月号が出ていません。これについては土曜日の深夜に校正を本部に送りましたので、順次責了し、印刷・発送に回るでしょうが、皆さんのお手元に届くのは二月になってしまうかもしれません。
 それで、例年12月号に折り込んでいる年鑑アンケートも遅れることになりますので、締め切りをひと月延ばし、三月末日としました。
 が、もう十年(今年でちょうど丸十年)続く年中行事なので、用紙が届かなくてもそのつもりで準備しておいてください。このブログの過去の「お知らせ」を辿るとわかりますが、二年前も一年前も同じことを言っています。もう繰り返しません。
 
 ひとつだけ書き添えると、自選作については、集計用紙の送り先(すだとしお同人)へプリントを「郵送」すると同時に、公式サイト編集長すなわち西山正義に「メール」でデータを送ってください。他選集はすでに雑誌に掲載されている作品になるわけですから、本部にデータが集積されています。それを流用すれば新たに入力する必要はありませんが、自選は未掲載も含まれますので、西山がとりまとめます。
 ML登録者をはじめこのブログを自身のパソコンで見ている方は、インターネットに接続されているはずですから、全員この方法で送ってください。データ添付でも、メール本文にコピー&ペーストどちらでも構いません。各座会でほかにもメールが繋がる方がいたらそうお伝えください。
 手書きの人を除いてもともと短説は各人データで持っているはずで、それを流用・共有しないのはまったく莫迦らしいです。短説の会は世の中から相当に遅れていますが、それでも実際にはもっともっとメールが繋がる人がいるはずなのです。雑誌の発行は発送などの雑務まで芦原修二さんにおんぶにだっこなんだから、そのぐらい協力しろよ!と声を大にして言わせていただきます。

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2009年1月23日 (金)

短説:作品「かがやく銀河の夜」(河江伊久)

   かがやく銀河の夜
 
            
河江 伊久
 
 おばあちゃんが旅に出るといったとき、
「誰と? 何処へ?」と、つい聞いてしまっ
た。一人で――へ行く、といったが――の部
分は聞こえなかった。聞きかえすのがためら
われる何かが、おばあちゃんにはあった。
 出発の日がきて、ザックに荷物をつめ白い
上着をきたおばあちゃんをみたとき、なぜか
胸がいたんだ。一人で行くと言いはったので、
ぼくはこっそり駅まで後をつけた。おばあち
ゃんの白い服が濃い闇の中にふわりふわりと
浮かんで、魂のゆらめきのように見えた。
 おばあちゃんの乗った汽車には、頭の白い
老人ばかりが座っていた。弁当を食べたり、
笑いさざめいているようだが音は聞こえない。
水底にゆらいでいる生き物のようだった。
 ぼくはその夜、秘密の老人列車がこっそり
旅立つ夢をみた。老人列車は闇の中をひた走
って、海峡線で乗り換えだった。
「秘密が肝心、極楽は銀河の向こうに」と、
夢幻列車はすすんで行った。
「身延山へ参詣に行ったのよ」と、隣家のお
ばさんはぼくをなだめてくれたが、ぼくには
おばあちゃんは帰って来ないように思えてな
らなかった。
 衰弱しきったおばあちゃんが帰ってきたの
は、それから十日もたってからだ。心配する
ぼくに、「夢のような音楽がながれ、いい匂
いの食べ物があった。心配なんか何もない」
といった。
 おばあちゃんの旅はその後、何度か続いた。
ぼくはその度に、秘密の老人列車の夢をみた。
ほの白く輝く列車の窓に、老人たちの銀髪が
光り、「秘密が肝心、極楽は銀河の向こうに」
というひそひそ声が聞こえた。夢から覚める
度にぼくは、一人で生きてゆく覚悟を固めて
いたような気がする。


〔発表:平成元年(1989)6月第46回東京座会/初出:「短説」1989年7月号/初刊:年鑑短説集〈3〉『乗合船』1989年10月/再刊:河江伊久短説集『小春日和の庭で』1995年12月/upload:2008.9.22〕
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2009年1月20日 (火)

だらだらの一日

Ts2a0720 今日は定休日なので短説の公式サイトを更新しようと思っていたのですが、結局手つかずで一日が終わってしまいました。
 が、ML座会に二件投稿。丸二か月まったく投稿が途絶えていたMLですが、今年に入って僕の投稿を皮切りに四人が投稿。たとえぼちぼちでも、また有意義なやり取りが展開されればと思っています。

 写真は、中山法華経寺参道の茶店の縁台で仲良く寄り添って寝る町猫。名物の“きぬかつぎ”が実においしかったです。

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2009年1月12日 (月)

短説:作品「猫の絨毯」(五十嵐正人)

   猫の絨毯
 
           
五十嵐 正人
 
 レインボーブリッジを下りて、夜の湾岸線
に。いつになく、心地よい走り。タイヤは路
面に無理なく吸いつき、小石一つの振動も伝
えてくる。
 二人が目指すのは、浦安ベイエリアの高級
ホテル。同じようにクリスマスを迎える車が
前後に群れをなしている。
「ねえ見て、東京湾も、夜はこんなに縞麗に
なるのね」
 助手席の彼女が、運転席の彼に身を寄せた。
オートマチックの左ハンドル。男の右手が女
を抱きとめる。と、一瞬体が揺れた。
「どうしたの?」
「いやっ、何でもない。猫を礫いただけさ」
「なーんだ」
 高速道路に猫。ちょっと変な感じはしたが、
間違いないだろう。あのボコッという感触。
「あれっ、まただ」
「寒くなると多いのよね。猫って、どうして
避けないのかしら」
 見ると、前方の車が凸凹道を走るように跳
ねている。
 ボコボコッ。
 二人の車も跳ねはじめた。路面を確認する
勇気はない。おそらくは、一面に敷きつめら
れた猫の絨毯。目にしなければ、それですむ。
息を殺して、走り抜けよう。
 ボコボコボコッ、ボコボコッ。
 女の視線が、追い越し車線のドライバーの
目にあった。困った顔同士、会釈を交わす。
 ボコッ、ボコボコボコッ。
 未開の平原を走るバッファローの群れのよ
うに、恋人たちもオアシスを夢見て走る。
 ボコッ。最後の一匹をプレスした音。
「ほらっ、シンデレラ城が見えてきた。明日
はスプラッシュマウンテンに乗りましょう」


〔発表:平成7(1995)年2月第12回東葛座会/初出:1995年5月号「短説」/WEB版初公開〕
Copyright (C) 1995-2009 IGARASHI Masato. All rights reserved.

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2009年1月 7日 (水)

原稿募集【横山とよ子さんの世界を語り論じる】

 本日は七草粥の日でした。皆さん食しましたか。正月気分もここまでで、明日から学校も始まります。

 さて、短説の会からのお知らせです。月刊『短説』11月号の折り込みを転載します。
 
 原稿募集――横山とよ子さんの世界を語り論じる――
 
 横山とよ子さんが作品集『すみつかれ』を残して逝かれ、早くも三年である。その特集を考え、いろいろ思索してみた。そして結局あたらしい視点で作品を書いてもらい、それをもって特集を組もうと決心した。皆さまのご参加をお願いする。
 
1)作 品  横山さんの作品世界に通うような短説作品
2)論 文  横山さんの作品世界に論じる評論
3)自 由  横山さんの世界に触発された自由な作品*
*自由作では長さと形式が短説に準じながら発想と表現が超常識の作品を期待する。
 
締 切 平成21年2月末日 短説の会本部必着
      芦原修二

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