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2005年1月27日 (木)

短説:作品「慈母」(向山葉子)

   慈 母
 
            
向山 葉子
 
「ああ、もうすぐ黄昏がくる。母は仕事に行
くことにしよう。戸締りをして、しっかり留
守番をしていておくれ」
 母は、水鏡に顔を映して化粧の手を休めず
に言う。
「何時ごろお帰りなの」
 姉は今年十二になる。
「遅いと眠くなるよ」
 弟は九つ。「その時は先にお休みよ」と二
人の頬をなでて、母は家を出る。
 森の向こう、太陽が沈むまでにはまだ間が
ありそうだ。滲んだ血のような色が、木々を
染め上げている。村が近づくころになると、
薄闇が静かにおりてくる。
「遊びたりない子はいないかい」母の声は闇
に溶け込んで、幼い娘に変化する。手には金
糸銀糸に彩られた錦の毬を持って。
「きれいな毬。貸してくれるの」
 母は近づいてきた少女に毬を渡す。少女は
毬をつく。ひとつ、ぽん、ふたあつ、ぽん、
みっつ。「それは、お前の首だよ」
 首のない少女は、自分の首で毬つきをして、
十回目にぱったり倒れる。首は転がって、花
の盛りの繁みに消えた。
 母は着物を脱がせ、それをきちんと畳んで
懐にねじ込むと、少女の体を横抱きにして走
り出す。木々がのけぞっていく。

「母さまの獲物はどうしていつも首がないの」
 首のない小さな猪を見つめて、弟が言う。
「何も見えぬように。聞かぬように。喋らぬ
ように。愛し子の首は無垢なまま。母の懐ヨ
帰るであろう」
 母は皮を剥いでいく。桃色の柔らかそうな
肉。
「滋養があるよ。御馳走だよ」

〔発表:2004年4月4日新ML座会/初出:2004年7月号「短説」/「西向の山」upload2005.1.25〕
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