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2005年3月23日 (水)

短説:作品「弟地獄」(向山葉子)

   弟地獄
 
            
向山 葉子
 
 弟が行方不明なんです。逃げた小鳥を探し
にいったまま。……ええ、そうです。鳥籠を
持ってます。どなたか弟を見かけた方はいま
せんか。青いズボン、千鳥格子のハンチング
です。籐の鳥籠を抱えているはずです。チン
ドン屋のおじさん、知りませんか。……そう
ですか、見かけませんか。え? カフェの女
給に聞いてみろって? ええ、そうしてみま
す。暗い路地に分け入って、私は弟を探しま
す。お姐さん、弟を見ませんでしたか。……
そうですか、知りませんか。え? 曲馬団の
ピエロに聞いてみろって? ええ、そうして
みます。風吹く荒野を横切って、私は弟を探
します。ピエロさん、弟を見かけませんか。
……え? お母さんに聞いてみろって? え
え、そうしてみます。お母さん、お母さん、
お母……ああ、そうでした。お母さんはとう
の昔に亡くなりました。幼いころから愛しん
でいた手鞠と一緒にもうとうの昔に煙になり
ました。だれか弟を知りませんか。街灯だけ
がほのぼのと揺れる街、私は弟を探します。
ころころ鞠が転がって、私の足にじゃれつい
て……ああ、これはお母さんの手鞠。お母さ
ん。振り向くとお母さんがにっこり笑って立
っています。お母さん、お母さん、弟を返し
てください。おほほ、おほほ……まだ若いお
母さん、まだ綺麗なお母さん、笑いながら私
の手から鞠を奪って逃げていきます。お母さ
ん、お母さん、お願いです。弟を返してくだ
さい。おほほ、おほほ……もうあの子は返さ
ないよ。だってまた私の中に戻ってきたのだ
もの。お母さん、お母さん、お願いです。弟
を返してください。おほほ、おほほ……お母
さんは笑いながら街の闇へと消えていきまし
た。残された鳥籠の中には、死んだ小鳥が眠
っています。

〔発表:1986年3月第7回東京座会/初出:年鑑短説集〈1〉『旅のはじまり』1987年7月/「西向の山」upload2002.4.5〕
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