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2005年4月29日 (金)

短説:作品「息子よりお父さん」(西山正義)

   息子よりお父さん
 
            
西山 正義
 
「あッ、京王線のプラレール!」
 息子が叫ぶ。それより先に、お父さんの方
がショーウィンドーに張り付いていた。
「8000系だね。いま乗ってきたやつだよ」
「うん! あ、あっち、南海ラピート」
「ほんとだ。中にもあるよ。さあ入ろう」
 館内に入ると、右手の脇にもプラレールコ
ーナー。京王線の多摩動物公園駅に、「京王
れーるランド」というのができた。土日は混
むだろうから、幼稚園が夏休みになった平日、
お父さんのからだが空き次第、息子を連れて
来ようと決めていた。バスにも乗れ、電車に
も乗れる。息子は喜ぶに違いない。退屈しの
ぎにも丁度いい。というのは半分口実で、実
は、お父さんの方が一度来たかったのだ。
 メインは、Nゲージのジオラマで、実際に
運転士が使っているハンドルを操作して、模
型の車輌を走らせることができる。一回五分、
百円也。これは面白い。万世橋の交通博物館
でも青梅の鉄道公園でも、Nゲージは大人気
なのだが、自分で走らせることはできない。
しかも本物の運転台。制動弁の操作は幼児に
はやや難しい。思わずお父さんの手が延びる。
 さて、一番の目的は、一般には市販されて
いない京王8000系のプラレールを買うこ
と。京王線にはロマンスカーのような車輌は
ない。この最新型にしても、ごくありふれた
通勤電車で、グッドデザイン賞を受賞したと
はいえ、取り立ててどうという代物ではない。
が、長年京王線に慣れ親しんできたお父さん
としては、やはり買わずにはいられない。
「これはお父さんが管理するからね」
「うん。早く帰ろう。おうちで走らせようよ」
「もう帰っていいの? あれにも乗ってみた
いと思わない」とお父さんは、開通したての
多摩モノレールの高架を指差した。

〔発表:2000年7月第76回東葛座会/初出:2000年9月号「短説」/再録:「西向の山」upload2002.9.21〕
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コメント

トラックバックありがとうございます。
やっぱり家族もの、特に良いです。
それにしても、先の列車事故。亡くなられた方たちのご冥福をお祈りします。
極めて近しい知り合いに、運転士がおり、他人事ではありませんでした。
鉄道は、それが誕生してからずっと、今でも男の子達の憧れです。過密ダイヤや組織の問題など、いろいろ解決されて、これからも少年たちの憧れであり続けてほしいと思います。

投稿: 本読人 | 2005年5月 1日 (日) 13:33

 そういえば最近「子どもをめぐる短説」を書いていませんね。子供も小学校の高学年を過ぎると、だんだんほのぼの路線というわけにもいかなくなってきます。それならそれでまた別のネタがあるだろうと思いますが、親の方が先に子離れしないと、という思いもあります。もっと大きくなると、日向みなみさんが書いているような題材が出てくるのでしょうが。

 今回の鉄道事故は想像を絶するものがありますね。男の子は誰でも一度は電車の運転士になりたいと思うものです。事故現場の近くのマンションに、やはり電車を見るのが好きな子がいて、その日もおばあちゃんに抱っこされて走ってくる電車を見ていたそうです。そして壮絶な事故を目撃してしまった。マンションからではなく、線路脇で見ていたらと思うと……。

投稿: 西山正義 | 2005年5月 1日 (日) 19:18

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