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2005年4月16日 (土)

短説:作品「楽団」(秋葉信雄)

   楽 団
 
            
秋葉 信雄
 
 テレビ会社の控室は、思ったほど広くはな
かった。バンドメンバー四人で、出番を待つ。
 やがて、名前が呼ばれ、あっと言う間にオ
ーディションは終わった。二週間ほどして不
採用の通知が届いた。また、僕達はパーティ
ー回りに精を出した。みんな十六歳だった。
二年程して、中学から続いたバンドは、解散
した。僕が大学へ進むことになったからだ。
メンバーは、「学生とバンドは両立できない
のか」と問い詰めた。まだまだ僕は、そのこ
ろは不器用だった。二足のわらじは履けない
と信じていた。
 その一年後、大学生になった僕は、テレビ
に映るメンバーを見付けた。僕の後釜を加え、
人気俳優のバックバンドとして、レコードも
出していた。
 数年後、僕は大学を追われた。時を同じく
してバンドのみんなもテレビから姿を消した。
僕は懲りもせず、再びギターを手にし、様々
なバンドを渡り歩いた。学園祭で酒を飲んで
はギターで殴り合うこともあった。
 諦め切れない性格からか、大学を受け直し
た。不思議に四年で卒業できた。ギターは埃
をかぶっていた。
 やがて運よく職を見付けたころ、かつての
メンバーと偶然再会した。みんな数々の仕事
を転々とし、印刷工や大工に変身していた。
「またバンドをやろう」と言われたが、うな
ずくことは出来なかった。
 その翌年、職場の関係者から、バンドに誘
われた。お世話になった大先輩の退職に合わ
せ、地元の小学校の体育館を借用した。「演
芸会」と銘打たれた会場の看板の下で、光り
輝く禿頭をかきながら、照れていた大先輩の
姿から、いにしえのヒット曲が聞えて来た。
 When I'm sixty-four

〔発表・1991年5月東京座会/初出・「短説」1991年10月号/初刊・年鑑短説集〈5〉『螺旋の町』1992年4月/再録・秋葉信雄短説集『砂の物語』2000年11月/〈短説の会〉公式サイトupload2005.3.24〕
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