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2005年5月

2005年5月30日 (月)

短説:作品「珠子」(有森望)

   珠 子
 
             
有森 望
 
 死んだ友人の一周忌が過ぎた頃、残された
その夫人を訪ねた。ご無沙汰の詫びをかね、
線香を上げるつもりであった。
「どうぞ、あちらでお茶を」と庭の見える部
屋に通された。縁側に藤製の椅子とテーブル
があり、テーブルの上の小鉢が目に入った。
「何をやっておられるんですか」
 すり餌を作っているように思った。
「あ、それ。骨ですの。あの人のよ」
「あの人って、ヤツのですか」
「ええそうよ。きれいでしょ、まっ白で。こ
うやると砕けるのよ、ちいさく。ほら、ね」
 珠子はすり餌用の小型の棒でトントンと白
い固まりを潰してみせた。直ぐに粉末になっ
ていく。「おかしい?」と言って珠子は私を
見つめた。
「だって土の中にあの人を入れるなんて嫌よ。
可哀相だわ。暗くて冷たいところでしょ」
 私は珠子の口許を見ていた。
(わたし結婚してしまいます。あなたはいつ
もご自分をごまかしてらっしゃるのね)
 七年前、私に向かって言った珠子の科白と
声が、目の前の彼女の口許と重なった。
「納骨の時ね、前の晩お骨を少し抜き取って
おいたの。全部主人の実家にやったら、わた
し、ひとりぼっちになってしまうわ」
「ええ……。それで、それをどうなさる……」
「どうしようかしら。形のまま持ってると何
かと不便だわ。だから潰してみたんだけど。
でもね、不思議なのよ。こうやって砕いてい
ると、全てが終わって清算されてくようでね、
体が軽くなっていくの。嘘じゃないのよ」
 下を向いたまま棒を動かしている珠子の横
顔に気をとられていると、
「ここにお掛けになって。潰すのをね、手伝
ってくださいません」という珠子の声がした。

〔発表:1998年9月通信座会/初出:「短説」1998年12月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*1998年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.3.20〕
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2005年5月25日 (水)

短説:作品「匂う部屋」(西山正義)

   匂う部屋
 
            
西山 正義
 
「この部屋なんか匂わない?」
 裸の上にバスタオルを巻いただけの恰好で、
爪先立つようにキッチンから出てきた真弓が
言った。
 行雄は仔細らしく部屋を見回し、鼻を鳴ら
す。梅雨空の蒸し暑い日だった。雲の切れ間
から日が射してきた。
「ああ。なんともいやらしい匂いがするなァ」
 真弓が差し出すグラスを受け取るため、行
雄は身体をずり上げ、ベッドから上体だけ起
こす。このことろ二人は青りんごのジュース
に凝っている。いつでも飲むわけではない。
事が終わる。まず煙草が吸いたくなる。次に
喉が渇く。その時に飲む特別な飲み物という
わけだ。青りんごというのがミソである。
 真弓は立ったまま腰に手を当てグラスを傾
ける。喉を鳴らして青い液体を呑む。玉の汗
がひと雫、頬から顎へ、顎から喉へ伝わり、
鎖骨の窪みに落ちる。半分ほど空けたところ
でベッドのへりに腰かけ、髪をかき揚げなが
らまだ少年のような男の顔を覗き込む。
 一気にジュースを呷った行雄の裸の胸に、
果汁がこぼれる。行雄はそれを意に介さず、
口元を手の甲で無造作に拭うと、
「これだろう」
 と言って、先程まで彼女の体内に入ってい
たゴム製品を摘み、真弓の鼻先にぶら下げる。
「うーん。ゴム臭い!」
 と言いつつも、真弓はそれを手に取り、恍
惚とした表情をする。まだ生温かいそれから
は、湯気が立ちのぼるかのように見えた。
「この匂いが充満しているんだ」
 行雄はそう言うと、満足気に二本目の煙草
に火を点けた。「予備校行かなくていいの?」
という言葉にも耳を貸さず、行雄の手はまた
真弓の腰の辺りを撫ぜ始めていた。

〔発表:1997年5月第39回東葛座会/雑誌未発表/初出:「西向の山」upload2002.6.1〕
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2005年5月21日 (土)

短説:作品「三三九度」(川上進也)

   三三九度
 
            
川上 進也
 
「修平さん、今だから言うけど、私、子供の
頃、あなたのお嫁さんになりたかったの」
 幹事の道子が修平に酒を注ぎながら言った。
もう、目元がほんのりと赤い。浴衣姿の指に
は、大きなダイヤが光っている。
「えっ、ホント? 知らなかったよ。惜しい
ことしたな。これからでも遅くないけど…」
「そんなこと言って、奥さんに叱られるわ。
ところで、お孫さんはもう大きいんでしょ」
「いや、まだ幼稚園。来年、小学校の入学」
「あら、そう。うちは一番上が、もう高校生
なの。お互いに年取ったものね」
 中学時代の五十年ぶりのクラス会も、宴会
は九時に終った。そのあと、幹事が用意した
二次会の部屋に十数人が集まった。修平もこ
の筑波ホテルに東京から参加していた。
 道子は頭もよく、女性では常に一番だった
が、家庭の事情で高校には進学しなかった。
 四年後のお盆に修平が帰省した時、道子が
村内の農家に嫁いだ話を聞いた。十九才の道
子の結婚は、労働力のためとか、玉の輿だと
噂されたと言う。何年かして、道子の婚家は、
開発ブームに乗って土地成金になったらしい。
「修平さんも年金貰ってるんでしょ。私もね、
最近は主人と二人でよく旅行に出掛けるの。
年金はその費用と、それに孫の小遣いよ」
「羨ましいね。俺の年金なんか、そのまんま
生活費だよ。そんなことより、ミッちゃん。
いま思うと、実は俺も君が好きだったんだ」
「嘘ばっかり…。中学校卒業以来、それっき
りじゃない。修平さん、私を貰ってくれた?」
「俺も十九じゃあ、無理だったさ。でも君の
結婚を聞いた時、本当はがっかりしたんだ」
「そうだったの、それ聞いて嬉しいわ。じゃ、
ここで三三九度しましょう。昔のつもりで」
 道子は、修平の盃にまた酒を注いだ。

〔発表:1999年8月東葛座会/初出:「短説」1999年11月号/ 再録:「短説」2000年5月号〈年鑑特集号〉*1999年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2003.12.19〕
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2005年5月19日 (木)

鎌倉探題会

■この度、〈短説の会〉では東葛座会を中心に「鎌倉探題会」を行なうことになりました。
日程は以下の通りです。
 
鎌倉探題会日程  5月22日(日)
 第一集合場所  日暮里駅常磐線ホーム上野寄り先頭
       時間  9時30分
 第二集合場所  鎌倉駅東口改札口
       時間  11時
コース・鶴岡八幡宮〜鎌倉文学館〜長谷寺〜鎌倉大仏
      
※座会は行ないません。従って飛び入り参加可能です。
奮ってご参加ください。
 
■5月22日、私は参加できませんでしたが、予定通り「鎌倉探題会」が行なわれました。
その模様を、あやべ楽園さんが写真で綴ってくれました。
「梅郷通信」「いざ、鎌倉へ……!」にgo!
 
■探題会から2週間、さっそく「鎌倉ネタ」の短説が生まれました。
水南森さんが「狐の嫁入り」を「水南の森−短説BLOG」にアップ。

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2005年5月17日 (火)

毎日新聞「こだわりの人」に芦原修二氏

 5月10日の毎日新聞・都道府県ニュースに、
『こだわりの人:
「短説」を提唱、20年・芦原修二さん(我孫子市新木)/千葉』
として、芦原さんと短説が大々的に紹介されています。
 
 僕は新聞の記事は見ていません。今インターネットで見付けたのです。毎日新聞がMSNに配信しているニュースサイト「MSN-Mainichi INTERACTIVE 都道府県ニュース」の「ニューストップ > 都道府県ニュース > 千葉 > バックナンバー > 記事全文」
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/chiba/archive/news/2005/05/10/20050510ddl
k12070293000c.html
 
 上のURLがちょん切れてうまく見られない場合は、とりあえず↓にアクセスし、5月10日のバックナンバーから探してください。
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/chiba/archive/index.html
 
 こういうのはURLがすぐ変わる可能性があるので、早めにアクセスしてみてください。ネットの記事では、肝心の見出しが「短説」ではなく「短歌」に誤植されていて、がっくりなのですが。(本文はもちろん「短説」になっていますが)

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2005年5月15日 (日)

短説:作品「腕の中の猫」(芦原修二)

   腕の中の猫
 
            
芦原 修二
 
 裕樹と健の忍び笑いが夾竹桃の株の向こう
に聞こえた。
「なにしてるんだァ?」
 美奈子は声をあげて走った。裕樹があわて
てシャツの裾を下ろし身づくろいをしている。
健はまだ笑っていたが、裕樹の方はもう森の
向こうの鉄塔を見ている。
「なァ、なにしてた?」
 美奈子は裕樹が答えないので、健に目を向
けた。
「ヒロちゃんのネコ。……ネコを見てた」
 健は、上気した表情を目に残したまま答え
た。美奈子は裕樹の腹のあたりをちらりと見
たが、そこはほっそりしていて、猫をかくし
ているようには見えなかった。
「拾ったの?」
 美奈子はつづけて健に聞いた。
「ちがう。ヒロちゃんの体の中にいる」
 美奈子は心臓がドキンとなった。――わた
しに見せられないところを健に見せていたの
だ。このごろ裕樹は女の子をのけものにして、
健とばかり仲よししている。
「ねえ、わたしにも見せて!」
 しかたない、といった表情で、裕樹が右腕
を伸ばした。
 健が裕樹の腕の力こぶに掌をあてた。
「ここにいるんだぞ」
 その手をのけて、裕樹が筋肉を力いっぱい
つねった。すると、そこの筋肉がもりあがっ
て、小さな生き物のように動いた。
 美奈子もまねて自分の腕を出した。
「ダメ。女の子は一生ダメ。ぼくは、いまに
出るようになるんだ!」
 健が言った。
 ――そんなのってない。美奈子は叫ぼうと
したが、くやしさで声が出てこない。

〔発表:2000年8月東京・東葛・ML座会/初出:「短説」2000年10月号/再録:「短説」2000年5月号〈年鑑特集号〉*2000年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.4.20〕
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2005年5月12日 (木)

短説:作品「立場」(川嶋杏子)

   立 場
 
            
川嶋 杏子
 
 歯の治療でも受けているように見えた。
 今の床屋は、あんなふうにすっかり椅子に
寝かせて客の髭を剃ったりするのか。
 寝せられている客の頭部が道路側へ向いて
いる。真中はすっかり禿げているが、周りの
髪は黒々としている。
 白衣を着た若い女性が、その客へ笑いかけ
ている。ポケットから何か取り出そうとした
時バスが動き出した。
 何を取り出そうとしたのか。かみそりか、
はさみか、くしか。床屋ならそのようなもの
だろう。
 帰りのバスは反対側に座った。停留所のそ
ばの理髪店の内部が、また見えた。
 先ほどの客が椅子のそばに立っている。さ
っきは白い線の入った黒い上衣しか見えなか
ったが、ズボンも同じ黒で横に白い線が入っ
ている。若く見えるが老人かもしれない。
 椅子に寝ているのは白衣を着た女性だ。さ
っきと同じピンクのゴムで結んだ茶髪の頭が
こっちへ向いている。
 老人がポケットから何かを取り出そうとし
た時、バスが動き出した。
 彼が取り出すのは何だろう。立場が逆にな
ったのだから、かみそりやはさみやくしでは
ないかもしれない。第一、あれは理髪店では
ないかもしれない。
 そう考えているうちに、自分がどこへ行っ
て来たのか、どこへ帰っていくのか分からな
くなって来た。
 介護されていたようでもあるし、誰かを介
護していたようにも思える。バスを降りた時、
何か入っているように思えてポケットに手を
入れた。
 出て来るものによって、自分の立場が分か
るかもしれない。

〔発表:2001年1月上尾座会/初出:「短説」2001年3月号/ 再録:「短説」2002年5月号〈年鑑特集号〉*2001年の代表作「人」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.3.20〕
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2005年5月 8日 (日)

短説:作品「順番」(吉田龍星)

   順 番
 
            
吉田 龍星
 
「受付待ちだね。あっちへ詰めて座って」
 守衛は男に近づいて来て言った。指差され
た方を見ると、皆、前列から順序よく並んで
座っている。椅子は一列あたり二十四。男は
二列目の二番だった。薄暗いホールの中で天
井から吊された明かりが二つ。ダクトから風
が漏れて来るのか、微妙に揺れている。
「五番か六番だと思ったのにな…」
 男は呟きながら前の列を見た。斜め後ろか
らそれぞれ顔が見える。腕組みをしながら暗
い天を見つめている痩せた中年男が一番だ。
二番目は文庫本に見入る女。三番目は目を瞑
って小さくなっている老女だ。どれぐらい前
からあそこに座っているのだろう。
「三十分、それとも一時間?」
 男は暇潰しに四番目以降も見ていった。雑
誌や新聞に目を通す人。何かの入門書を見な
がらメモ帳にペンで書き込む人。恐らく手を
暖めているのだろう、紙コップの飲み物を両
手で大事そうに包む人。そして口を閉じたま
ま手を合わせ何かを唱える人。不思議な事に、
隣同士で話を始める様子は全く見られない。
知り合いでなくとも、緊張を和らげようとし
て周りに話しかけ人は、いるものであるが。
「競争相手だから? 自己開示が嫌なのか」
 目指している場所は何処だろうか。男は思
った。自分の他に何人いるだろう。三人、或
いは四人。ひょっとしたら三分の一以上かも
知れない。隣で新聞を小さくたたみながら読
んでいる中年男が敵に思えて来た。
「こいつの方が俺より先に行くのか…」
 男は自分の顔が強張って行くのを感じ、コ
ートの衿を立てた。静かに音楽が鳴る。アナ
ウンスが流れた。
「ただいまから受付を開始いたします」
 みんな一斉に、立ち上がった。

〔発表・2005年1月藤代日曜座会/初出・「短説」2005年4月号/短説[tansetsu]ブログupload2005.5.8〕
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2005年5月 6日 (金)

短説のブログ

 今日の午前中、〈短説の会〉公式サイトと「西向の山」のリンク関係を更新しました。
 一ト月前に開設されたkatoreaさんのブログ・ジジババ草紙「カトレア日記」に続いて、昨日、短説をはじめてネットに紹介した水南森/五十嵐正人さんが「水南の森−短説BLOG」を開始。作品は、現在水南さんが盛んに取り組んでいる「神様の視点を持たない短説」を中心に、短説論も展開予定とか。楽しみです。
 短説のブログは、これで三つ目。yuurakusyaさんの「雑記帳」は「ジオログ」を使ったもので、これはいわゆるブログとは異なるのですが、自力でサイトを更新できないyuurakusyaさんにも更新ができ、コメント機能もついているので、ブログの一種として含めてもいいかもしれませんが。ともかくブログは今や簡単ホームページというわけで、短説のブログも今後続々と出てくるかもと期待。
 サイトには誰しも掲示板を付けたりしますが、ブログのいいのは、各記事(作品)にダイレクトにコメントを付けられるところでしょう。掲示板以上に気軽に投稿できるので、今までネットでは沈黙していた人まで投稿するようになり、交流の輪が広がります。
 それと、記事同士を直接ハイパーリンクで繋ぐトラックバック。サイトのリンク集を更新するのは面倒くさい面もありますが、これなら楽。しかも、よりダイレクトに連携できます。ブログを持っている同士なら、関連の記事をそれぞれのブログで、自説を展開できるし、閲覧者にとっては、ワン・クリックで関連記事がすぐ読めるという寸法だ。たいした記事じゃないとがっかりしますが。
 このブームがいつまで続くか分かりませんが、これからホームページを持ちたいと思う人は、よほど凝ったレイアウトを必要とするコンテンツがない限り、もはやブログだけで十分でしょう。

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銭湯の菖蒲湯

 ゴールデンウイーク後半の中日。東京は午後から雨になってしまいました。今年のゴールデンウイークはどこへも出かけず、ひたすら引越し作業。
 我が家は築三十八年のぼろ家で、ようやくリフォームに着手する運びに。むかし二階を貸していてアパートのような構造になっているので、住居は二階に移るだけなのですが、一階をすべて空けるため、日用品以外の荷物を倉庫に一時保管。三世帯、家族七人分の荷物。三十八年間一度も引越しをしたことがないので、異様なほどの量だ。倉庫は知り合いからビルの機械室を借りたのだが、中身だけで凄い山に。半分は本。よくこんなに収納されていたものだと思います。まだ家具の搬出が残っています。
 
 昨日は端午の節句。伝統的な年中行事は次代に繋ぐためにも大事にしたいと思っていながら、今年は鯉のぼりをあげ損なってしまいました。連日の引越し作業に疲れ、夜は外食に。連休中日帰り温泉ぐらいは行きたいと思っていたのですが、混んでるだろうからと断念。ふと思いつき、風呂道具持参で、市内のちょっと離れたファミリーレストランへ出かけました。
 食事後、一軒ビルを挟んだ隣の銭湯へ。その銭湯は、道路拡張でセットバックしたのを機に改装され、大型のスーパー銭湯とまではいかないまでも、露天風呂もあり、ちょっとしたスーパー銭湯風になっていました。以前からそうだったかどうか忘れましたが、何よりの特徴は、軟水を使っている点。もちろん温泉ではないのですが、温泉並みのつるつる感があり、思わぬいいところを発見してしまいました。
 端午の節句ということで、薬草の湯は菖蒲湯。引越し騒ぎで菖蒲を買い忘れていましたので、目論見通りちょうど良かったです。我が家ではよく日帰り温泉や銭湯に行きます。家庭風呂もそれはそれでいいのですが、やはり温泉や銭湯は気持ちいいですね。
 
 そんな風に僕が出かけている間に、短説のブログがまた一つ生まれていました。それについては項を改めて。

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2005年5月 1日 (日)

短説:作品「失われた螺子を求めて」(向山葉子)

   失われた螺子を求めて
 
            
向山 葉子
 
 ここへ入ることが決まったのは、十八の二
月だった。桜の咲く頃に、ここの一員である
証の赤い靴を貰った。麻里は、控え室で新品
の真っ赤な靴を履き、どきどきしながら扉の
開くのを待っていた。扉の向こうからは、ほ
のかにワルツの音が漏れている。
 さあ、扉が開く。目映いライトが麻里の目
を射る。一際音高く、音楽が奏でられる。麻
里は胸を張って、一歩目を踏み出した、と思
った時、後ろから続くはずの少女達に激しく
突き飛ばされた。麻里は、くるくると回りな
がら部屋の中央あたりでばったりと倒れた。
麻里の周りを少女達はまるで嘲けるかのよう
に、軽やかに、そして美しく舞ってみせる。
立ち上がろうと焦る麻里の目に、少女達の赤
い靴がいくつもいくつも立ちはだかる。少女
達の巻き起こす風が、床の振動が、麻里の体
の螺子をだんだんに緩ませる。一番初めに緩
みきって抜け落ちていったのは、頭の螺子だ
った。頭から落ちた螺子を追って、麻里は少
女の足の間を這いずり回る。螺子は少女の赤
い靴先から靴先へ蹴り飛ばされ、やがて見え
なくなった。螺子を見失った麻里は、狂った
ゼンマイ仕掛けの人形のように、這いつくば
ったまま何時までもくるくると同心円を描く
ばかり。見かねたシスター達が、やっとのこ
とで麻里を踊りの渦の中から救い出す。螺子
がとれ、認識の狂い始めた麻里の目は、それ
でもまだ、失われた螺子を追い求めていた。
 
 新しい螺子を締めてもらい、一ヵ月の静養
の末、麻里は再び赤い靴を履き始めた。しか
し、音楽が鳴ると新しい螺子はきりきりと麻
里の頭を締めつける。麻里は、激しい偏頭痛
に襲われながら、無意識のうちに失われた螺
子を探し求めているのだった。

〔発表:1987年1月第17回東京座会/初出:年鑑短説集〈1〉『旅のはじまり』1987年7月/「西向の山」upload2002.4.5〕
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