« 短説:作品「順番」(吉田龍星) | トップページ | 短説:作品「腕の中の猫」(芦原修二) »

2005年5月12日 (木)

短説:作品「立場」(川嶋杏子)

   立 場
 
            
川嶋 杏子
 
 歯の治療でも受けているように見えた。
 今の床屋は、あんなふうにすっかり椅子に
寝かせて客の髭を剃ったりするのか。
 寝せられている客の頭部が道路側へ向いて
いる。真中はすっかり禿げているが、周りの
髪は黒々としている。
 白衣を着た若い女性が、その客へ笑いかけ
ている。ポケットから何か取り出そうとした
時バスが動き出した。
 何を取り出そうとしたのか。かみそりか、
はさみか、くしか。床屋ならそのようなもの
だろう。
 帰りのバスは反対側に座った。停留所のそ
ばの理髪店の内部が、また見えた。
 先ほどの客が椅子のそばに立っている。さ
っきは白い線の入った黒い上衣しか見えなか
ったが、ズボンも同じ黒で横に白い線が入っ
ている。若く見えるが老人かもしれない。
 椅子に寝ているのは白衣を着た女性だ。さ
っきと同じピンクのゴムで結んだ茶髪の頭が
こっちへ向いている。
 老人がポケットから何かを取り出そうとし
た時、バスが動き出した。
 彼が取り出すのは何だろう。立場が逆にな
ったのだから、かみそりやはさみやくしでは
ないかもしれない。第一、あれは理髪店では
ないかもしれない。
 そう考えているうちに、自分がどこへ行っ
て来たのか、どこへ帰っていくのか分からな
くなって来た。
 介護されていたようでもあるし、誰かを介
護していたようにも思える。バスを降りた時、
何か入っているように思えてポケットに手を
入れた。
 出て来るものによって、自分の立場が分か
るかもしれない。

〔発表:2001年1月上尾座会/初出:「短説」2001年3月号/ 再録:「短説」2002年5月号〈年鑑特集号〉*2001年の代表作「人」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.3.20〕
Copyright (C) 2001-2005 KAWASHIMA Kyoko. All rights reserved.

|

« 短説:作品「順番」(吉田龍星) | トップページ | 短説:作品「腕の中の猫」(芦原修二) »

短説〈同人会員作品〉」カテゴリの記事

短説集2001〜2005」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 短説:作品「立場」(川嶋杏子):

« 短説:作品「順番」(吉田龍星) | トップページ | 短説:作品「腕の中の猫」(芦原修二) »