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2005年5月25日 (水)

短説:作品「匂う部屋」(西山正義)

   匂う部屋
 
            
西山 正義
 
「この部屋なんか匂わない?」
 裸の上にバスタオルを巻いただけの恰好で、
爪先立つようにキッチンから出てきた真弓が
言った。
 行雄は仔細らしく部屋を見回し、鼻を鳴ら
す。梅雨空の蒸し暑い日だった。雲の切れ間
から日が射してきた。
「ああ。なんともいやらしい匂いがするなァ」
 真弓が差し出すグラスを受け取るため、行
雄は身体をずり上げ、ベッドから上体だけ起
こす。このことろ二人は青りんごのジュース
に凝っている。いつでも飲むわけではない。
事が終わる。まず煙草が吸いたくなる。次に
喉が渇く。その時に飲む特別な飲み物という
わけだ。青りんごというのがミソである。
 真弓は立ったまま腰に手を当てグラスを傾
ける。喉を鳴らして青い液体を呑む。玉の汗
がひと雫、頬から顎へ、顎から喉へ伝わり、
鎖骨の窪みに落ちる。半分ほど空けたところ
でベッドのへりに腰かけ、髪をかき揚げなが
らまだ少年のような男の顔を覗き込む。
 一気にジュースを呷った行雄の裸の胸に、
果汁がこぼれる。行雄はそれを意に介さず、
口元を手の甲で無造作に拭うと、
「これだろう」
 と言って、先程まで彼女の体内に入ってい
たゴム製品を摘み、真弓の鼻先にぶら下げる。
「うーん。ゴム臭い!」
 と言いつつも、真弓はそれを手に取り、恍
惚とした表情をする。まだ生温かいそれから
は、湯気が立ちのぼるかのように見えた。
「この匂いが充満しているんだ」
 行雄はそう言うと、満足気に二本目の煙草
に火を点けた。「予備校行かなくていいの?」
という言葉にも耳を貸さず、行雄の手はまた
真弓の腰の辺りを撫ぜ始めていた。

〔発表:1997年5月第39回東葛座会/雑誌未発表/初出:「西向の山」upload2002.6.1〕
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コメント

拙作の掲載(アップですか?)ありがとうございます。「匂う部屋」拝読しました。アップルジュースが鎖骨の溝に伝い落ちる所なんかいいですね。小生なんかはそのものを書いてしまうのでこれは勿論ペケなんですけど、西山さんのは全体で迫ってきて自然に昂まって行く感じがいいです。「流山」なんかもたまたま見ていた娘が「何で血腥いってこの字なんだろう?」なんて言い始めて、そこにまた普通の字ではない所の色々想像が広がりました。蓮沼海岸(この出だしが凄くよくて痺れました) もそうですが、西山さんの作品は短説の字数を超えた広がりを感じますね。そして小説を読んだ後の満足感を越えるものがあります。小生が言うまでもなく読者は作者の力筆で描かれた情念の世界に引き込まれて行く事もまた快感ですね。今後も楽しみにいたしております。

投稿: 吉田 龍星 | 2005年5月27日 (金) 14:51

吉田龍星様 コメントありがとうございます。
いろいろお褒めの言葉、身に余るというか、こうまともに言われると、なんだか恥ずかしくなってきます。「匂う部屋」なんかも、今読み返してみると気恥ずかしい。昔の悪癖がでて、硬質ではありますが、やや装飾的な文で、ちょっと気取っているというか……。
短説の会では、まず形容詞、特に常套句を取り除けということが言われています。これには深い意味があり、僕も基本的には賛成なのですが、最近ちょっと不満もあるのです。作品の水準は上がりました、しかし、結果、みんなの文章がなんとなく似通ってきてはいないか。平易で分かりやすい文だけが文ではない。日本語には実にたくさんの言葉がありますが、そのうち僕らは一体どれだけ使っているか。手垢の付いた表現ではやはりダメですが、言葉の使い方ひとつでも、まだまだ開発の余地があるのではないか。なんてことを、最近とみに思っています。
僕も吉田さんの作品はいつも楽しみにしています。またよろしくお願いします。

投稿: 西山正義 | 2005年5月28日 (土) 02:34

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