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2005年5月 1日 (日)

短説:作品「失われた螺子を求めて」(向山葉子)

   失われた螺子を求めて
 
            
向山 葉子
 
 ここへ入ることが決まったのは、十八の二
月だった。桜の咲く頃に、ここの一員である
証の赤い靴を貰った。麻里は、控え室で新品
の真っ赤な靴を履き、どきどきしながら扉の
開くのを待っていた。扉の向こうからは、ほ
のかにワルツの音が漏れている。
 さあ、扉が開く。目映いライトが麻里の目
を射る。一際音高く、音楽が奏でられる。麻
里は胸を張って、一歩目を踏み出した、と思
った時、後ろから続くはずの少女達に激しく
突き飛ばされた。麻里は、くるくると回りな
がら部屋の中央あたりでばったりと倒れた。
麻里の周りを少女達はまるで嘲けるかのよう
に、軽やかに、そして美しく舞ってみせる。
立ち上がろうと焦る麻里の目に、少女達の赤
い靴がいくつもいくつも立ちはだかる。少女
達の巻き起こす風が、床の振動が、麻里の体
の螺子をだんだんに緩ませる。一番初めに緩
みきって抜け落ちていったのは、頭の螺子だ
った。頭から落ちた螺子を追って、麻里は少
女の足の間を這いずり回る。螺子は少女の赤
い靴先から靴先へ蹴り飛ばされ、やがて見え
なくなった。螺子を見失った麻里は、狂った
ゼンマイ仕掛けの人形のように、這いつくば
ったまま何時までもくるくると同心円を描く
ばかり。見かねたシスター達が、やっとのこ
とで麻里を踊りの渦の中から救い出す。螺子
がとれ、認識の狂い始めた麻里の目は、それ
でもまだ、失われた螺子を追い求めていた。
 
 新しい螺子を締めてもらい、一ヵ月の静養
の末、麻里は再び赤い靴を履き始めた。しか
し、音楽が鳴ると新しい螺子はきりきりと麻
里の頭を締めつける。麻里は、激しい偏頭痛
に襲われながら、無意識のうちに失われた螺
子を探し求めているのだった。

〔発表:1987年1月第17回東京座会/初出:年鑑短説集〈1〉『旅のはじまり』1987年7月/「西向の山」upload2002.4.5〕
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コメント

毎度のトラックバック、ありがとうございます。
「マイ ブック」で短説を知った人が、このトラックバックを辿って「短説ブログ」や「オフィシャル ウェブ」に来てくれるようになると、ありがたいです。

投稿: 本読人 | 2005年5月 3日 (火) 22:02

こちらこそ、短説を度々取り上げていただきありがとうございます。
やはり一般に通じる話題のブログの方が、アクセス数は伸びますね。「短説」そのもので検索する人はまだまだ一般にはいない現状なので、ともかく情報だけは多く発信しようと思います。従来のリンクに較べて、トラックバックは優れものですね。

投稿: 西山正義 | 2005年5月 3日 (火) 23:28

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