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2005年6月

2005年6月26日 (日)

短説:作品「ホットケーキ」(古川身江子)

   ホットケーキ
 
           
古川 身江子
 
「白い犬が来ました」と電話があった。
 僕と母さんは保健所へ行った。
 おじさんが子犬を抱いてきた。奥の部屋で
他の犬が吠えている。
「可愛がってもらうんだよ」おじさんが子犬
を僕に渡した。僕は「シロ」と呼んでみた。
 シロは僕の鼻を舐めた。
 
 父さんのホットケーキは変だ。丸くないし
焦げている。でも文句は言えない。母さんが
入院してるから。僕は父さんと病院へ行った。
 母さんは暗い部屋で眠っていた。水道の蛇
口に綿が詰めてあって、雫が落ちていた。
「どうして、こんなのついてるの?」
「壊れてるんだろう…」
「父さんに買ってもらったんだよ」
 僕が飛び出す絵本を広げて見せても、母さ
んは起きなかった。
 父さんとお風呂に入るのは嫌だ。ごしごし
洗うから痛いし、髪を洗うときシャンプーハ
ットを被ってないのに、いきなりお湯をかけ
る。目が痛いけど我慢する。
 母さんがいないから、なかなか眠れない。
「あと何回寝たら母さん帰ってくるの?」
 父さんは、もういびきをかいている。
 
 朝なのに、シロが起きない。
「ドライブに行こう」父さんが言った。
 いつもなら僕とシロが後ろに座るのに、父
さんはシロをトランクに入れた。
 レストランで僕はホットケーキを食べた。
きれいで柔らかくて美味しかった。少し残し
て紙に包んだ。シロにあげようとトランクを
開けた。鼻にくっつけても、まだ眠っている。
 1、2、3と弾みをつけて父さんがシロを
川に投げた。シロは眠ったまま流れて行った。

〔発表:平成13(2001)年2月通信座会/初出:「短説」2001年3月号/再録:「短説」2002年5月号〈年鑑特集号〉 *2001年の代表作「天」位選出作品/再録:「風都市」10号2003年11月/〈短説の会〉公式サイトupload:2003.6.14-2004.2.18〕
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2005年6月19日 (日)

短説:作品「鯉を釣る少年」(道野重信)

   鯉を釣る少年
 
            
道野 重信
 
 小学校を卒業して引っ越した。今度の家か
らは日本で一番大きな前方後円墳が見えた。
地元の人たちは御陵と呼んでいた。御陵の周
囲には遊歩道があった。一回りするのに一時
間と少しかかった。僕はこの場所が気に入っ
た。
 ある日、フェンスをのりこえて御陵の堀で
釣りをしている男の子がいた。僕と同い年く
らいに見えた。煙草をくわえていた。近所だ
から同じ中学校になるかもしれなかった。僕
は早足でとおりすぎようとした。そのときに、
真鯉が釣れた。その真鯉は一メートルを超え
ていた。男の子が僕の方を見た。きっと僕が
声をあげたんだろうと思う。しばらくフェン
ス越しに僕を見ていた。
「やるよ」と、その子は言った。真鯉を押し
こんだアルミのバケツをフェンスを昇って僕
に出した。「ほら」と、少しいらついた声で
言った。僕はバケツを受け取った。
 バケツは重かった。真鯉は無理に身体を曲
げられていた。僕はふらつきながら遊歩道を
歩いた。近くの女子大の人たちが通り過ぎな
がら僕を見た。真鯉が暴れた。バケツが揺れ
て、遊歩道に真鯉が落ちた。尾で地面を叩き
つけて、何度もはねあがった。僕は真鯉を抱
きかかえて走った。フェンスの低くなってい
るところから、堀に放そうと思った。いくら
走っても、フェンスは高いままだった。僕は
真鯉を抱えたままフェンスを昇ろうとして尻
餅をついた。僕は真鯉をフェンスの向こうに
放り投げた。真鯉は空中で身をよじらせて、
水の中に落ちた。大きな水しぶきがあがった。
 さっきの男の子が僕の方を見て爆笑してい
た。どうやって入ったのか、五十メートルは
ある堀を渡って、御陵の中にいた。男の子は
いつまでも笑っていた。

〔発表:平成14(2002)年6月関西座会/初出:「短説」2002年9月号/再録:「短説」2003年5月号〈年鑑特集号〉*2002年の代表作「地」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload2003.9.10〕
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2005年6月15日 (水)

茨城放送で短説が放送

芦原修二さんよりML座会に、以下の通りの報告がありました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
先にお知らせしましたとおり、短説に関するラジオ放送がありました。
 
日 時 05年6月11日(土)
内 容
 第1部 午前6時35分から6時45分
     インタビューの放送
*芦原修二が電話によるインタビューに答えました。質問の主な内容は次のとおりでした。
  1)短説の会をはじめたいきさつ。
  2)なぜ短説と名付けたのか。
  3)どんな人たちが参加しているのか。
  4)今後の計画、等々。
 
 第2部 午前6時45分から6時55分
     『短説』年鑑特集号から次の3作品が朗読されました。
  1)船      見崎   漣
  2)冬ごもり  福本 加代
  3)隠棲    芦原 修二
 
*短説3作品の朗読はすばらしいものでした。内容がいきいきとよく伝わり、かつ印象深いものになって届きました。選ばれたバックの音楽、効果音などもじつにいい働きをして、作品を盛り上げてくれました。いずれ機会を見て、各座会で録音を披露できるでしょう。
 
茨城放送周波数  水戸1197KHz  土浦1458KHz
茨城放送エリア  同局ホームページによれば、茨城県全域、千葉県北西部(利根川沿岸全域)がカバーできています。短説の会本部のある我孫子市では、もちろん明瞭に聞こえました。

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2005年6月14日 (火)

倉橋由美子さんが!

 ショックだ! 倉橋由美子さんが亡くなった! 今、Yahoo!の毎日新聞ニュースで知った。「10日午前10時9分、拡張型心筋症のため死去した。69歳」。6月13日23時11分更新(最初に発表されたのは22時頃のようだ)とあるから、数時間前に発表されたばかり。大学の大先輩ということを抜きにしても、女流作家では最も敬愛する作家だったのに。彼女は大江健三郎と同い年で、ということは芦原修二さんとも同い年で……。ああ! 言葉もない。ただただ−−合掌

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2005年6月10日 (金)

短説:作品「山吹の花」(芦原修二)

   山吹の花
 
            
芦原 修二
 
 この花をどうみるだろうか。
 そう思いながら壷いっぱいに活けた花をも
う一度まわりから見直した。
 先刻、桜桃の枝下を通って切ってきた満開
の山吹である。二、三百本ほどの枝を腕に抱
えて戻りながらふと見上げたら、桜桃はもう
小指の先ほどに緑の実をふくらませていた。
その実の先では、若い葉が広がり、これも勢
いよく数をふやしている。
 
 山吹の株は、常陸の国府跡からも見えた龍
神山で抜いてきた。むかし、この国府につと
めていた役人達もあの山に登ったに違いない。
そう思ったら急に登りたくなったのだ。
 近くで遊んでいた少年に道をきくと、あの
山はいま採石のために、真ん中が割り削られ
て二つになっている。その崖からの眺めが怖
いようで面白いという。そして「案内しても
いい」と、三人の中学生が同行してくれた。
 その帰りに抜いてきた。三本ほど抜いて、
その内の二本が活着し、いまは大きな株にな
った。満開の枝を二百本は切っただろう。そ
れでも、枝を切ったと判らない程、いまは大
きな株になった。その山吹を古い壷にほとん
どそのまま投げ入れた。いや、そう見えるよ
うに活けた。
 それを洋問の真ん中に置いた。
 庭には古くから八重咲きの山吹があったが、
あの時、龍神山で一重の山吹を見てからとい
うもの、八重咲きの花を忘れている。
 一重五弁の黄色い花が満開だ。
 
 水壷のまわりに落ちた小枝や花びらもひろ
って、すべてが整った。まだ少しの時問があ
る。そう思って新聞を広げ、記事を数行読み
はじめた時、玄関に人の声があった。

〔発表:平成16(2004)年4月東京・東葛座会/初出:「短説」2004年7月号/再録:「短説」2005年5月号〈年鑑特集号〉*2004年の代表作「天」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.6.10〕

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2005年6月 9日 (木)

短説がラジオで放送!

 1時間ほど前、〈短説の会〉本部の芦原修二さんからML座会に報告がありました。以下、転載します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 茨城放送で短説が放送されます。
 5月号「年鑑特集」をご覧になった同放送局アナウンサー、編成局長相川由春氏のお目にとまり、来る11日、芦原修二への電話インタビューと短説作品の朗読が放送されることになりました。インタビューはすでに録音が終わり、編集に入っています。
 短説作品は、誰のものになるかまだ決まっておりません。選は同局にすべてお任せ致しました。なお発表にあたって著作権の問題を心配されておりましたが、短説の会が承認したことで、心配しないで結構ですと答えておきました。
 放送日時は下記の通りです。
 
05年6月11日(土)午前6時35分から6時45分
・インタビューの放送
 同          午前6時45分から6時55分
・短説作品の朗読
 同放送周波数  水戸1197KHz  土浦1458KHz
 同放送ホームページアドレス http://www.ibs-radio.com/
 聴取可能範囲などは、このホームページでお調べください。
 
芦原修二 拝
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(西山正義返信)
 おお、素晴らしいですね。茨城のメディア(+メディア対策)は結構活発ですよね。日曜の早朝ではありますが、全国ネットのフジテレビでも「おはよう茨城」なんていう番組をやっています。その時間に起きてソフトボールに行くので、毎週見ています。
 
 茨城放送のホームページを見ましたが、
「土曜の朝はオレンジ気分」という番組の中の
「土曜ジャーナル」のコーナーで紹介されるのですね。
 番組紹介によると
 
・「土曜じゃーなる」
  パート1  6:35〜6:45
  パート2  6:45〜6:55
 主に「取材ネタ」で構成します。「ちょっと固めの時事問題、人物インタビュー、イベント・インタビュー」など森羅万象さまざまな内容でお楽しみいただきます。
 
 ということのようです。
 さっそく「短説ブログ」で紹介します。うーん、うちからは聴けそうにありません。録音した方、あとで聞かせてください。

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2005年6月 8日 (水)

短説年鑑/平成16年(2004)の代表作

 月刊『短説』の5月号が出ました。平成11年から毎年5月号は、〈年鑑特集号〉と題して、前年度の収穫を集大成します。これで7冊目になります。編集後記で芦原修二さんが書いておられるように、編集担当のすだとしおさんの「苦労がこもった年鑑」です。
 メインは巻頭の「2004年の代表作 他選集」で、毎年2月末日締切で三位選(点盛り)が行なわれます。
 さて今回はどうなったのか。
 
■2004年の代表作・他選集・点盛り表■
〈作品別集計〉
(天)山吹の花/芦原修二(3+3+3+3+2+4)=18点
(天)視線/星子雄一郎(4+1+3+4+2+4)=18点
(地)そらをとべるまで/道野重信(3+4+3+3)=13点
(人)隠棲/芦原修二(3+2+4+3)=12点
(我)ゆうぐれ/道野重信(1+3+2+4)=10点
(我)うつくし/川嶋杏子(3+4+2+1)=10点
(我)ドーム/古川身江子(4+4+2)=10点
 
(次点)
・イタイルイナキムシ1・2/すだとしお(9点)
・船/見崎漣(9点)
・螢袋/喜多村蔦枝(9点)
 
〈個人別集計〉
(天)芦原修二(34点)
(地)道野重信(30点)
(人)星子雄一郎(18点)
(我)すだとしお(17点)
 
・川嶋杏子(16点)・古川身江子(10点)・見崎漣(9点)・喜多村蔦枝(9点)・太秦映子(8点)・水南森(8点)・向山葉子(8点)・村田千恵(7点)
 
 この結果をどうみるかは人それぞれでしょう。感想は控えます。
 星子さんは現在おそらく最年少の新鋭。7年連続で選ばれているのは、芦原修二、道野重信、すだとしおの3氏。古川さんは非常に寡作ながら、1作1作の質が高い。
 集計結果とは別に言いたいこともありますが、昨年も一昨年も言ったような気がしますのでもう言いません。
 これらの傑作はおいおい公式サイトやこのブログにもアップしていきます。お楽しみに!

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2005年6月 1日 (水)

短説:作品「水曜日」(向山葉子)

   水曜日
 
            
向山 葉子
 
 何であんなに笑ったのか、もう忘れてしま
った。たった昨日のことなのに、笑ったって
ことだけしか覚えていない。
「何で笑ったんだっけ……」
 と透が煙草をくゆらしながら言う。
「……何だったっけ」
 明はコーラの瓶の口を嘗めながら考える。
「とにかく笑ったよな、俺達。腹の皮がよじ
れるぐらい」
 ビルとビルの谷間、青いポリバケツが乱雑
に置いてある路地。しゃがみ込んで二人は空
を見上げる。ビルに切り取られた空は、ポリ
バケツなみの薄汚れた色だ。
“静かだな”
 パトカーのサイレンが表通りを駆け抜けて
いく音を聞きながら、透はそう思う。明は空
の瓶に息を吹き込み、ボォーと汽笛のような
音をたてる。
 ボォーッ ボォーッ ボォーッ
「港」
 明が笑ってみせる。
 ピュィ ピュィ ピューィ
「さらに効果音」
 口笛鳴らして、今度は透が笑う。
 ボォー ボォー ピューィ ピューーィ
「んまいっ」
 二人は声を立てて笑い合う。明日にはまた
忘れているんだろう、と思いながら。
「やべー、マッポだよ、透」
「ほっとけよ、やつらの言うことなんか決ま
ってるよ。あなた達、学校はどうしたの」
 二人は笑いをこらえながら、ママポリスの
登場を待つ。果たして彼女は言う。
「あなた達、学校はどうしたの」
 二人は爆笑する。腹の皮がよじれるほどに。
明日になれば忘れているだろうと思いながら。

〔発表:1987年4月第20回東京座会(千葉県我孫子市・手賀沼公園探題会)/初出:年鑑短説集〈1〉『旅のはじまり』1987年7月/「西向の山」upload2002.4.5〕
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