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2005年6月 1日 (水)

短説:作品「水曜日」(向山葉子)

   水曜日
 
            
向山 葉子
 
 何であんなに笑ったのか、もう忘れてしま
った。たった昨日のことなのに、笑ったって
ことだけしか覚えていない。
「何で笑ったんだっけ……」
 と透が煙草をくゆらしながら言う。
「……何だったっけ」
 明はコーラの瓶の口を嘗めながら考える。
「とにかく笑ったよな、俺達。腹の皮がよじ
れるぐらい」
 ビルとビルの谷間、青いポリバケツが乱雑
に置いてある路地。しゃがみ込んで二人は空
を見上げる。ビルに切り取られた空は、ポリ
バケツなみの薄汚れた色だ。
“静かだな”
 パトカーのサイレンが表通りを駆け抜けて
いく音を聞きながら、透はそう思う。明は空
の瓶に息を吹き込み、ボォーと汽笛のような
音をたてる。
 ボォーッ ボォーッ ボォーッ
「港」
 明が笑ってみせる。
 ピュィ ピュィ ピューィ
「さらに効果音」
 口笛鳴らして、今度は透が笑う。
 ボォー ボォー ピューィ ピューーィ
「んまいっ」
 二人は声を立てて笑い合う。明日にはまた
忘れているんだろう、と思いながら。
「やべー、マッポだよ、透」
「ほっとけよ、やつらの言うことなんか決ま
ってるよ。あなた達、学校はどうしたの」
 二人は笑いをこらえながら、ママポリスの
登場を待つ。果たして彼女は言う。
「あなた達、学校はどうしたの」
 二人は爆笑する。腹の皮がよじれるほどに。
明日になれば忘れているだろうと思いながら。

〔発表:1987年4月第20回東京座会(千葉県我孫子市・手賀沼公園探題会)/初出:年鑑短説集〈1〉『旅のはじまり』1987年7月/「西向の山」upload2002.4.5〕
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