短説:作品「鯉を釣る少年」(道野重信)
鯉を釣る少年 道野 重信 小学校を卒業して引っ越した。今度の家か らは日本で一番大きな前方後円墳が見えた。 地元の人たちは御陵と呼んでいた。御陵の周 囲には遊歩道があった。一回りするのに一時 間と少しかかった。僕はこの場所が気に入っ た。 ある日、フェンスをのりこえて御陵の堀で 釣りをしている男の子がいた。僕と同い年く らいに見えた。煙草をくわえていた。近所だ から同じ中学校になるかもしれなかった。僕 は早足でとおりすぎようとした。そのときに、 真鯉が釣れた。その真鯉は一メートルを超え ていた。男の子が僕の方を見た。きっと僕が 声をあげたんだろうと思う。しばらくフェン ス越しに僕を見ていた。 「やるよ」と、その子は言った。真鯉を押し こんだアルミのバケツをフェンスを昇って僕 に出した。「ほら」と、少しいらついた声で 言った。僕はバケツを受け取った。 バケツは重かった。真鯉は無理に身体を曲 げられていた。僕はふらつきながら遊歩道を 歩いた。近くの女子大の人たちが通り過ぎな がら僕を見た。真鯉が暴れた。バケツが揺れ て、遊歩道に真鯉が落ちた。尾で地面を叩き つけて、何度もはねあがった。僕は真鯉を抱 きかかえて走った。フェンスの低くなってい るところから、堀に放そうと思った。いくら 走っても、フェンスは高いままだった。僕は 真鯉を抱えたままフェンスを昇ろうとして尻 餅をついた。僕は真鯉をフェンスの向こうに 放り投げた。真鯉は空中で身をよじらせて、 水の中に落ちた。大きな水しぶきがあがった。 さっきの男の子が僕の方を見て爆笑してい た。どうやって入ったのか、五十メートルは ある堀を渡って、御陵の中にいた。男の子は いつまでも笑っていた。 〔発表:平成14(2002)年6月関西座会/初出:「短説」2002年9月号/再録:「短説」2003年5月号〈年鑑特集号〉*2002年の代表作「地」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload2003.9.10〕 Copyright (C) 2002-2005 MICHINO Shigenobu.
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