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2005年7月

2005年7月19日 (火)

短説:作品「鳩」(福本加代)

   
 
            
福本 加代
 
 西ヶ原の町をわたしはひとりで歩いていま
した。時刻は午後一時を過ぎていて、汗ばむ
ほどの陽気でした。
 どこかで昼食をと思いましたが、住宅街で
そのような店は見当たりませんでした。よう
やく小さな蕎麦屋がありましたが、定休日の
札が掛かっていました。
(そうだ。たしかこの近くに古河庭園がある
はずだ。あそこに行けば茶店でパンか何か買
えるかもしれない)
 ちょうど薔薇の花の盛りの季節で、園内に
はカップルの姿が目立っています。池の側の
売店には、パンもお握りも置いてないので、
ポップコーンと缶ジュースを買って、ベンチ
に腰を下ろしました。
 芝生の上には沢山の鳩が舞い降りて、餌を
求めています。試しにポップコーンを幾粒か
撒くと、側に寄ってきます。面白くなって自
分が食べるのより、鳩にやるほうが多くなっ
てきました。ポップコーンは鳩の餌として売
っていたのかもしれません。
 鳩たちはわたしの足元に集まってきますが、
一羽、ポップコーンにまるで興味をしめさず
に、そっぽを向いているのがいました。群れ
の中でも抜きんでて大きな鳩でした。
 羽は鳩羽色といわれる、黒みがかった青緑
色。その黒みが光線の具合で紫色に見えて、
美しい鳩でした。たぶん雄でしょう。
 彼の視線の向こうにほっそりした白い鳩が
いました。彼はその鳩の様子に気をとられて
いるようです。 
 雄が雌に心を惹かれる。ごく当たり前の現
象なのに、なんだか腹が立ってきました。
(意地でもこちらをむかせてやる)
 わたしはポップコーンの残りを全部、鳩め
がけて投げつけていました。

〔発表:平成11(1999)年8月東葛座会・9月野田座会/初出:「短説」1999年11月号/再録:「短説」2000年5月号〈年鑑特集号〉自選集/短説[tansetsu]ブログupload2005.7.19〕
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2005年7月12日 (火)

短説:作品「迎え火」(佐々木美千代)

   迎え火
 
          
佐々木 美千代
 
 夕方から、雨が降った、浅間山の裾から雲
が押し寄せ、狭い谷に雷が鳴った。
 格子戸の門は、一枚岩のタタキから濡れ、
刻み目の入った縁石のほこりを洗い流した。
フミの家では、てんぷらをすっかり揚げ終え
てから、盆迎えの火をたく。
「ワラがぬれてしまったわね」
「いや、大丈夫だ。ちゃんとフタをしてしま
っておいた」
 庄助は、そう言って先に立った。
 先刻から露地を掃き清めていた孫の健が、
門の外で二人を待っていた。
「なかなかつかないわね」
「いや、空気を通せばよく燃える、ワラをタ
テに持つんだ」
「あっつつッウー」
 立てたワラを伝って燃え上がった火に指を
焼いたフミは、かがめていた体を一層深く前
に折った。
 庄助は、火をみつめている。
 日頃、酒をすごしては、フミにたしなめら
れている庄助は、心臓の発作を心配して、懐
にはいつも薬を忍ばせている。春には喜寿の
祝いをすませたばかりだ。庄助の父親の享年
は七十歳。庄助はその齢をとうに超えた。
 向いの家では残り火のまわりで、ネズミ花
火の音をさせている。
 健が、さっそく線香花火を出してきた。
「線香花火だけ。ごはんを食べてから、打ち
上げ花火をするもんね」
 と健は言う。
 例年どうり、井戸べりと厨の脇に線香をあ
げたがフミが、台所に戻ってきて夫を呼んだ。
「お父さん、てんぷらがまずくなりますよ」
 しかし、庄助は、ワラ束の根元でチロチロ
と燃える火をみつめたきり動かなかった。

〔発表:平成4(1992)年2月第18回藤代座会/初出:「短説」1992年9月号/初刊:年鑑短説集〈6〉『函中の函』1993年12月/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.5.12〕
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2005年7月 5日 (火)

短説:作品「ミミズ」(関口十至)

   ミミズ
 
            
関口 十至
 
「父ちゃん。焼きそば、うまかったな」
 夜店で買った焼きそばを、二人で立ち食い
しながら、幼児らの引く山車を、箸を止めて
見たりした。
 焼きそばの代金を払うとき、財布の中には
数枚の千円札しか無かったのを、目ざとく見
ぬいた俊樹が、親を気使って出な言葉だろう
と、和雄はいじらしく思った。
 祭りの帰り道、和雄の運転する白転車の荷
台から話しかける俊樹は、小学四年生である。
「今度、鰻丼を御馳走するぞ。なあ俊樹」
 仕事をしていない和雄の、精一杯の虚勢に、
「ラーメンでいいよ、父ちゃんと祭りに来ら
れるだけで、僕はいいんだ」
 和雄の家は、祭りの行われた市街地から、
水田を隔てて四キロ程南の集落にある。
 和雄も子供のころ、友人と連れ立って、こ
の道を徒歩で祭り見学に行った。
 その頃は、螢が舞っていた。
「いい仕事見つけて、自転車買ってやろう」
 会社は経営者の怠慢で倒産したが、経営者
は、今でも賛沢な暮らしをしているようだ。
「長い間働いて呉れたので、ゆっくり休んで
貰おうねって、かあちゃん言ってたよ。だか
ら急がなくていいよ」
 和雄は言葉に詰まった。
「父ちゃん。ミミズの鳴き声知ってる」
「いや」
「欲の深い人は、死んだ後ミミズに生まれ変
わり、食い物が心配で心配で、毎晩鳴き続け
るんだって、満願寺の住職が言ってたよ」
 和雄は耳をすました。
 遠くから、そして近くから、ミミズの鳴き
声が聞こえてきた。
(この土食ったら何食うべ)
(この土食ったら何食うべ)

〔発表:平成12(2000)年8月藤代木曜座会/初出:「短説」2000年10月号/再録:「短説」2001年5月号〈年鑑特集号〉*2000年の代表作「人」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2003.12.19〕
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