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2005年7月12日 (火)

短説:作品「迎え火」(佐々木美千代)

   迎え火
 
          
佐々木 美千代
 
 夕方から、雨が降った、浅間山の裾から雲
が押し寄せ、狭い谷に雷が鳴った。
 格子戸の門は、一枚岩のタタキから濡れ、
刻み目の入った縁石のほこりを洗い流した。
フミの家では、てんぷらをすっかり揚げ終え
てから、盆迎えの火をたく。
「ワラがぬれてしまったわね」
「いや、大丈夫だ。ちゃんとフタをしてしま
っておいた」
 庄助は、そう言って先に立った。
 先刻から露地を掃き清めていた孫の健が、
門の外で二人を待っていた。
「なかなかつかないわね」
「いや、空気を通せばよく燃える、ワラをタ
テに持つんだ」
「あっつつッウー」
 立てたワラを伝って燃え上がった火に指を
焼いたフミは、かがめていた体を一層深く前
に折った。
 庄助は、火をみつめている。
 日頃、酒をすごしては、フミにたしなめら
れている庄助は、心臓の発作を心配して、懐
にはいつも薬を忍ばせている。春には喜寿の
祝いをすませたばかりだ。庄助の父親の享年
は七十歳。庄助はその齢をとうに超えた。
 向いの家では残り火のまわりで、ネズミ花
火の音をさせている。
 健が、さっそく線香花火を出してきた。
「線香花火だけ。ごはんを食べてから、打ち
上げ花火をするもんね」
 と健は言う。
 例年どうり、井戸べりと厨の脇に線香をあ
げたがフミが、台所に戻ってきて夫を呼んだ。
「お父さん、てんぷらがまずくなりますよ」
 しかし、庄助は、ワラ束の根元でチロチロ
と燃える火をみつめたきり動かなかった。

〔発表:平成4(1992)年2月第18回藤代座会/初出:「短説」1992年9月号/初刊:年鑑短説集〈6〉『函中の函』1993年12月/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.5.12〕
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