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2005年8月25日 (木)

短説:作品「お戒壇めぐり」(五十嵐まり子)

   お戒壇めぐり
 
          
五十嵐 まり子
 
 その入口は寺のきらびやかな祭壇のすぐ脇
にあった。小さな階段を十段程降りるとすで
にそこは真っ暗闇だった。菊代は壁伝いに手
探りで少しずつ足を運ぶ。首から下の何と頼
りないこと。思わず手や足に触ってみる。
「極楽のお錠前に触ってください」とどこか
らともなく男の声が聞こえる。手を泳がせる
と金属の短い棒のようなものに当たった。こ
れで極楽往生ができるという。ありがたいも
のだと思う。それにしてもこの闇は今まで経
験したことのないものだ。黄泉は闇から転じ
た言葉かもしれないと読んだことがあるが、
黄泉の国とはこんなに暗いのだろうか。死ぬ
のはいやだなと思った。
 
 菊代は布団に横になると思いっきり手足を
伸ばした。家に電話をして無事旅館に入った
ことを知らせたし、一緒に来るはずだった俳
句仲間の志津にも電話した。風邪は大したこ
とはないということで一安心。
 ところで、と菊代は考える。黄泉の国では
誰かに会えるのだろうか。この世での縁が続
いているとすれば、先に逝った二人の夫に会
えることになる。それは少し困るなと思う。
やはりどちらかにしたい。あの世は永遠だろ
うから、余り複雑でない方がいい。
 初めての結婚では戦死するまで過ごした満
州での五年間が楽しかった。二人だけだった
のでいろいろなところへ行った。二番目の結
婚では四人の子供ができた。なかなかの発展
家だったが、末が小学校一年の時に逝ってし
まった。いろいろ苦労したなと思う。
 本当はどちらに会いたいのだろうかと考え
ているうちに晩酌の一本がきいて眠くなって
しまった。その夜、菊代は二番目の夫の浮気
相手と掴み合いをしている夢を見た。

〔発表:平成4(1992)年12月第14回上尾座会/初出:「短説」1992年2月号/初刊:年鑑短説集〈6〉『函中の函』1993年12月/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.5.12〕
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