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2005年8月20日 (土)

短説:作品「八月の空に」(村上友子)

   八月の空に
 
            
村上 友子
 
「べートーベンはいいなァ」
 父の口癖であった。兵役から無事に帰って
来ても、山の斜面を耕やして、カボチャや芋
を作る以外に仕事もなかったので、父はよく
近所の若者を集めてはレコードを聞かせてい
た。
 当時のレコードは皆SPと呼ばれる物で、
協奏曲などは、ぶ厚いレコード盤が何枚にも
なる。それが赤い皮の背表紙に金色の文字で
曲名が印刷されている、写真のアルバム程の
厚さのケースに、一枚づつ袋に入れちれはさ
まれていた。
 父はそのケースを二階にあるレコードホー
ルダーに並べて大切にしていた。
 十名程の青年に囲まれて、父は毛足の長
いビロードのプラシでほこりをはらい、ポー
タブルの蓄音機にセットした。竹の針をレコ
ード盤の端につけると、べートーベンの「皇
帝」があたり一面に響きわたった。
 四角い灰色の箱型の蓄音機はあらかじめね
じが巻いてあったが、何枚かかけて行く間に
次第にゆるみ、突然おかしな音を出し動かな
くなってしまう。父は又ねじを巻きながら皆
に笑顔で話しかけていた。
 小学三年の弓子は、こうした日は学校から
帰っても、外へは行かず階段にこしかけて音
楽を聞いていた。
 階下では母が黒い着物の男と話していた。
母はタンスの中から次々と着物を出してきて
男に見せた。その中のいくつかを男はもって
行った。男は度々来ては着物を少しづつもっ
て行き、ある日着物は一枚もなくなった。
 母は父に
「今度はあなたのレコードを売る番です」
 といった。その時父はいよいよ働かねばと
決心したのだった。

〔発表:平成8(1996)年8月上尾座会/初出:「短説」1996年10月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.4.20〕
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