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2005年8月12日 (金)

短説:作品「盆まつり」(向山葉子)

   盆まつり
 
            
向山 葉子
 
「あんたがバッパの着物の裾、握ってたんだ
べや」
 従姉妹が、半分涙声で言いながら、おろし
たての色鮮やかな花模様がいっぱいついた藍
染の浴衣の裾を蹴散らすようにして先を行く。
「エッちゃん。浴衣、汚れっぺっちゃ」
「いいんだ、こんなの。そのうちあんたにお
下がりになんだべや、どうせ」
 つんけん言いながらも、手をぐいと引いて
くれる。洗いざらした浴衣の裾がまとわりつ
いて、もう歩けない。私はめそめそとしゃが
みこんでしまう。夜店の灯ももう遠い。
「迷子になったんだいが?」
 気づくと女の子が一人、私たちの前に立っ
ていた。私の目線に、少女のスカートがある。
丁寧に洗ってはあるが、継ぎがあたっていた。
「な、あんだの、きれいなベベだなや。それ
ちょっと着せてくれんだら、櫓のとこまで連
れてってくれっぺや」
 従姉妹は、少女の服と浴衣を取り替えた。
前を行く少女は、肩を揺らしながら軽い足取
りでひょいひょいと人込みを分けていく。時
々振り向く笑い顔を見失いそうになる。少女
はその度にけらけら笑いながら手招きをする。
やがて少女は立ち止まる。私は櫓の明るい灯
の中に、辺りを見回しているバッパの姿を見
出した。少女を追い越して駆けだした。振り
返ると、人込みの薄闇の間に少女の生真面目
な白い顔が浮かんでいるように見えた。少女
にお礼を言おうと、バッパの手を引いてきた
のだが、もう少女の姿はどこにもない。
「浴衣、着替えたまんまだべっちゃー」
 従姉妹が薄闇に向けて泣きながら叫ぶ。
 バッパは、手を握って言う。
「べべ着て、浮かれて、飛んでったんだなや。
お盆だがら、いいべや」

〔発表:平成11(1999)年7月・8月東葛座会(原題「夏まつり」/初出:「短説」1999年10月号/再録:「短説」2000年5月号〈年鑑特集号〉*1999年の代表作「天」位選出作品/再録:「日&月」第8号2000年6月/WEBサイト「西向の山」upload:2002.4.5/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.2.14〕
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