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2005年9月

2005年9月30日 (金)

短説:作品「流山」(西山正義)

   流 山
 
            
西山 正義
 
 昭和維新を夢見て、壮士気取りの若者が四
人。リーダー格の田端は眼光鋭く、口髭を蓄
え、戦時中の国民服を模した服を着ていた。
平川は羽織袴に朴歯の高下駄。麻生はいわゆ
る戦闘服。間宮はごく普通の学生服だったが、
蝋で固めた学帽を目深に被っていた。
 間宮の運転するターボ・チャージャー付の
最新型スカイラインに乗っていても、とても
みな一九八〇年代の学生には見えない。
 流山に来ていた。間宮にとっては初めての
土地である。地元出身千葉商大国防部の平川
のつてで、ある民族派の老人と会っていた。
 和志丸剛毅と名乗るいかにも老翁然とした
その老人は、夥しい古文書に囲まれて鎮座し
ていた。若衆の訪問に老人は気を吐いた。本
職は郷土史家だというが、間宮は胡散臭いと
思った。天下国家を論じれば、田端も黙って
はいない。いつもの大言壮語がはじまる。
「そもそもヤルタ・ポツダム体制が……」
 しかしいつの間にか、なぜか幽霊の話にな
っていた。もう夜も更けていた。
「では、これから幽霊を見に行こう」という
ことになり、間宮の車で出掛けた。田圃の向
こうに小高い丘があった。農道脇に駐車する。
 稲穂の匂いが薫った。鬱蒼とした木立の向
こう、それは居た! まるで待っていたかの
ように。甲冑姿の黒い影。見たのは間宮だけ
ではなかった。からだが硬直し、動けなくな
った。麻生が引き寄せられるように、ふらふ
ら前を行く。間宮は危うく引き止めた。こん
なにはっきり見たのは初めてだと、和志丸剛
毅も声を震わせた。――あれは何だったのか。
確かに見た。幻影とは思えない。そこは戦国
時代の古戦場跡らしいが、武州多摩郡に生ま
れ育った間宮には、もっと近しい、もっと生
々しい、そして血腥いもののように感じた。

〔発表:平成17(2005)年1月ML座会/初出:2005年5月号「短説」〈年鑑特集号〉/再録:「西向の山」upload:2005.8.25〕
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2005年9月26日 (月)

短説:作品「十三分間」(荒井郁)

   十三分間
 
             
荒井 郁
 
 向かいの座席の一番端に腰掛けている中学
生が携帯電話をとり出した。車内では禁止な
のに、わざわざ自分から電話をかけている。
「ああ、俺。あはは」
 土曜日の夕方。急行待ちをしている鈍行電
車の中は、妙にひっそりしずかだった。
 少年は怠惰な口調ではなしはじめた。
 彼の横、三人おいた処で、腕組みをして居
眠りをしていた中年の男が頭をあげ、目をつ
むったまま口を開いた。
「外に出て、やりなさい」
 少年は無視して、でれでれしゃべっている。
「外に出てやれっ!」
 今度は、すごい剣幕である。
 一瞬絶句した少年は、トーンを落として、
「あとで、な」と言って電話を切った。
 少年は上目使いで回りを見回した。
 この時、音子は少年と目が合った。険しい
ものを感じて音子は僻いてしまった。
 しばらくして音子は少年を視野に入れなが
ら、通過していく急行電車を見送った。
 少年は怒鳴った男を、盗み見の目付きで、
ちらちら見ている。
 その目にはひ弱さと残忍さが現れている。
 やっと鈍行が動き出すとさっきの男が立ち
上がった。酒を飲んでいるのか少し危ない足
どりで彼の前をすぎてドアに向かって立った。
彼を見ることもなく目はつむっている。
 少年は身近になったこの男を横目で凝視し
ている。
 無防備なこの男に続いて少年が降りたらど
うなるか。階段でふらつく男を少年が――。
 音子は胃が痛くなった。
 少年は男のあとを追いはしなかった。
 その次の駅で彼は降りて行った。
 目の中にひ弱な残忍さを宿したまま。

〔発表:平成10(1998)年12月通信座会/初出:「短説」1999年2月号/再録:「短説」2000年5月号〈年鑑特集号〉*1999年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.3.20〕
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2005年9月21日 (水)

短説:作品「握手」(安村兆仙)

   握 手
 
            
安村 兆仙
 
 送られてきた同窓会名簿を眺めていた私は
あっと声をあげた。
 かねて消息不明だった子の名前をみつけた
からだ。小学校で机を並べていた子である。
クラスで一番小さくて賢くて可愛らしい女の
子だった。私にはそう見えた。
 だが三年になると、男女別々のクラスに分
けられてしまう。
 二年の終り頃帰り道で彼女に出会った。
「もうすぐ別の組になるね。お別れの握手を
しよう」
 彼女の手は、小さくて柔らかくて温かかっ
た。その後クラスは別れても、学校で彼女の
姿はすぐ目についた。これは初恋だったのだ
ろう。住所が分かったので、思い切って電話
をしてみた。
「一年のとき隣に座っていた者です。永い間
探していたんですよ。同窓会でお会いしたい
ですね」
 しかし五十年ぶりに会った彼女に当時の面
影は無かった。歳月は予想以上の変化をもた
らしていた。
 彼女の家は意外にも近くであった。
「これからは気楽にお会いできますね」
 しかし私はあまり気が進まなかった。
 それほど彼女の変わりかたがおおきかった
のである。その年の秋、祭りがあった。
 お互いに孫をつれて参加した。
 私の孫は男、彼女の孫は女の子だった。
 お孫さんを見て私はびっくりした。
 五十年前の彼女にそっくりだったからであ
る。タイムスリツプしたみたいでみとれてい
た。おもわず言った。
「握手してちょうだい」
 小さい手だった。小さくて柔らかくて温か
いあの時の手がそこにあった。

〔発表:平成12(2000)年8月関西座会/初出:「短説」2000年10月号/再録:「短説」2001年5月号〈年鑑特集号〉*2000年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.5.6〕
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2005年9月14日 (水)

短説:作品「岩谷入洞」(向山葉子)

   岩屋入洞
 
            
向山 葉子
 
 がしゃん。鉄の扉が閉じたような大きな音
だった。だがそれは、入場口のカウントバー
が回った音に過ぎなかった。飛沫がそこまで
届いているはずなのに、波の音は聞こえてこ
ない。
 息子の小さな背中は、もう薄闇の向こうに
あった。急いで追いついて手を握る。ヨシト
は私を見上げて笑って見せる。ぼんやりした
オレンジ色の照明はあるが、先を見通せるほ
ど明るくはない。
「こわくない?」
 ヨシトは私の質問には答えずに、奥の闇を
見つめている。
「龍がいるんだって」
 進んでいくと、小さな小屋があった。老人
が座っていて、黙って小さな手燭を渡してく
れた。息子にもちゃんと一つ。
 二つの頼りない灯火が揺れている。壁面を
水が滴っていく。時折、頬にも落ちてくる。
壁に並んで彫られた観音様は、少しずつ浸食
されていくのだろう。鼻も口も丸くなって、
輪郭もはっきりしなくなっている。光が回り
こんでいく時に、目のあたりだけが瞬くよう
に見える。ヨシトの体に力が入ったのを掌に
感じた。
 奥の闇の中から、戻ってくる火影がある。
髪の真っ白な老婦人と、手を引く中年の男性。
「龍、いましたよ」
 すれ違う時、男性がささやいた。
「岩の間に隠れてしまいましたけどねえ」
 老婦人が付け足すように言うのを訊くと、
ヨシトは奥に向かって走り出した。
「龍が逃げちゃう」
 ヨシトの手が掌からすり抜けていってしま
う。揺れながら遠ざかっていく背中を、滑る
岩に足を取られながら追いかけるのだった。

〔発表:平成17(2005)年3月・4月ML座会/(雑誌未発表)/WEBサイト「西向の山」upload:2005.9.6〕
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2005年9月 3日 (土)

短説:作品「犬と少年と郵便夫」(芦原修二)

   犬と少年と郵便夫
 
            
芦原 修二
 
「桜川もここいらまで来ると、ご覧のとおり
細い流れになります」という声で窓の外をみ
た。岸には柳と桜が植えられている。柳の淡
い緑と桜の花の色合いが、昔の襲にもこんな
取り合わせがあったのでは……と思わせた。
 バスはしばらく川に沿って走る。川岸はい
つかつめ草の原になっていた。その中で犬と
少年がじゃれあっている。衣服のはだけた少
年の腕やら腹を犬がなめまわす。
 ここは滝ノ瀬村。どこへいっても滝と瀬の
音が聞こえてくる。こういう所には、やはり
静かな電気エンジンのバスが似合いだ。
 一の谷養魚場で、鱒の定食を食べ、私たち
はふたたび桜川のほとりに出てきた。そこで
はまだ、犬と少年が遊びつづけていた。この
村では犬も少年も年をとらない。年をとるの
はバスの中にいる自分たちだけだ。
 桜川の源流にある鏡が池の底には、無数の
花びらが沈んでいた。そよという風もない。
波もない。ただ澄み切った水が、沈んだ桜の
花びらの上に載っている。鯉でもいるかとし
ばらく見守ったが、魚の姿はなかった。この
池では、魚よりむしろ、肩に羽を生やした幼
い男の子が、裸で泳いでいる方が好い。
 池を見ていると赤い自転車に乗った二人の
郵便夫が逆しまになって通り過ぎた。なんの
ことはない。水に映って見えたのだ。私たち
もバスに乗って出発する。黒森峠を過ぎると
眼下は一面の麦畑だ。ここでまた二人の郵便
夫に出あった。ゆっくり走る私たちのバスを
追い越して行く。大声で話しながら……。
「あの少年は、犬とつるんでいたナ」
「ああ。なにしろいまは春だもの」
 私たちの電気バスは音もなく黒森山の裾を
走る。赤い自転車の、若い二人の郵便夫は、
もう緑の麦畑を走っている。

〔発表:平成3(1991)年5月東京座会/初出:「短説」1991年6月号/ 初刊:年鑑短説集〈5〉『螺旋の町』1992年4月/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.5.21〕

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