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2005年9月 3日 (土)

短説:作品「犬と少年と郵便夫」(芦原修二)

   犬と少年と郵便夫
 
            
芦原 修二
 
「桜川もここいらまで来ると、ご覧のとおり
細い流れになります」という声で窓の外をみ
た。岸には柳と桜が植えられている。柳の淡
い緑と桜の花の色合いが、昔の襲にもこんな
取り合わせがあったのでは……と思わせた。
 バスはしばらく川に沿って走る。川岸はい
つかつめ草の原になっていた。その中で犬と
少年がじゃれあっている。衣服のはだけた少
年の腕やら腹を犬がなめまわす。
 ここは滝ノ瀬村。どこへいっても滝と瀬の
音が聞こえてくる。こういう所には、やはり
静かな電気エンジンのバスが似合いだ。
 一の谷養魚場で、鱒の定食を食べ、私たち
はふたたび桜川のほとりに出てきた。そこで
はまだ、犬と少年が遊びつづけていた。この
村では犬も少年も年をとらない。年をとるの
はバスの中にいる自分たちだけだ。
 桜川の源流にある鏡が池の底には、無数の
花びらが沈んでいた。そよという風もない。
波もない。ただ澄み切った水が、沈んだ桜の
花びらの上に載っている。鯉でもいるかとし
ばらく見守ったが、魚の姿はなかった。この
池では、魚よりむしろ、肩に羽を生やした幼
い男の子が、裸で泳いでいる方が好い。
 池を見ていると赤い自転車に乗った二人の
郵便夫が逆しまになって通り過ぎた。なんの
ことはない。水に映って見えたのだ。私たち
もバスに乗って出発する。黒森峠を過ぎると
眼下は一面の麦畑だ。ここでまた二人の郵便
夫に出あった。ゆっくり走る私たちのバスを
追い越して行く。大声で話しながら……。
「あの少年は、犬とつるんでいたナ」
「ああ。なにしろいまは春だもの」
 私たちの電気バスは音もなく黒森山の裾を
走る。赤い自転車の、若い二人の郵便夫は、
もう緑の麦畑を走っている。

〔発表:平成3(1991)年5月東京座会/初出:「短説」1991年6月号/ 初刊:年鑑短説集〈5〉『螺旋の町』1992年4月/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.5.21〕

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