« 短説:作品「握手」(安村兆仙) | トップページ | 短説:作品「流山」(西山正義) »

2005年9月26日 (月)

短説:作品「十三分間」(荒井郁)

   十三分間
 
             
荒井 郁
 
 向かいの座席の一番端に腰掛けている中学
生が携帯電話をとり出した。車内では禁止な
のに、わざわざ自分から電話をかけている。
「ああ、俺。あはは」
 土曜日の夕方。急行待ちをしている鈍行電
車の中は、妙にひっそりしずかだった。
 少年は怠惰な口調ではなしはじめた。
 彼の横、三人おいた処で、腕組みをして居
眠りをしていた中年の男が頭をあげ、目をつ
むったまま口を開いた。
「外に出て、やりなさい」
 少年は無視して、でれでれしゃべっている。
「外に出てやれっ!」
 今度は、すごい剣幕である。
 一瞬絶句した少年は、トーンを落として、
「あとで、な」と言って電話を切った。
 少年は上目使いで回りを見回した。
 この時、音子は少年と目が合った。険しい
ものを感じて音子は僻いてしまった。
 しばらくして音子は少年を視野に入れなが
ら、通過していく急行電車を見送った。
 少年は怒鳴った男を、盗み見の目付きで、
ちらちら見ている。
 その目にはひ弱さと残忍さが現れている。
 やっと鈍行が動き出すとさっきの男が立ち
上がった。酒を飲んでいるのか少し危ない足
どりで彼の前をすぎてドアに向かって立った。
彼を見ることもなく目はつむっている。
 少年は身近になったこの男を横目で凝視し
ている。
 無防備なこの男に続いて少年が降りたらど
うなるか。階段でふらつく男を少年が――。
 音子は胃が痛くなった。
 少年は男のあとを追いはしなかった。
 その次の駅で彼は降りて行った。
 目の中にひ弱な残忍さを宿したまま。

〔発表:平成10(1998)年12月通信座会/初出:「短説」1999年2月号/再録:「短説」2000年5月号〈年鑑特集号〉*1999年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.3.20〕
Copyright (C) 1998-2005 ARAI Iku. All rights reserved.

|

« 短説:作品「握手」(安村兆仙) | トップページ | 短説:作品「流山」(西山正義) »

短説〈同人会員作品〉」カテゴリの記事

創作」カテゴリの記事

短説集1996〜2000」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 短説:作品「十三分間」(荒井郁):

« 短説:作品「握手」(安村兆仙) | トップページ | 短説:作品「流山」(西山正義) »