短説:作品「川ぴたり」(横山とよ子)
川ぴたり 横山 とよ子 「みんな、お餅を持って水神様に行こう」 三年生の正夫君が子供達を集めた。 今日は旧暦の十二月一日。川ぴたりの日だ。 私は家に戻り、お勝手の隅にある四斗樽の 中に首を突っ込んだ。すぐり藁の中から餅を 取り出し半纏の袂の中に何個も入れると、 「一個でいい。幾つも持って行くんじゃない」 母の声を背中に、家をとび出した。 勤行川のつり橋に着くと、先ず正夫君が、 「カッパ君、カッパ君、俺のケツノコより旨 い餅を食べてくれ」 唱えながら、川に餅を投げ入れる。司君と 私も、袂の餅を次々に投げながら祈った。 「これで今年の夏も、自由に水泳が出来るな」 泳ぎの大好きな司君が、私を見て微笑んだ。 その晩、父は私に言い聞かせた。 「カッパは水の深い所や、淀んだ沼に住んで いてな、子供のケツノコ(内臓)が大好物で 肛門から引き抜いて食べるんだ。絶対一人で は、勤行川に行くなよ」 凧揚げや独楽廻し、そして羽根つき。竹馬 に乗る子供もいて、広場に歓声が上がる。 今年もまた、川ぴたりの日がやって来た。 私達は餅を袂に入れ、勤行川に向かった。 吊り橋に着くと、近所のお百姓が餅を何個 も投げ入れてお祈りしていた。 「今年も、馬に怪我がありませんように…。 農家は水が命、水がなければ作物は育たない。 水の中で仕事をする者をお守り下さい」 水神様は大人のお願い事も聞いてくれるの かなと思いながら、私は、餅を投げ入れた。 「カッパさん、私のケツノコよりおいしいお 餅をどうぞ。泳いでいても食べないで下さい」 私の隣に、司君はいなかった。去年の夏、 この川で溺れて、死んでしまった。 〔発表:平成17(2005)年1月藤代日曜座会/初出:「短説」2005年4月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.8.25〕 Copyright (C) 2005 YOKOYAMA Toyoko. All rights
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