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2005年11月16日 (水)

映画『春の雪』

 映画「春の雪」を観てきた。最初、映画化が発表された時は、え?と思ったし、封切られてからも、見たいような見たくないような。「春の雪」は数ある三島作品の中でも、映画化してほしくない筆頭である。が、美輪明宏がこれなら三島さんもOKを出すだろうと言っていたのを聞いて、やはり見ておこうと思った。
 結果、良かった。期待半ばだったのだが、期待以上だった。僕は映画のことはよく分からないし、映画としてどうなのかは判断しかねるが、原作の解釈としては概ねいいだろう。原作が七百五十枚の長編小説であるから、大幅にはしょっているのはいた仕方ないことだし、そもそもそれは映画の仕事ではない。が、外せないところは外していなかった。
 まず第一に、画像が綺麗であった。時代背景や特殊な社会の風俗等、一応相当研究したようだ。しかし、それは今の技術ではどうにでもなるだろう。
 一番良かったのは、原作を周知しているという前提にたって作られている点だ。もちろん、原作を読んでいない人にもある程度理解できるようには作られているが、たとえば ナレーションとか字幕のキャプションとかで、余計な解説を一切交えず、分からない人には分からなくてもいいというような、潔い作りに好感がもてた。大手映画会社の興行映画なのだが、大衆に媚びていないところが気に入った。
 逆に言えば、あまり興行的には成功しないかもしれないと思ったが、実にタイミングよく(それを狙っていた?)、立場は異なれど、現代でも今まさに、紀宮様のご婚礼ということがあり、この「不可能な恋」というテーマは、事情がよく分からない若い人にも理解できたのではないか。
 ただ、「不可能な恋」と一口に言っても、これはもう「純愛」というようなレベルではなく、これ以上の禁忌はない、禁忌中の禁忌であり、およそあり得ないことなのだが、そのへんの重大さは、現在の大方の日本人にどこまで伝わるか。これがもし、雅子様や紀子様がご成婚する時期であったら、間違っても上演などできなかったであろう。
 また、これを映画のキャッチコピーのように、最近流行りの単なる純愛物として見たら、ストーリー的には馬鹿馬鹿しいと感じる人もいるかもしれないし、清顕の心理がまったく分からないという人も出てくるだろう。現代の感覚で見たら、いや時代背景を加味しても、一般庶民的な感覚で見たら理解できるようなものではない。あくまでも「三島美学」として観なければ、理解できない部分がある。
 二時間半という、それでも映画としてはやや長めであるから、これ以上詳しく描写することはできないだろう。だから、三島由紀夫をまったく読んだことのない人には、誤解を与えるかもしれない。原作に忠実であろうとすれば、「阿頼耶識」や「貴種流離」の問題、仏教の唯識論、思想、哲学、宗教、政治、法律論の問題がからむ。しかしそうしたものは、映画ではお手上げだ。またそれを十九歳の「高等学校生」が論じ合うかと思うと、現在の感覚では理解を超えたことだろう。さらに本に「雅び」ということ。しかし、そういう背景があっての「禁断の恋」なのだ。だがそれは、映画ではある程度(というより相当というか殆ど)カットせざるを得ない。が、そうしたニュアンスを何とか少しでも映像の中に入れようとしている努力は見える。
 芝居を引き締めているのは、やはり三島さん存命の頃から三島劇に数多く出ていた、松枝清顕の祖母役の岸田今日子と、月修寺門跡の若尾文子であろう。
 ただ、月修寺への道のり(車止めから門まで)がもっと長くなければいけないだろうと思った。車(人力車)で門前まで乗り付けてはいけない。あそこがクライマックスなのだから。が、それを忠実に表現すると、映画では間延びしてしまうか、あまりにも「くさく」なってしまうのかもしれないが。
 キャラクター的に大幅に変えられているのは、『豊饒の海』四巻で重要な役割をになうことになる本多繁邦であるが、これは本質的に「内面の人」であり、映像化は無理である。また、見かけ上はともかく、ほかの同級生に較べれば清顕側の人間であるから、主人公との対比上、どちらかというと朴訥な体育会系っぽくしたのだろう。これはまあ良しとする。冒頭で、理屈っぽい面も出しているので。
 問題のヒロイン、竹内結子の綾倉聡子は、原作で人それぞれにイメージを固めている人にとっては、おそらく誰がどう演じようが、ダメという人にはダメだろう。僕もそれが見たいところであり見たくないところであった。が、それなりに(いや、それほどイメージも崩れずに)良かったんじゃない、というのが感想である。同じように、妻夫木聡の清顕も、実年齢的には薹が立っているのだが、実年齢の役者では若さだけで、清顕のようなキャラクターをしかも風俗や時代背景もあり、演じられるのはいないだろう。
 それに、清顕は、作者・三島由紀夫自身とはおよそかけ離れた人物であるが、三島さんがこうありたかったという「在るべき姿」と考えられ、(それは「奔馬」の飯沼勲であろうというかもしれないが、本音では清顕こそそうではなかったのかと僕は見ている)、そう思って見ると、妻夫木聡の清顕は、僕や多くの三島読者が思い描く清顕像とは異なっているかもしれないが、作者・三島由紀夫の面影を宿している。横から見た、頬から揉み上げのあたりにかけて、ちょっと三島さんっぽいのだ。これはおそらく、制作者も意識していたのではないかと思われる。そういう意味では、よく作られていると思う。
 企画に、三島の長男・威一郎氏が噛んでいる(本名の平岡ではなく、三島威一郎として参画している)ということもあるのだろうが、生誕八十年、没後三十五年の企画として、下手な物は作れないだろう。美輪明宏が認めたのも納得いく出来映えだった。
 しかし原作映画の宿命であるが、それにつけても原作の素晴らしさが再確認された格好だ。映画も良かったが、原作はその何十倍も何百倍も素晴らしいぞ、と。
 最後にもう一つ付け加えると、僕はこの映画を「TOHOシネマズ 府中」で観たのだが、映画館自体もTOHOシネマズの観劇システムも良かった。

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コメント

TBありがとうございます。
妻夫木サンと三島サンという人物像を比較されている方は少なかったので、とても興味を持って記事を読ませて頂きました。参考になりました。
私もTBさせていただきます。
これからもよろしくお願い致します。

投稿: やっぱり邦画好き… | 2005年11月16日 (水) 21:17

あらびっくり。コメント&TBありがとうございます。さすがにこういうメジャーな話題は、伝わるのが早いのですね。というより、「やっぱり邦画好き…」さんのブログのコメント&TB数凄いですね。

投稿: 西山正義 | 2005年11月16日 (水) 21:54

興行的に成功したら、4部作すべて映画化しそうで、怖いです。

投稿: 五十嵐正人 | 2005年11月16日 (水) 23:11

 いや、たとえ興行的に成功しても、続編はあり得ないでしょう。二巻は、政治思想の問題があり、三巻はカンボジア・ロケの問題がある。そして四巻は、間違いなく18禁になるでしょう。
 しかし、今回の「春の雪」を観て、一足飛びに、四巻のラストだけ観てみたい気がします。約60年後、年老いた本多繁邦が、これまた年老いて月修寺門跡を継いだ綾倉聡子に会いに行く。そして、聡子が言う世にも恐ろしい科白。
 実は今回の映画でも、(映画化はたぶん初であるが、過去に芝居にはなっている。たしか佐久間良子が聡子を演じている)、ラストで、字幕スーパーが出たあと、(出演者・スタッフ等の字幕スーパーは、真っ白背景にまさに字幕だけなのだが)、そこで終わったかのように見せかけて、そのあと、一気に四巻のラストを写すかもしれないという期待もあったのですが、さすがにそれはありませんでした。
 おそらく、もしそれを付け加えたら、、『豊饒の海』全巻を読んだことのない人には、何のことだかさっぱり分からないだろうし、聡子はボケてしまったのかというとんでもないオチになってしまうだろう。そうしたら台無しだ。

投稿: 西山正義 | 2005年11月17日 (木) 00:49

 ところで、映画以上に話題になっている宇田多ヒカルの、およそこの作品に合うとは思えないテーマソングは、最後の真っ白背景の字幕スーパーの時に流れるだけで、映画本編とは何ら関係ない。これにはほっとした。
 歌自体はいいと思うし、相当難しい歌であり、一応作品をイメージしたものであるが、本編上ではとても流せる余地はない。というより、流したらぶち壊しだろう。
 まあこういうのは、興行上の要請・戦略であり、映画本来にとってはあってもなくてもいいものだが、映画館を出る時には、この僕ですらこの歌が頭を渦巻いているのだから、やっぱり戦略通りといわねばならない。

投稿: 西山正義 | 2005年11月17日 (木) 01:08

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