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2005年12月

2005年12月30日 (金)

短説:作品「出口」(向山葉子)

   出 口
 
            
向山 葉子
 
 いつの間にか夜になっていた。車の振動に
身を任せながら外を見ると、空には満月。私
は一体どこに連れていかれるのだろう。
 発端は多分あの一言だ。それは、娘の幼稚
園の母親たちが定期的にもつ茶話会の席のこ
とだ。
「どうして町の外に行くことができないんで
しょうねえ?」
 なにげなく言ったのだったが、和やかだっ
た場が一瞬凍りついた。隣にいたしいちゃん
のママがぎこちない笑みを浮かべて言った。
「あなた、方向音痴だからよ」
 それを機にもう何もなかったようにまた穏
やかなティータイムは続いた。
 ああ、あの言葉は禁句だったのだ。この町
に来て七年。私は一度もうまく駅にたどりつ
けたことがなかったが、なぜなのか考え続け
るにはこの町はあたたかく、なだらかに時が
流れすぎるのだっだ。
 茶話会から二日ばかりたった頃、警官が訪
ねてきた。銃刀法違反の疑いがあるとのこと
で、任意同行を求められた。当然無実のはず
だった。取り調べの警官は、この町の人間と
おなじような親しげな微笑みを浮かべていた。
微笑みながら彼は言った。「あなたは確信犯
なので、このまま護送しなければならないの
です。ああ、娘さんと息子さんのことはご心
配なさらなくていいですよ。この町のみんな
で健やかに育てていきますから」
 車は、町を抜けてどんどん遠ざかっていく。
運転手は無言のまま任務を遂行する。後頭部
と肩しか見えない。少し長めの髪の男性。小
刻みに震える肩。その肩に見覚えがあるよう
な気がした。ずっと昔から知っている肩。誰
だったのかは思い出せないけれど、確かに知
っている背中なのだった。

〔発表:平成10(1995)年11月第21回東葛座会/初出:1996年2月号「短説」/再録:1996年7月「日&月」第2号/「西向の山」upload2002.5.25〕
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2005年12月22日 (木)

短説:作品「手打ちそば」(木村郁男)

   手打ちそば
 
            
木村 郁男
 
 圭介は彼岸二日目に従兄弟の家へ行った。
 野上家の墓は坂道をあがった小高い所にあ
る。夕方になって叔父とビールを飲みはじめ
た。叔母が刺身や天ぷらなど酒の肴を運んで
きた。
 外で遊んでいた猫が圭介のそばへやってき
て、めずらしそうに顔を覗き込んだ。今夜は
十五夜で廊下にススキと団子が飾ってあった。
「風情があっていいですね」
 圭介は叔父に向かって言った。叔父は猫を
圭介のそばから追いやった。
 猫は廊下へいって、ススキにじゃれている。
そのうち花瓶を倒し、びっくりしていた。叔
母がきて、花瓶を直した。
「トカゲや蛇が好きで田んぼからとってきて、
食べるのではなく、じゃれているの」
 猫は叔母に怒られても十五夜の飾りが気に
なるのか廊下をウロウロしていた。
 圭介は子供の頃、叔母の家へ来ると楽しみ
がいくつもあった。同じ年だった従兄弟と、
裏の田んぼで遊んだ。小川が流れていて、シ
ジミとりをやった。原っぱではトンボを追い
かけた。昼になると叔母が呼びにきた。昼飯
は自家製の手打ちそばだった。太くて短く見
た目は悪いが味はよかった。
 ある時、母と叔母が言い争いをした。母は
手土産に持って行った菓子折りの袋をさげ、
圭介の手をつかむとバスの停留所へ走った。
 バスが発車し、後ろを振り返ると従兄弟が
ススキの穂をもって立っていた。
 その時も、手打ちそばが出されていたが母
も圭介も食べずに帰った。圭介は今年四十に
なった。バイクの事故で二十歳で亡くなった
従兄弟の倍の人生を重ねてきた。
「ゆっくりしていって、おそば作るから」
 叔母がもう一本ビールを持ってきた。

〔発表:平成15(2003)年10月東葛座会/初出:2004年1月号「短説」/再録:2004年3月号「短説」/フランス語訳:2004年9月号「短説」/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.11.15〕
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2005年12月16日 (金)

短説:作品「自転車の人」(相生葉留実)

   自転車の人
 
           
相生 葉留実
 
 あの日、自転車に乗って、あの人は来てく
れた。私はいなかった。隣町からひとあし一
足私を思い続けてペダルを漕いでいた。とあ
の人は言った。あいにく私の所には電話がな
い。手紙をくれればその日には家に居ること
ができたかもしれないのに。だって急に会い
たくなったのだもの、物置の前においてある
自転車をみているうち、いきなり行ってびっ
くりさせてやろうと思ってさ。
 約束して予測どおりにこうして今あってい
るのは、まあいいとして、もし私があの日、
あのゆうがたのふっとさびしくなる時刻にひ
とりぼっちでいたら………ふたりで一台の自
転車に乗って、道のくぼみの振動も同時に感
じたりして。いまだによそよそしい私達のこ
の垣根も取り払われていたかも知れない。
 ひとかたまりの、人一人がゆっくり入れる
風船のようなものが、つい今しがた、振り返
って手をのばせばとどきそうなところに、あ
るような気がする。そんな無音の空間は、も
う二度と私達のこれから生きていく未知の未
来に現れないにちがいない。どんな色の自転
車だったのか、私はきいた。うすい水色、と
あの人はいった。どんな服を着て、と私はき
いていた。すんだことはすんでしまったんだ
から。とあの人はいった。よくない、と私は
がんばった。肩のところにぼたんのついてい
るの? ううん、黒いシャツだよ。
 私のなかでうしなった空間がだんだんかた
ちを持ってくる。ゆげで曇ったガラスを、指
でこすっていくように。
 それで誰がでてきたの? 背の高い原田と
かいったかな、お出かけになりましたよって
いったんだ。そのとき自転車に乗ったままだ
ったの、それとも、おりてスタンドをたてた
の? さあどうだったかな。

〔発表:平成9(1997)年11月東葛座会/初出:「短説」1998年1月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*1998年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2003.5.6〕
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2005年12月10日 (土)

短説:作品「月」(西山正義)

   
 
            
西山 正義
 
「ねえ、見て」
 美加が友一の手を引っ張って言った。
「お月さんが、ヘン」
「え?」
「なんか、ぼよぼよしてるよ」
「ああ、すごいね、朧月だ」
「ボロい月?」
「おぼろ月」
「ふーん」
「そういえば、昼間、虹、見たね。あんなに
くっきりした虹見たの久しぶりだよ」
 いや、空を見上げること自体久しぶりだ、
と友一は続けようとしてやめた。
「でも、六色しかわからなかったね。もう一
色なんだったろう。気になるなあ」
「あッ、今、笑った」
「は?」
「お月さんが笑ったよ」
「うそだあ」
「あッ、今度は泣いた」
「………」
「ほらあ」
「これは雨だよ」
「涙よ」
「……ちくしょう、降ってきたか」
 もう限界だと思った。とうとうガス欠にな
った。盗んだ車を乗り捨て、まだ造成中らし
い新道を登ってきた。この道はどこまで続い
ているのか。丘陵の下には灯がたくさん見え
るが、ここは人も車も通らない。杉ばかりで
桜もない。生暖かい風が吹く。木立が騒ぐ。
「ねえ、おじさん、どこ行くの?」
「………」
 握っている美加の手が、妙になまめかしい。
幼児の手というより、女の手のようだ。
「帰ろうか」友一は言った。

〔発表:平成15(2003)年4月ML座会(原題「高温多湿」)/初出:2004年5月号「短説」〈年鑑特集号〉/再録:「西向の山」upload:200311.1〕
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2005年12月 5日 (月)

短説:作品「子供のいる家」(綾部有時)

   子供のいる家
 
            
綾部 有時
 
 インターホンを押す指がふるえる。用意し
てきた言葉が、頭のなかで渦を巻く。
「……あの、すみません。届けにきました」
 若い女がドアをあけた。
「あの……、お宅の窓の下に落ちてたんです」
「……子供に聞いてきます」
 手渡したポケモン・カードは、菓子袋につ
いてきたオマケで、実は私が買った。
 女が入っていった引き戸の部屋に、男の子
はいるのか? すぐに閉められた白い戸の奥
からは、何の音もしない。ここから見える台
所は、思いがけず整頓されている。食器棚に
は、数えるほどの皿しかない。
 女が出てきた。また、すぐ戸を引く。
「違うみたいです」
「じゃ……あの、もらっちゃえば。安いもん
だし」
「結構です」
「……あの、ボクが欲しいって言うかも。呼
んできて」
「誰ですか、アンタ。帰って」
 女が叫んだので、私は急に、自分のやって
いる行為が愚かしく感じてきた。だけど、負
けちゃいけない。
「失礼します」
 私は女を押しのけ、家にあがり、引き戸を
ひいた。
 男の子が、下着姿で布団に横たわっていた。
起きてはいるようだが、目はつぶっている。
五歳だと、噂では聞いていた。だが、もっと
小さくにしか見えない。そして、やはり、手
や足や顔にも、青痣があった。
「もう、大丈夫。もう大丈夫だから」
 私は男の子を抱きしめる。
「助けてください。お願いです」
 背後で女が泣き崩れた。

〔発表:平成11(1999)年9月東葛座会/初出:「短説」1999年12月号(初出発表名義:舘岡有紀)/再録:「日&月」第8号2000年6月/〈短説の会〉公式サイトupload:2003.6.14〕
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