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2005年12月16日 (金)

短説:作品「自転車の人」(相生葉留実)

   自転車の人
 
           
相生 葉留実
 
 あの日、自転車に乗って、あの人は来てく
れた。私はいなかった。隣町からひとあし一
足私を思い続けてペダルを漕いでいた。とあ
の人は言った。あいにく私の所には電話がな
い。手紙をくれればその日には家に居ること
ができたかもしれないのに。だって急に会い
たくなったのだもの、物置の前においてある
自転車をみているうち、いきなり行ってびっ
くりさせてやろうと思ってさ。
 約束して予測どおりにこうして今あってい
るのは、まあいいとして、もし私があの日、
あのゆうがたのふっとさびしくなる時刻にひ
とりぼっちでいたら………ふたりで一台の自
転車に乗って、道のくぼみの振動も同時に感
じたりして。いまだによそよそしい私達のこ
の垣根も取り払われていたかも知れない。
 ひとかたまりの、人一人がゆっくり入れる
風船のようなものが、つい今しがた、振り返
って手をのばせばとどきそうなところに、あ
るような気がする。そんな無音の空間は、も
う二度と私達のこれから生きていく未知の未
来に現れないにちがいない。どんな色の自転
車だったのか、私はきいた。うすい水色、と
あの人はいった。どんな服を着て、と私はき
いていた。すんだことはすんでしまったんだ
から。とあの人はいった。よくない、と私は
がんばった。肩のところにぼたんのついてい
るの? ううん、黒いシャツだよ。
 私のなかでうしなった空間がだんだんかた
ちを持ってくる。ゆげで曇ったガラスを、指
でこすっていくように。
 それで誰がでてきたの? 背の高い原田と
かいったかな、お出かけになりましたよって
いったんだ。そのとき自転車に乗ったままだ
ったの、それとも、おりてスタンドをたてた
の? さあどうだったかな。

〔発表:平成9(1997)年11月東葛座会/初出:「短説」1998年1月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*1998年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2003.5.6〕
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