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2005年12月10日 (土)

短説:作品「月」(西山正義)

   
 
            
西山 正義
 
「ねえ、見て」
 美加が友一の手を引っ張って言った。
「お月さんが、ヘン」
「え?」
「なんか、ぼよぼよしてるよ」
「ああ、すごいね、朧月だ」
「ボロい月?」
「おぼろ月」
「ふーん」
「そういえば、昼間、虹、見たね。あんなに
くっきりした虹見たの久しぶりだよ」
 いや、空を見上げること自体久しぶりだ、
と友一は続けようとしてやめた。
「でも、六色しかわからなかったね。もう一
色なんだったろう。気になるなあ」
「あッ、今、笑った」
「は?」
「お月さんが笑ったよ」
「うそだあ」
「あッ、今度は泣いた」
「………」
「ほらあ」
「これは雨だよ」
「涙よ」
「……ちくしょう、降ってきたか」
 もう限界だと思った。とうとうガス欠にな
った。盗んだ車を乗り捨て、まだ造成中らし
い新道を登ってきた。この道はどこまで続い
ているのか。丘陵の下には灯がたくさん見え
るが、ここは人も車も通らない。杉ばかりで
桜もない。生暖かい風が吹く。木立が騒ぐ。
「ねえ、おじさん、どこ行くの?」
「………」
 握っている美加の手が、妙になまめかしい。
幼児の手というより、女の手のようだ。
「帰ろうか」友一は言った。

〔発表:平成15(2003)年4月ML座会(原題「高温多湿」)/初出:2004年5月号「短説」〈年鑑特集号〉/再録:「西向の山」upload:200311.1〕
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