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2006年1月

2006年1月28日 (土)

ブログ版『短説』の編集方針

〈短説の会〉公式サイトには、現時点で、52作家・72作品が収録されています。芦原修二先生を別枠とすると、51作家・66作品。100作になるのはもう一年半ぐらいかかるでしょう。
 二年半前、すだとしお同人が編集した『百葉』(短説百選)は、短説の歴史を俯瞰するという意味で、一時的にしか参加していなかった作家や、単行本形式の『年鑑』の「招待作」からも一通り選ばれています。
 対して、公式サイトは、基本的には現役作家を中心に編集しています。ただし、初期のものについては、その限りではなく、おおよそ二十世紀中に発表された作品のなかには、すでに〈短説の会〉を退会された方や、現在は短説から離れている方の作品も含まれています。
 しかし、それらは一作家一作品に限りました。また、ごく短期間の参加やゲスト参加は除きました。まだアップされていない作家もいますので、これらは今後も増補していく予定ですが、一作家一作品に限定します。
 さて、そしてこの〈ブロブ版〉ですが、公式サイト本編よりもさらに現役中心になっています。というより、現役作家と、最近は短説を書いていなくても何らかの形で今も〈短説の会〉に継続してかかわりを持っている作家に限りました。
 これはブログという性格を考慮してということもありますが、今後は、サイト本編にはアップしきれない(またアップ予定のない)近作も、ブログ版では公開していこうかと考えています。これは月刊『短説』の編集用のテキストを流用する形になりますので、〈短説の会〉の会員の皆様には既読ということになるのですが。
 
 実際問題として、〈短説の会〉ではどの程度インターネットが普及しているのか。つい最近ようやく全座会の代表者とメールが繋がった次第で、会全体としては、世間一般に較べてまだまだあまり普及していないというのが現状です。
 公式サイト編集人としては、本来インターネットは外部に開かれたものですから、対外的なアピールをめざすべきで、サイト本編は事実そうした側面も考慮しているのですが、正直言えば、本当はもっともっと〈短説の会〉のなかで活用できないものかと思っているのです。外部へのアピールより、内部へのアピール。多少身内的でもいいじゃないかと。
 それにはネット普及率が高まらなければどうしようもないのですが、それよりも問題は……とその先を言い出すとまた別の問題になってくるのでやめておきますが、各座会内の交流だけでなく、会全体の動向、もっと言えば「短説」という文学運動の総体へも視野を広げてほしいと思うのです。
 そうでなければ、毎月出している月刊『短説』もやがて形骸化していきます。〈年鑑特集号〉への参加が少ないのも、そのへんに原因があるのではないか。結局は各人の“温度差”ということに帰着してしまうのですが……。対外的によりも、内部に向けて“挑発”したい、というのが編集人の本音です。

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2006年1月23日 (月)

万葉乙女

多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだ愛しき
(万葉集巻十四)
以前写真をアップした多摩川の万葉歌碑。
歌の「この児」をイメージして彫られた乙女像です。万葉ロマンですな。
小田急線狛江駅のロータリー広場にかわいらしく鎮座しています。
実際には、武州多摩郡の乙女はもっと野卑だったのだと思う。
しかしその分、働き者で野性味に富んでいた。性的にも奔放で、と勝手な想像。
 
060123_131001.JPG

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2006年1月21日 (土)

短説:作品「墓誌」(太秦映子)

   墓 誌
 
            
太秦 映子
 
▲春岳道観居士 行年六十七歳
 祖父だ。婿に来た。舅は妻の兄だ。十二歳
違いの親子となった。病弱だった。痩せてい
た。眉に皺を寄せていた。胃癌で死んだ。こ
の世で十一年、一緒だった。
▲吉祥妙顕大郷 行年七十九歳
 曾祖母に当たる。嫁して子がなかった。小
柄だった。金を貯めては田畑を買った。倹約
を家族に強いた。高血圧だった。泣き叫びな
がら死んだ。この世で十二年、一緒だった。
▲夏雲妙潤大郷 行年七十二歳
 祖母だ。色白で大柄だった。婿取りで六人
の子を産んだ。十四歳違いの姑は兄嫁に当た
る。肩で息をして、溜息ばかりついていた。
長男に遠慮していた。一日寝付いて死んだ。
この世で十九年、一緒だった。
▲寶寿楽道居士 行年八十八歳
 曾祖父に当たる。子がなかった。背が高い
美男子だった。御詠歌や万作踊りがうまかっ
た。養子にした妹が逝くと半年後に天寿を全
うした。この世で二十年、一緒だった。
▲秀岳道善居土 行年五十九歳
 父だ。家長としての任を早くから負わされ
た。金と仕事と葬式と親戚付き合いに追われ
た。アル中になった。田んぼで倒れて十日で
死んだ。この世で二十八年、一緒だった。
▲啓岳浄征居士 行年六十四歳
 長兄だ。母を残して逝った。勤めと農業の
二足のわらじだった。手先が器用だった。健
康おたくだったのに、大腸癌は手遅れだった。
五十六年、この世で一緒だった。
 墓誌は半分程刻まれ、石半分余白がある。
 
 共同基地の片隅に無縁仏となった石が集め
られている。石は欠けている。墓誌は崩れて
読めなくなってしまっている。

〔発表:平成16(2004)年3月上尾座会/ 初出:2004年6月号「短説」/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.12.10〕
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2006年1月17日 (火)

年鑑特集号について

 月刊『短説』の発行が遅れていますので、みなさんへの告知および三位選用紙の配布がまだですが、今年も五月号は「年鑑特集号」を組みます。
 単行本形式の年鑑に代わるものとして、平成十一年から始まった「年鑑特集号」も、今年で八冊目。しかし、年々「自選集」への投稿が減っているのには、本当にがっかりさせられます。
 月刊『短説』という雑誌は、〈短説の会〉同人・会員の作品を公にする場です。通常号は、編集者によって掲載作品が取捨選択されています。年鑑号の「他選集」は、一種の読者投票であり、その集大成になります。が、「自選集」は広く同人・会員に開放されています。なぜ、それに多くが参加しないのか。不可解です。
 たしかに〈短説の会〉は、一般的な意味で言う同人雑誌とは異なる性質を有しています。人それぞれ温度差もあるでしょう。しかし、同人でなくても会員であるなら、少なくとも三位選は提出すべきでしょう。個人的には(あくまでも西山個人の考えですが)義務といってもいいと思います。
 そして、せっかく発表の場(それも年に一度の晴れの舞台)が開放されているのだから、「自選集」にもっと多くの参加があってもいいのではないか。「代表作」というのに、気後れしている向きもあるのかもしれません。また、当該期間中の月刊誌に掲載されたものからしか選べないと思っているのか。あるいは、もしそうなら、重複して発表する必要はないと考えているのか。それとも、もっとほかに理由があるのか。ただ怠惰なだけなのか。
 いずれにしろ、「代表作」という触れ込みにとらわれず、雑誌未掲載の作品でも、手直しして出しましょう。西山などは、一貫して未掲載(つまり没作品)から選んでいます。
 正式な告知がまだですが、みなさんもう準備してください。今年も締切りまでに余裕がなくなりそうですが、多くの参加を望みます。

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2006年1月12日 (木)

短説:作品「サンルーム」(藤森深紅)

   サンルーム
 
            
藤森 深紅
 
「ふとん干す手問がはぶけるだろ」
 夫の直輝がサンルームで寝起きするように
なって一年近くになる。
 ふとんばかりかパソコンまで持ち込んで、
一人の時問を楽しんでいるようだ。
 
(雨の日でも洗濯物干せるわね)
 早紀がこの家に決めたのはサンルームがあ
るからだった。
「おい、来てみろよ。星がすごいぞ」
 ある夜、直輝が早紀を呼んだ。
「ビール持ってきて星を眺めながら一杯やる
か」
 頭上には確かに降るような星空が広がって
いた。
「すてきね。こんな楽しみ方も出来るんだ」
「ついでにふとん持ってくる?」
 直輝が声をひそめる。
「こんな星の下でやるのもいいんじゃない?」
 
 激しい雷雨の日でも直輝は早紀を誘った。
「こんな日ってかえって刺激あるよな」
 ガラス窓をたたきつける雨音を聞きながら
この家を選んで良かったと思った。
 
 あんな日々はどこに行ったのだろう。
 子供が産まれてからというもの、子供の世
話に追われてつい夫の存在が希薄になってい
たかもしれない。
(だからといって……)
 直輝の留守中、サンルームに入りあたりを
見渡す。
 最近ではこの部屋で星を眺めることもない。
洗濯物も二階のベランダに干す。
 プロバイダーからの請求書がふとんの回り
に散らばっている。

〔発表:平成15(2003)年6月関西座会/初出:「短説」2003年9月号/再録:「短説」2004年5月号〈年鑑特集号〉*2003年の代表作「天」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.6.19〕
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2006年1月 8日 (日)

短説ブログ二年目へ

 平成十八年が明け、二十一世紀も六年目。正確に言えばまだ松の内ですが、正月気分はきのうあたりで終わりですね。
 昨日は、昭和天皇の武蔵御陵を詣でてきました。私が生まれたのは終戦から十八年目ですが、昭和天皇が崩御されてから、すでにそれと同じ年月が経ってしまいました。
 帰宅後、七草粥をいただきました。せり(芹)、なずな(薺)、ごぎょう(母子草)、はこべら(繁縷)、ほとけのざ(仏の座)、すずな(菘)、すずしろ(清白)。本来はそこいらに生えている草なのですが、生協で取り寄せたりスーパーで買ってくるのでは、何だかなあと思います。
 我が家は東京の郊外といっても現在では都心に近いほうです。が、それでも近所に畠があったりしますので、身近に生えているものもあるでしょう。しかし、見分けられませんね。すぐ裏の畠と地続きの空き地には、大根(すずしろ)なども勝手に生えていたものですが、今は舗装されて駐車場になってしまいました。
 
 さて、この短説ブログも開設して一年。今までに九十一件の記事をアップしていますので、平均すれば四日に一度の頻度ということになりますが、もっと間遠だったような気がします。
 最初のころはともかく、後半は、同人・会員の作品アップに終始。もちろんそれが目的なのですが、すでに公式サイトに掲載されている作品です。個人的な「編集長のつぶやき」といったものでもいいのですが、もう少し短説や文学全般に関する話題を提供していきたいと思っています。
 携帯電話もカメラ付きに替えました。さらに昨年末、娘のクリスマスプレゼントにデジカメを買いました。(あくまでもサンタさんからの贈り物のつもりなのですが、もう中学二年の娘には通用しませんね。因みに、小学五年の息子のリクエストは、ドリフターズの「8時だヨ!全員集合」のDVDでした)
 ウェブにアップするなら携帯カメラの画像でも十分なのですが、せっかく600万画素のデジカメも手に入れましたので、折々の画像も取り入れたいと思っています。お楽しみに。
 
昭和天皇武蔵御陵(下手から)
TS2A0093
TS2A0094
昭和天皇武蔵御陵(上手から)

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2006年1月 1日 (日)

謹賀新年

nenga_inu18gif あけましておめでとうございます

本年も〈短説の会〉公式サイトをよろしくお願い申し上げます

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