« 一世紀 | トップページ | 万葉乙女 »

2006年1月21日 (土)

短説:作品「墓誌」(太秦映子)

   墓 誌
 
            
太秦 映子
 
▲春岳道観居士 行年六十七歳
 祖父だ。婿に来た。舅は妻の兄だ。十二歳
違いの親子となった。病弱だった。痩せてい
た。眉に皺を寄せていた。胃癌で死んだ。こ
の世で十一年、一緒だった。
▲吉祥妙顕大郷 行年七十九歳
 曾祖母に当たる。嫁して子がなかった。小
柄だった。金を貯めては田畑を買った。倹約
を家族に強いた。高血圧だった。泣き叫びな
がら死んだ。この世で十二年、一緒だった。
▲夏雲妙潤大郷 行年七十二歳
 祖母だ。色白で大柄だった。婿取りで六人
の子を産んだ。十四歳違いの姑は兄嫁に当た
る。肩で息をして、溜息ばかりついていた。
長男に遠慮していた。一日寝付いて死んだ。
この世で十九年、一緒だった。
▲寶寿楽道居士 行年八十八歳
 曾祖父に当たる。子がなかった。背が高い
美男子だった。御詠歌や万作踊りがうまかっ
た。養子にした妹が逝くと半年後に天寿を全
うした。この世で二十年、一緒だった。
▲秀岳道善居土 行年五十九歳
 父だ。家長としての任を早くから負わされ
た。金と仕事と葬式と親戚付き合いに追われ
た。アル中になった。田んぼで倒れて十日で
死んだ。この世で二十八年、一緒だった。
▲啓岳浄征居士 行年六十四歳
 長兄だ。母を残して逝った。勤めと農業の
二足のわらじだった。手先が器用だった。健
康おたくだったのに、大腸癌は手遅れだった。
五十六年、この世で一緒だった。
 墓誌は半分程刻まれ、石半分余白がある。
 
 共同基地の片隅に無縁仏となった石が集め
られている。石は欠けている。墓誌は崩れて
読めなくなってしまっている。

〔発表:平成16(2004)年3月上尾座会/ 初出:2004年6月号「短説」/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.12.10〕
Copyright (C) 2004-2006 UZUMASA Eiko. All rights reserved.

|

« 一世紀 | トップページ | 万葉乙女 »

短説〈同人会員作品〉」カテゴリの記事

短説集2001〜2005」カテゴリの記事

コメント

太秦さんの「墓誌」を読ませていただきました。
墓誌に書かれた戒名から、亡き親族の在りし日の
姿を思い起こす作品。
墓誌のスペースにいつか、この「語り手」も
刻まれていくのだろう。そして百年も経てば、それも崩れていく。
小生もいくつかの戒名を二つほどの墓誌や石柱に刻んできました。
私はそれらの一つに別の名を刻まれるかどうか
残された人間の「自由意志」にまかせざるを得ませんが・・・。
この作品は、逝かれた方々の生前の表情の中に「語り手」
(それは、けっして「神様の視線」ではなく)の視線が自然な
形で表わされています。そうすることによって、この「語り手」の
人生観とか家族観というものが、「墓誌」の上に浮かび上がって
くるようです。戒名はその方の生前の姿を現すように言われます。
いくつかのこの戒名も、うまく表わされていますね。秀作です。
それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年1月22日 (日) 09:16

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 短説:作品「墓誌」(太秦映子):

« 一世紀 | トップページ | 万葉乙女 »