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2006年2月 1日 (水)

短説:作品「視線」(星子雄一郎)

   視 線
 
           
星子 雄一郎
 
 人は多ければ多いほどいい。擦れ違う時に
肩が触れそうなくらいがいい。場所は、休日
前の地下商店街と決めている。
 
 下着を履き替え、ピンクのキャミソールと
チェックのマイクロミニに着替えた私は、洗
面所で化粧し、カツラを被って紳土用トイレ
から出る。喧噪の中、すぐに驚きと奇異な視
線、潮笑の風に包まれる。
「なにあれ、あの親父、変態じゃん」
 いつものように遠くの一点を見つめて、地
下街を歩き始める、ボンヤリしながらも広い
視野の中、多くの人間が私に注目しているの
がわかる。気分は一気に高揚するが、努めて
冷ややかな表情をつくり、やや緩慢なリズム
で歩く。私の踏み出す一歩で、他人が私から
離れようと大きく進路を変えていく、この喜
び。他人の人生を変えるほどの影響力。
「あのオッサンすげえ、たってるよ」
 勃起したものはスカートの上からでもよく
見ればわかる。…若いカップルやOLたち、
嘲笑する者。今さえ楽しければいいか、お前
らの若さなど武器でさえない。私を一瞥して
俯き歩く会社員風の男。私も少し前までお前
達のようだった。今はこの瞬問の為だけに生
きている。人々は私を見て笑っているが、私
はお前らの平凡な人生を嘲笑う。
 ……感じる、全く異質な視線を感じる。雑
踏の何処からか私に向けられる視線。雑貨屋
の中の小さな影、6〜7歳の女の子が怒りを
込めた、諭すような目で私を見ている。こみ
上げる恐怖から視線を外そうと抵抗する前に
彼女の眼は完全に私を捉え、その眼に吸い込
まれるような感覚と共に汗が噴出し、全身の
力が抜けていく。
 あの娘はまだ私を見続けている。

〔発表:平成16(2004)年7月関西座会/初出:2004年10月号「短説」/再録:平成17年5月号「短説」〈年鑑特集号〉2004年の代表作「天」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.12.10〕
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コメント

星子さんの「視線」。「問題作」です。
とうとう出ましたね、というのが率直な
感想です。かつて、一読して、「挑戦作」、いや「挑発作」。
個人的には、気に入った作品です。
様々な詠み方や感じ方が出来る作品ですね。
読み手が問われる、ともいえるのではないでしょうか。
小生は、やはりこのタイトル。「視線」が持つ「怖さ」と
「厳しさ」、「美しさ」そして「強さ」等々。
人は観られることによって美しくなる、とかつて誰かが
言っていました。小生は、基本的にこのことに同意します。
人間、それも人間の目の持つパワーはすごいものだと
思います。人間の中に、「他人に見られたい」という押さえがたい
欲求があるからこそ、文学や芸術や身体表現は存在する
のではないでしょうか。女性(最近は男性もですが)が、化粧を
するというのは、それと同じことではないのかなと思います。
どちらにしても、タブーを破っていくのが文学(短説も)、音楽等
の表現領域でしょうね。
それにしても面白い作品です。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年2月 3日 (金) 18:50

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