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2006年2月14日 (火)

短説:作品「青春」(小池ふさ)

   青 春
 
            
小池 ふさ
 
「あそこなら空いてます」
「貴女はよく見えるな」
 勝爺さんは、限鏡をハンカチで拭くと、八
重婆さんの指さす方を見た。
 ネオンサインの看板は、赤い文宇で空室あ
りと書いてあった。
 二人は、そのホテルに定めた。自動ドアが
開いたので中に入ると、フロントのカウンタ
ーから若い女性の声が聞こえた。
「お泊まりでしょうか」
「いいえ、少しばかり休ませてもらいたいん
だ」勝爺さんが答えた。
 三〇五号の部屋の鍵を受け取って、エレベ
ーターで三階に上がった。
 その部屋の窓をあけると、青葉がむせかえ
る程だった。
「緑に囲まれて、この部屋は良いね」
 二人は同級生だ。今日は月に一度の、お地
蔵さんの縁日で、デートの日だった。
 新取手駅から二十分ばかり歩くと、小高い
山があり、その頂上に地蔵堂があって、参拝
の帰途だった。
「俺達は不倫じゃないからな」
「お互い相手がいなくなったんだから」
「貴女は戦争未亡人だけど、立派に子供は育
てたんだから、何も若い人に遠慮することは
ないよ」
「わたしらの青春はなかったものね」
「皆兵隊に志願して死んじまってよ」
「うちの亭主も今では犬死みたいなものさ」
「若いのに早すぎたよな。俺んちの婆さんも
亡くなって三年たつけど、俺を迎えにこない
のは、向うに良い人が見つかったんだろう」
「そうかもしれないわ」勝は入歯をはずし、
八重はイビキ止めのクリップをつけて、二人
はダブルベッドの上で昼寝をした。

〔発表:平成9年(1997)10月藤代木曜座会/初出:「新いばらき」1997年12月1日号/再録:「短説」1997年12月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.2.14〕
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コメント

小池さんの「青春」、思い出しました。ありましたね。
80代のフリンか、青春の日々の思い出か、
お互いのもしかしたら果たせなかった初恋か・・・。
淡い期待(?)を持っていたところに、「昼寝」が
待っていました。
ほのぼのとする作品です。
あえていえば、そうであるなら「フリンじゃないね」と
いうような「いいわけ」は、会話にでてくるのかな~、
なんて思ったりしました。
お二人は、気持ちはあったけど・・・歩き疲れてしまったのでしょうね。
小生もその年になれば、わかるのかもしれませんね。
それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年2月14日 (火) 18:08

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