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2006年3月

2006年3月28日 (火)

短説と写真のコラボレーション「桜」

   
 
            
西山 正義
 
 高樹朝子は、「はけ」の道を歩いていた。
 この「はけ」とは、古代多麻河が南下して
いった軌跡で、武蔵野台地に崖線をかたち造
っている。大岡昇平の『武蔵野夫人』で有名
になったあの「はけ」である。これには二系
統あって、ここ調布市にはこの二つがほぼ並
行して走っている。武蔵野夫人道子が悶々と
して過ごした旧家があった「はけ」は、国分
寺崖線の方で、いま朝子が歩いているのは、
南よりの府中崖線に属す。
 
Ts2a0150_1
 
 春である。桜が満開。この「はけ」下に沿
った道は、多摩川住宅という大きな団地の外
周道路でもあり、両側の歩道の街路樹はすべ
て桜である。樹齢四十年ほどになったソメイ
ヨシノは、今がまさに花の盛りで、この道を
桜のトンネルにする。
 
Ts2a0152
 
 朝子は胸を大きく反らし、満開の桜を見上
げた。午後の物憂い時間、人影も途切れた。
私はいま桜を独占している。
 息を深く吸い込む。薄いブラウスを透かし
て、そう豊かではないが形のいい乳房が隆起
する。官能が刺戟された。からだの内部から
火照ってくるのがわかった。
 
Ts2a0159
 
 桜の精がからだの中に入ってくる。朝子は
そう思った。あからさまに言えば、それは性
的な快感であったが、幼児がそれと知らずに
感じる快感に近かった。だが、子を二人産ん
で、子育て真っ最中の朝子にとって、それを
認めるのはやはりなんとなく躊躇われた。
 
Ts2a0155
 
 しかし朝子は、腰から砕けてしゃがみ込み
たいような感覚に襲われた。幹に手をつく。
それは色艶もよく、がっしりとしていた。さ
ながら中年女のように。私はこんなんじゃな
いわと言ってやりたかった。
 桜がまた匂う。ぶるっとからだが震えた。
思わず朝子はあたりを見回した。
 
Ts2a0156
 
*短説と写真「桜」完全版はこちら        

〔発表:平成12年(2000)5月第74回東葛座会 (千葉県松戸市・戸定が丘公園探題会)/第二稿:2000年6月ML座会/初出:2001年3月WEBサイト「水南の森」/再録:2001年5月号「短説」〈年鑑特集号〉/再録:「西向の山」upload:2003.3.29/2006.3.28〕
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2006年3月25日 (土)

短説:作品「水車小屋」(日向野フミ)

   水車小屋
 
           
日向野 フミ
 
 じいちゃんは、牛ぐるまの上でキセルをく
わえ、マッチをすり、すっても、すっても風
のいたずらが、フミよ、手をかさんか。
 じいちゃん、おら、どうすれば。
 キセルの頭を、まるくかこってくれ。
 マッチ棒がこの野郎、いっぷくしたい、フ
ミも手がつめてえな、じいちゃんも鼻水が流
れ涙もとまらん。
 火がついた、あったけえな、じいちゃん。
 麦畑には霜柱が二寸も立っていやがる、田
んぼの水たまりには氷が、寒いはずだ。
 フミ、土手が見えてきた、あの土手を越え、
土手づたいに一里はあるべ、米俵の横に寝て
おれ、水車小屋についたら起こす。
 じいちゃんは、ハー佐渡へ、佐渡へと。
 バシャ、バシャ、ゴットン、ゴットン、川
に水が流れて行く、水車小屋についたのだ。
 フミ、目がさめたか。
 じいちゃん、おひさまがでてきたよ。
 じいちゃんは手綱を梶棒につなぎ、バケツ
には川から水をくんで牛に飲まし、叺から玄
米入りのかいばを出して食べさせ、水車小屋
へと、おはようござんす、ついた麦と米は叺
に入れ、モチ米は麻袋に入れてもらい、帰る
用意も出来た。
 水車小屋のおばさが、友さん、お孫さん、
お茶一杯、沢庵香香で飲んでくらっせ、今朝
は何時に。
 今時は、四時にでてきたんですよ、牛を三
十分休ませ、七時には帰りたい、三時問はか
かる、フミ、沢庵香香をもらって、牛ぐるま
にのっかれ、牛は横になっていて汗がびつし
ょり、ゆげが立っており、さあ帰るぞ、と言
っても、目をつぶり涙をポロリ、立たない。
 じいちゃん、牛も、かわいそう。
 さあもう一走りだ、牛の頭を一つたたく。

霜柱=たっぺ
叺=かます
沢庵香香=たくあんこうこ

〔発表:平成9年(1997)12月東葛座会/初出:「短説」1998年2月号/再録:「短説」1998年3月号/WEB版初公開〕
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2006年3月20日 (月)

短説:作品「道程」(吉田龍星)

   道 程
 
            
吉田 龍星
 
 声が響いている。
〈飛ぶ方が楽だよ。ずっと広い世界が見える〉
 昨日の汚れ物、今朝のゴミ。そして今日の
午後以降使うかもしれない品々をごちゃ混ぜ
に背負って、男は歩いている。
〈ゴミは捨てなよ。何の値打ちもない〉
 男もそう思っていた。が、ゴミも背負った
ままだ。お陰で荷物は増え続け背中に膨らん
で掻くことさえ出来ない。傘も出せないから
雨の日には躰を荷物の下に引っ込めている。
〈時間が無い。背中を出して羽を開くんだ〉
「荷物の上からは無理かな?」
〈重すぎる。脚も曲りかけているじゃないか〉
 男の膝は伸びない。たまに疼くこともある。
〈取りあえず、降ろしてみたら? 羽が開い
て躰が浮いたら必要なだけ荷物を抱えれば…〉
 男は荷物を背中から外した。いきなり落ち
ないか心配だったが、荷物はその場にゆっく
り降りた。背中が軽くなった。風を感じる。
〈ほら、羽が動いて上昇風を作っているよ〉
「ホントだ。しまいっぱなしだったのに…」
 男は背伸びをしながら欠伸を一つした。気
持ちいい。と思った瞬間、踵が地面から離れ
そうになった。心臓が音を立てる。男は荷物
に手をかけた。踵が沈む。衝撃で荷物の口が
開いた。まぜこぜになったモノ…。
「どれが必要でどれが必要でないのか」
 男は考え込んでしまった。その上躰が浮き
上がると、どうにも落ち着かない。そこでま
た荷物を背負うと大きく息を吸った。
〈薪が燃える匂いがする。日暮れが近いのか〉
 
「汚い! 何で玄関に亀がいるのよ」
 見上げると女が睨んでいる。男の妻だ。
(そうか、俺は汚いか。汚い亀なのか…)
 男は目を閉じ荷物の下に躰を引っ込めた。

〔発表:平成14年(2002)9月藤代日曜座会/初出:「短説」2002年9月号/再録:「短説」2003年5月号〈年鑑特集号〉*2002年の代表作「天」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2003.12.4〕
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2006年3月17日 (金)

駿河台・錦華坂

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2006年3月15日 (水)

漱石母校の碑

「明治十一年 夏目漱石 錦華に学ぶ」の碑
・千代田区立錦華(現・お茶の水)小学校の猿楽町側フェンス沿い

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2006年3月11日 (土)

短説:作品「霧」(秋野さくらこ)

   
 
          
秋野 さくらこ
 
 車は山道に入った。
 前にも後ろにも他の車は一台も見えない。
街の暑さを逃れてやってきたのだが、この辺
りまで登ってくると、車のエアコンを切って
も暑くない。窓をいっぱいに開けて走る。
 遠くの方は、うっすらガスがかかっている
が、樹木の葉はまだ緑色をしているのが見え
る。緑も濃淡いろいろある。
 いくつものカーブを登っていくと、突然、
平らな開けた土地に出た。
 『第一リフト乗り場』と書かれた看板の横
に、『駐車場』という立て札がある。
 すれ違った車も、追い越された車もなかっ
たのに、そこには十台ほどの車が止めてある。
私も車を止めて外に出た。
 こんなに車があるのに、人が一人も見あた
らない。リフトに乗ったのだろうか。リフト
乗り場は木の蔭で見えない。
 私は乗り場と反対側の崖の方へ歩いた。
 谷底が深く、木々が生い茂っている。目の
前には赤とんぼが飛び交っている。
 私は両手を広げ目を閉じて、深呼吸をする。
冷たいが、湿った空気が、肺の奥の方を刺激
する。
 外はこんなに広いんだ。空もあんなに青い
じゃない。
 今まで、胸につかえていた何かがさがって
いった。目を開けて、一人で笑った。
 しかしそれも束の問、下から湧いてきたの
か、上から降ってきたのか霧がたちこめてき
た。やっぱりこれが、霧降高原という名の由
来だろうか。
 たちまち見通しがきかなくなった。私の車
も見えない。方向がわからなくなった。
「また考え込んでいるの」
 と、だれかの笑い声がする。

〔発表:平成9年(1997)10月上尾座会/初出:「短説」1997年12月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.2.14〕
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2006年3月 6日 (月)

短説:作品「石の布団」(米岡元子)

   石の布団
 
            
米岡 元子
 
「ああ、石の布団を被って寝たいよ」
 男が呟いた。
 男の言葉が、掃除をしている女の右耳から
入り左の内耳で止まった。男は五十代半ば。
スーツを着ている。一回りも年下に見えた。
駅に続く高架道の鉄製の柵にもたれて、下を
通る車や人混みを目で追っている。
「ごめんよ」
 ホーキで、男の靴の前を掃く。
 男は無言で場所を移動した。
「あ、カバン。忘れてるよ」
 男が頷くと、柵に立てかけていたカバンを
小脇に抱えた。見るからに重そうなカバンだ。
「最近の若者はマナーが悪いんだ。掃除して
もすぐ汚すんだから」
「ここ、毎日掃除しているのですか?」
「そう。生活がかかっているからさぁ。なに
せこの歳になると、なかなか雇ってもらえな
いんだ。仕事があるだけ幸せってものよ」
「ご苦労様ですね」
 男は揃えた指先で口の周りを撫でると、駅
前のビル群に視線を泳がせた。
「あ、そう言えば、さっき石がなんとかって
聞こえたけど」
「聞こえましたか」
 男は前を向いたまま溜息をついた。
「ずいぶん疲れてるみたいだね、お宅」
「ああ、寝る間もないっていうのかな。景気
は回復したってお偉いさんは言うけど、まだ
まだ厳しいですからね」
「よっぽどなんだ、石の布団を被って寝たい
だなんてさ」
「ええ、疲れが取れなくてね。なにもかにも
嫌に。あ、いや。なんか、話していたら元気
が出てきました」
 男はカバンを持ち直して歩き出した。

〔発表:平成17年(2005)11月ML座会/初出:「玉手箱〜雑記帳〜」2005年11月10日〕
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