短説:作品「石の布団」(米岡元子)
石の布団 米岡 元子 「ああ、石の布団を被って寝たいよ」 男が呟いた。 男の言葉が、掃除をしている女の右耳から 入り左の内耳で止まった。男は五十代半ば。 スーツを着ている。一回りも年下に見えた。 駅に続く高架道の鉄製の柵にもたれて、下を 通る車や人混みを目で追っている。 「ごめんよ」 ホーキで、男の靴の前を掃く。 男は無言で場所を移動した。 「あ、カバン。忘れてるよ」 男が頷くと、柵に立てかけていたカバンを 小脇に抱えた。見るからに重そうなカバンだ。 「最近の若者はマナーが悪いんだ。掃除して もすぐ汚すんだから」 「ここ、毎日掃除しているのですか?」 「そう。生活がかかっているからさぁ。なに せこの歳になると、なかなか雇ってもらえな いんだ。仕事があるだけ幸せってものよ」 「ご苦労様ですね」 男は揃えた指先で口の周りを撫でると、駅 前のビル群に視線を泳がせた。 「あ、そう言えば、さっき石がなんとかって 聞こえたけど」 「聞こえましたか」 男は前を向いたまま溜息をついた。 「ずいぶん疲れてるみたいだね、お宅」 「ああ、寝る間もないっていうのかな。景気 は回復したってお偉いさんは言うけど、まだ まだ厳しいですからね」 「よっぽどなんだ、石の布団を被って寝たい だなんてさ」 「ええ、疲れが取れなくてね。なにもかにも 嫌に。あ、いや。なんか、話していたら元気 が出てきました」 男はカバンを持ち直して歩き出した。 〔発表:平成17年(2005)11月ML座会/初出:「玉手箱〜雑記帳〜」2005年11月10日〕 Copyright (C) 2005-2006 YONEOKA Motoko. All
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コメント
おはようございます。久々に米岡さんの作品を
読ませていただきました。
ML座会は覗いていない小生ですので、
はじめて読んだわけです。
一読して、「おお、《茶店のオババ》ならぬ《駅前のオババ》復活か!」
と喜んでしまいました。
個人的には、あのシリーズがスキなんですけどね・・・。
面白かったですね、この作品も。それでは、また。
投稿: 秋葉信雄 | 2006年3月 7日 (火) 08:17
秋葉さま
拙作へのご感想ありがとうございます。
オババはどこまでいってもオババですわ。
最近はあっちこっち出没しています。まぁ、探題会をひとりでやってるようなものですが。それなりに日々面白いことはあるもので、アンテナをたか~く伸ばして作品に繋げられるようにと思っているのです。
投稿: 米岡元子 | 2006年3月12日 (日) 21:24
秋葉さま
拙作へのご感想ありがとうございます。
オババはどこまでいってもオババですわ。
最近はあっちこっち出没しています。まぁ、探題会をひとりでやってるようなものですが。それなりに日々面白いことはあるもので、アンテナをたか~く伸ばして作品に繋げられるようにと思っているのです。
MLに秋葉さんも、どうぞ、ご参加下さいよ。楽しみにしていますから。
投稿: 米岡元子 | 2006年3月12日 (日) 21:26