« 駿河台・錦華坂 | トップページ | 短説:作品「水車小屋」(日向野フミ) »

2006年3月20日 (月)

短説:作品「道程」(吉田龍星)

   道 程
 
            
吉田 龍星
 
 声が響いている。
〈飛ぶ方が楽だよ。ずっと広い世界が見える〉
 昨日の汚れ物、今朝のゴミ。そして今日の
午後以降使うかもしれない品々をごちゃ混ぜ
に背負って、男は歩いている。
〈ゴミは捨てなよ。何の値打ちもない〉
 男もそう思っていた。が、ゴミも背負った
ままだ。お陰で荷物は増え続け背中に膨らん
で掻くことさえ出来ない。傘も出せないから
雨の日には躰を荷物の下に引っ込めている。
〈時間が無い。背中を出して羽を開くんだ〉
「荷物の上からは無理かな?」
〈重すぎる。脚も曲りかけているじゃないか〉
 男の膝は伸びない。たまに疼くこともある。
〈取りあえず、降ろしてみたら? 羽が開い
て躰が浮いたら必要なだけ荷物を抱えれば…〉
 男は荷物を背中から外した。いきなり落ち
ないか心配だったが、荷物はその場にゆっく
り降りた。背中が軽くなった。風を感じる。
〈ほら、羽が動いて上昇風を作っているよ〉
「ホントだ。しまいっぱなしだったのに…」
 男は背伸びをしながら欠伸を一つした。気
持ちいい。と思った瞬間、踵が地面から離れ
そうになった。心臓が音を立てる。男は荷物
に手をかけた。踵が沈む。衝撃で荷物の口が
開いた。まぜこぜになったモノ…。
「どれが必要でどれが必要でないのか」
 男は考え込んでしまった。その上躰が浮き
上がると、どうにも落ち着かない。そこでま
た荷物を背負うと大きく息を吸った。
〈薪が燃える匂いがする。日暮れが近いのか〉
 
「汚い! 何で玄関に亀がいるのよ」
 見上げると女が睨んでいる。男の妻だ。
(そうか、俺は汚いか。汚い亀なのか…)
 男は目を閉じ荷物の下に躰を引っ込めた。

〔発表:平成14年(2002)9月藤代日曜座会/初出:「短説」2002年9月号/再録:「短説」2003年5月号〈年鑑特集号〉*2002年の代表作「天」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2003.12.4〕
Copyright (C) 2002-2006 YOSHIDA Ryusei. All rights reserved.

|

« 駿河台・錦華坂 | トップページ | 短説:作品「水車小屋」(日向野フミ) »

短説〈同人会員作品〉」カテゴリの記事

短説集2001〜2005」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。新たな「季節」が訪れようとしている
今日このごろです。
そんな時季にピッタリの吉田さんの「道程」。
好きな作品の一つです。
タイトルからは、高村光太郎の有名な詩篇。
内容からは、F・カフカの「変身」。
そして全体をとおして、太宰の「斜陽」。
暮れていく、人生(いや亀生)そして、懐かしい
薪が燃えるにおい・・・。
様々な「生きにくさ」を感じさせてくれるなかで、
「ああ、俺はこうやって生き延びていくんだな・・・」
と思わせる秀作です。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年3月23日 (木) 07:19

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 短説:作品「道程」(吉田龍星):

« 駿河台・錦華坂 | トップページ | 短説:作品「水車小屋」(日向野フミ) »