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2006年4月18日 (火)

短説:作品「飛行機」(芦原修二)

   飛行機
 
            
芦原 修二
 
「ああ。あれは成田空港へ行くんだね。
「あの鉄塔のあたりから、いつもゆっくり高
度を下げる……。
「いま? いまはコキリコ節に夢中だ。
「連休に皆一斉に田植えをやって、いまは一
面に水が張ってあるな。あと七日もすればあ
の苗の緑も濃くなるだろう。そしてほら、白
鷺の羽がいっそう白くなったと思わないか。
「え、教科書にも載っているって? そう、
コキリコ節を小、中学生がうたうんだね。
「ハレのさんさはデデレコデンとか、長いは
ア袖のカナカイじゃなんて、意味がわからな
くなっていたりしてね。それでいてなんとな
く面白いからみんながうたうんだろうな。
「長いはア袖のカナカイじゃ、もそうだけど、
向かいのオ山に鳴くひよどりは、鳴いてはア
さがり、鳴いてはあがり、なんて妙な語尾の
伸ばし方で。あれを生み字って言うんだ。そ
こがよくて自分もうたうのかな。
「えっ? 夕焼け。ああ。ほんとだね。田ん
ぼの水が赤く染まってきた。
「あれ? あれですか。魚が泳いでいるのか
も。昔は田植えの終わった田んぼによく魚が
あがってきた……。
「流れていると、鮒や鯉は卵をうみつけるた
め本能的に水をさかのぼるんだ。
「やっぱ、これは風が走っているだけかも知
れんな。魚がみえないもの。
「ね、ちょっと、まばたきしてみないか。
「ほら。飛行機は成田空港におりようとした
まンま。田んぼの水面を風が波だて、それを
夕日が赤く染める……。どう? この時間が
永遠につづくような気持ちにならない。
「そう。川端康成はこんな日に自殺した。こ
んな日だったよ。……あの夕方、私はテレビ
のニュースで知ったんだ。

〔発表:平成17年(2005)5月東京・ML座会/初出:「短説」2005年8月号/WEB版初公開〕

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コメント

 川端康成の命日にアップしようと思っていましたが、二日遅れてしまいました。
 川端が逗子マリーナのマンション自室でガス自殺したのは、昭和47年4月16日の夜。報道されたのがいつかは不明ですが、早くても翌日のお昼以降でしょう。ということは、34年前の今頃ということになります。

投稿: WEB版『短説』編集長 | 2006年4月18日 (火) 22:27

「飛行機」、印象に残る作品です。
二人の会話だけの短説。
会話がかみ合うようで、かみ合わない不思議さ。
飛行機と、田んぼと、鯉と魚達と、夕焼けと
そして川端の死。
私は三島由紀夫が自死した秋の日の終わりも
同じようではなかったか、と感じました。
三島の自決に真っ先に駆けつけたのが
川端だったと最近知りました。
彼の死体の転がる部屋の外にたたずむ
初老の男がいた、と。
それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年4月19日 (水) 07:18

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