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2006年5月

2006年5月28日 (日)

短説:作品「ヒキガエル」(田中睦枝)

   ヒキガエル
 
            
田中 睦枝
 
 正志は、三年A組の教室へ入って行った。
外はもう、暗いはずなのに教室の中だけは明
るかった。電気が点いているわけではない。
 二十年前の自分の席に座ってみた。
《あぁ、この列の一番前は勉だったな。あそ
こが小西だ》
 教室の中を一通り見渡して立ち上がると、
教壇の端にヒキガエルがいた。
 じっとして、こちらを見ている。
 正志はヒキガエルを無視して、教室の後ろ
の壁一面に貼られた絵に見入った。上部に、
“自画像”と書かれた帯がついている。
 一際大胆なタッチで描かれた絵が目を引い
た。いがぐり頭で顔が異様に長い。画用紙の
下に小さく、春日中三年、藤堂正志とある。
自分が描いた絵だ。まったく記憶にないが、
自然と顔が緩んでくる。と、その時、何かが
跳ねた気配がした。
 自画像の真ん中にヒキガエルが張りついた。
ぬめりのある、いぼいぼが光っている。
 正志は叩き落とす気にもならず、前の席の
方へ歩いて行った。
 机の上に数学の本が置いてある。正志は得
意だった数学の問題を解いてみようという気
になった。
 黒板に関数の問題を書き、解きはじめた。
好きだったものは、忘れないらしい。おもし
ろいように解ける。正志は、次々と書き込ん
でいく。
 いつの間にか、ヒキガエルが、黒板消しの
横に乗っていた。
 チョークを持ち、飛び跳ねながら問題を書
いている。不等式だ。中学生の問題ではない。
正志に解ける問題は一題もない。
 ヒキガエルは、答えを書き終えて一度消す
と、今度は微分積分を書き始めた。

〔発表:平成11年(1999)6月藤代日曜座会/初出:「短説」1999年8月号(フランス語訳併載)/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.3.24〕
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2006年5月20日 (土)

"Pig" by Masayoshi Nishiyama

The Tansetsu:English Work
 
Pig

Masayoshi Nishiyama

 
 There was grove of miscellaneous trees in a point of my eyes. A whitish thing of an ellipse form was hanging down from the third tree from this side of the wood. When I tried to approach, it was a pig.
 A bedroom town in Tokyo. The housing development spread out south and the residence of a single-family house spread out north. It faced across the straight line road between them, and there was a park which is a size of about two grounds of amateur baseball.
 I was coming to here on business. This was the first time that I visit this town. There was a bench with a table. I gave up the attache case and took down the waist. Marks on a handle were attached to my palm.
 I had a smoke and turned my eyes in the direction which the sun sets in. And I stood up.
 The pig hanged itself.
 Although I was confused, to be sure, it was a pig. Besides, the situation was clearly different from it which is hanging down from the butcher. First of all, this pig was alive. It was a white and beautiful pig.
 It seemed to be a male. It still seemed to be young. Our eyes matched. He seemed to laugh.
 "Hey, What are you doing in such a place?"
 I tried to shake it. Then, he took out his gums and said "Hi my brother, don't you try to do like me?". For some reason, that pig is able to have seemed to speak words.
 The soccer ball has rolled over here. A young mother ran in pursuit of it here. A smell of woman drifted. "Isn't she nice?" That pig said and winked.
 "More than such a thing, aren't you painful?"
 "Yes, I am."
 When I thought that the neck of a pig would be where, he taught "It's here". However, his forelimb was too short and I did not understand it well where he pointed out.
 A woman who was with a dog came from a narrow path over there. She saw me being suspicious, and went past at a quick pace. The dog barked.

(translated by author himself)〈May 2006 Mailinglist session〉〔原作発表:平成17年(2006)1月通信座会・2月ML座会/初出:「短説」2006年3月号〕
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2006年5月17日 (水)

短説:作品「息子」(栗原道子)

   息 子
 
            
栗原 道子
 
「決めてきたよ」
 やっぱり、と春枝は思った。
「駅から徒歩六分、2K、家賃九万。格安物
件なんだって」
 先日、啓の部屋に住宅情報誌があった。バ
イト代を四十万円ためたとも話していた。
「上村君と一緒に住むから家賃は折半だけど。
いいかなあ?」
 家から通えるのに。今だって学費はかなり
家計を圧迫している。バイトで補わせるとし
ても寝具くらいは用意してやらねば……
「下宿するチャンスは今だけなんだよ」
 ん? でも一人っ子の啓が共同生活を体験
するのは悪いことではないだろう。
「父さんが承知したらね」と春枝は答えた。
 和雄が帰宅したのは十時を過ぎていた。
「明日は早いぞ」とゴルフバックを車に積み
込むと、浴室に直行した。啓は書類を抱えて
うろうろしている。賃貸契約の保証人になっ
てもらわなければならないのだ。
「先に寝るよ」と和雄。追いかける啓。
 二十分も経ったろうか。春枝は寝室を覗い
た。暗がりで啓が正座して首を垂れている。
「そんなことを急に言うな、だって。それっ
きりオヤジ寝たふりなんだ……」
 涙声になっていた。
 玄関扉が開閉する音を春枝は寝床で聞いた。
啓が自室に戻ったのはそのだいぶ後だった。
 朝の太陽を浴びて車が光っている。磨き上
げられ、タイヤの下には水が溜っていた。一
月の深夜、気温はマイナスに近かったろう。
 エンジンの音に、啓はとび起きた。
「お父さん、契約してもいい?」
「二十一歳の人間にダメだと言っても仕方な
いだろう」それだけ言うと、荒っぽい運転で
角を曲がって行ってしまった。

〔発表:平成7年(1995)4月上尾座会/初出:「短説」1995年6月号/WEB版初公開〕
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2006年5月10日 (水)

短説:作品「父」(川上進也)

   
 
            
川上 進也
 
「太郎、そこに居るんでしょ。もう出てきな
さい。父さんには、謝っておいたから……」
 薪小屋の外から母の声がした。
 太郎は、もう三十分以上も隠れていた。
「大丈夫、父さんも『判った』って。早く、
家に入りなさい。父さんはいま出掛けたけど、
夜に戻ったら、きちんと謝るんだよ」
 太郎は薪小屋から、そっと顔を出した。
 五年生の二学期が始まったばかりの日曜日。
太郎は母に言われて二年生の二郎の宿題を見
てやっていた。弟はすぐ勉強に飽きた。むか
ついた太郎が叱ると、大声で泣き出した。
「何をしてる! なぜ、弟を泣かしたっ」
 突然、襖が開いて、父が顔を出した。
 父は八月の終戦で復員したばかりで、十月
からの復職に備えて家に静養していた。
 太郎には、軍隊帰りの父がとても恐かった。
 今にも父の鉄拳が飛んできそうな気がして、
裸足のまま夢中で邸の裏へ逃げ出したのだ。
 部屋へ戻った太郎を見て、二郎が言った。
「兄ちゃん、さっきはゴメン。宿題の残りは
全部終わったよ。あとで見てね」
 そして、もう一度言った。
「本当にゴメン。これからしっかりやるよ」
 
 その夜、太郎は恐る恐る父の前へ出た。
「お前は総領、弟や妹の面倒を見る立場だ。
それが弟を泣かすとは何事だ」
「すみません」
 太郎は小さい声で言った。
「母さんから事情は聞いた。二郎にも、よく
注意をしておいた。だが、兄弟仲よくしろよ。
どんな時でも、兄貴のお前が我慢することだ。
どうだ、分かるな」
「はい、……」
「それに男は逃げるんじゃない、それが男だ」

〔発表:平成16年(2004)8月通信・東葛藤代合同座会/初出:「短説」2004年11月号/再録:「短説」2005年5月号〈年鑑特集号〉/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.5.11〕
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2006年5月 5日 (金)

鎌倉の大仏

 本日は端午の節句ということで、銭湯の菖蒲湯に入ってきました。深大寺のそばにある普通の銭湯ですが、軟水を使っているのがウリです。晴れていれば富士山も見える露天風呂もあります。一年前にも行き、このブログにも記事をアップしました。連休中はどこへ行っても混雑で、日帰り温泉などとても入れたものではありません。地元の銭湯が一番。すっかり年中行事になりました。
 
 さて、一昨日の江ノ島~鎌倉ツアー。いよいよお大仏様の登場です。(※写真をクリックすると拡大します。右の写真はけっこう迫力満点に撮れました。デジカメも持っていきましたが、携帯電話のカメラでここまで撮れるなら、携帯で十分ですね)
 
Ts2a0205  Ts2a0206
 
 このあと、大混雑で乗車制限もされた長谷駅から鎌倉駅へ。まずはお茶をし、小町通り、若宮大路をそぞろ歩き、鶴岡八幡宮へ。ここはもう言わずと知れたという感じで、以下は省略。
 鎌倉からまた江ノ電で江ノ島へ。小田急・片瀬江ノ島から各駅停車で帰途に就きました。家に着いたのは9時半ころ。日帰りのファミリー小旅行でした。

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長谷寺の文学碑

 極楽寺の駅に着いたとき、ここらで昼食をと思ったのですが、何もなさそうなので、参拝後てくてく歩いていく。星月井を経て、長谷寺方面へ。長谷駅を南北に貫くメインストリート(大仏通り?)に出たらびっくり。どこから沸いてきたのかという人、人、人。出足が早かったため、それまでさほど混んでいなかったのですが、昼近くになってどっと人が。さすがはゴールデンウイークなのでした。
 食事後、長谷寺へ。ここの史跡や見所を書き出したらキリがないので、文学碑のみを。
Ts2a0203久米正雄像
 久米正雄〈明治24年(1891)~昭和27年(1952)〉は、大正14年から鎌倉に住み、大町、雪ノ下、二階堂と居を移しながらも、鎌倉を終の住処としました。「鎌倉ペンクラブ」を結成したり、「鎌倉文庫」の重鎮として、いわゆる「鎌倉文士」の中心的存在でした。
 今では文学史に名を留めているだけで、一般には忘れられていますが、一時は流行作家でもあったんですよね。
 
Ts2a0204
「高山樗牛 ここに住む」の碑
 31歳で亡くなった高山樗牛〈明治4年(1871)~明治35年(1902)〉は、転地療養のため、最初大磯、ついで鎌倉に転居。明治34年12月から亡くなるまでの1年ほどを、長谷寺の境内に居住。その葬儀も長谷寺で行なわれたとのこと。

 写真を取り損なってしまいましたが、樗牛とは逆に長生きした高浜虚子の句碑もあります。
 高浜虚子〈明治7年(1874)~昭和34年(1959)〉は、明治43年以来、その死まで50年近く鎌倉で過ごしたというとです。

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2006年5月 4日 (木)

極楽寺駅~星月井

昨日は鎌倉が目的であったので、江ノ島はちょろっと上陸しただけで、まずは極楽寺へ。江ノ電・極楽寺駅と門前。
Ts2a0198  Ts2a0199
 
Ts2a0201
星月井(詳しくは「鎌倉史跡事典」を)※写真をクリックすると拡大します。

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咸臨丸図面発見の地(江ノ島)

060503_100601観光スポットの多い江ノ島ですが、あまり人が行かない児玉神社へ通ずる小径にありました。「エスカー」乗り場の脇をちょっと上がったところから山の中へ逸れて行った所。
 
060503_100901
 
Ts2a0192

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2006年5月 3日 (水)

江島神社(江ノ島)

Ts2a0193日本三大弁財天を奉る江島神社。
辺津宮、中津宮、奥津宮の三社からなり、芸能上達・財宝福徳・良縁成就の御利益があるそうです。
写真は、辺津宮(へつのみや)で、田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)が祀られています。
1206年に源実朝が創建したとのこと。
  
その下手に位置する八角形のお堂は、奉安殿といい、妙音弁財天御尊像・八臂弁財天御尊像を奉祀するために造営されたもの。
Ts2a0195

龍神の銭洗い
Ts2a0196
手前にザルがあり、お金を入れて洗うと殖えるそうです。でもお札は洗えませんね。

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江ノ電(藤沢~鎌倉)

 一年前の5月22日に、東葛座会で鎌倉探題会に行きました。妻と娘が参加。私と息子は不参加でした。息子はまだ鎌倉の大仏を見たことがないので、本日、家族で江ノ島~鎌倉へ行ってきました。
 自宅から自転車で狛江駅へ。小田急線と江ノ電が提携した「江ノ島-鎌倉フリーパス」はたいへんお得でした。小田急の各駅から、江ノ電を一日乗り放題。狛江からだと大人1,300円。
 朝7時過ぎに家を出て、そのまま小田急で片瀬江ノ島でもよかったのですが、藤沢で江ノ電に乗り換え、江ノ島へ。9時をちょっと回ったぐらいには着いていました。
Ts2a0189  060503_115301
1000形(江ノ島駅にて)               レトロ調の10形と2000形(長谷駅)

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2006年5月 2日 (火)

短説:作品「山釣り」(根本洋江)

   山釣り
 
            
根本 洋江
 
 幸一は、日曜日に釣りに行くことに決めた。
餌はイクラを使おうと思い、母に頼んだ。
 中学生になってから、一人で時々山に行く。
父親と一緒に行ったことのある、陣馬の奥の
沢が好きなのだ。だが、幸一は今回は少し場
所を替えてみようと思っていた。
「餌のイクラは、お握りの中に入れたからね。
気をつけて行ってらっしゃい」
 そう言う母から、握り飯を貰って出掛けた。
 高尾駅で甲府行きに乗り換え、藤野駅から
目的地まで一時間半も歩けばと計算していた。
暫く急な坂道を登ると、恰好の場所に出た。
〈この辺にしようか〉
 釣り道具の傍にリュックの中から握り飯を
取り出し、近くの石の上に置いた。
 向う側がいいか、とも迷いながら、あっち
こっちと場所を選んだ。そして釣り竿を組み
ながら、餌をつけようとして辺りを見た。
「アッ、無い。どうしたんだ」餌のイクラを
入れた握り飯の包みが無いのだ。
〈ここに置いた筈なのに、なぜだ〉
 リュックの中や草叢を何度も探した。
〈もしかして、犬でも……〉幸一は思った。
「お兄ちゃん、何してんの」後ろで声がした。
 四、五年生位の少年が立っていた。
〈まさか、こいつが〉
 幸一は、その少年に握り飯の話をした。
 彼も、一緒に探してくれる、と言う。
「お兄ちゃん、お腹空いたろ、これ上げる」
 そう言いながら、彼はお菓子を呉れた。
 頬張ると、口の中でイクラの味がした。
「藤野駅に行くんなら、こっちが近道だよ。
途中まで案内するから…」少年が言った。
 幸一は彼の後についた。細い道を抜けると、
彼はバイバイをした。幸一も手をあげた。
 彼の指には、イクラの粒々がついていた。

〔発表:平成14年(2002)8月通信座会/初出:「短説」2002年12月号/再録:「短説」2003年1月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.4.18〕
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