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2006年5月10日 (水)

短説:作品「父」(川上進也)

   
 
            
川上 進也
 
「太郎、そこに居るんでしょ。もう出てきな
さい。父さんには、謝っておいたから……」
 薪小屋の外から母の声がした。
 太郎は、もう三十分以上も隠れていた。
「大丈夫、父さんも『判った』って。早く、
家に入りなさい。父さんはいま出掛けたけど、
夜に戻ったら、きちんと謝るんだよ」
 太郎は薪小屋から、そっと顔を出した。
 五年生の二学期が始まったばかりの日曜日。
太郎は母に言われて二年生の二郎の宿題を見
てやっていた。弟はすぐ勉強に飽きた。むか
ついた太郎が叱ると、大声で泣き出した。
「何をしてる! なぜ、弟を泣かしたっ」
 突然、襖が開いて、父が顔を出した。
 父は八月の終戦で復員したばかりで、十月
からの復職に備えて家に静養していた。
 太郎には、軍隊帰りの父がとても恐かった。
 今にも父の鉄拳が飛んできそうな気がして、
裸足のまま夢中で邸の裏へ逃げ出したのだ。
 部屋へ戻った太郎を見て、二郎が言った。
「兄ちゃん、さっきはゴメン。宿題の残りは
全部終わったよ。あとで見てね」
 そして、もう一度言った。
「本当にゴメン。これからしっかりやるよ」
 
 その夜、太郎は恐る恐る父の前へ出た。
「お前は総領、弟や妹の面倒を見る立場だ。
それが弟を泣かすとは何事だ」
「すみません」
 太郎は小さい声で言った。
「母さんから事情は聞いた。二郎にも、よく
注意をしておいた。だが、兄弟仲よくしろよ。
どんな時でも、兄貴のお前が我慢することだ。
どうだ、分かるな」
「はい、……」
「それに男は逃げるんじゃない、それが男だ」

〔発表:平成16年(2004)8月通信・東葛藤代合同座会/初出:「短説」2004年11月号/再録:「短説」2005年5月号〈年鑑特集号〉/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.5.11〕
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コメント

川上さんの「父」、読ませていただきました。
懐かしい「父親」の姿、今と違い「威厳」のある
「父親像」。「男」を要求される時代と、その中でしか
「自分」を生きられなかった、「我が父」を想起しました。
いや、解っていながら、そう生きざるを得なかった「男」
だったのかも知れません。
小生が、「父」というタイトルで作品を書くと、「コロシテ」
しまうかも知れません。あるときカラオケで、亡くなった
シンガーソングライターの「のふうぞ」を、女性が歌ったんです。
最後の「男は夢を持て~」と歌われたとき、困りました。
小生もチッポケな夢は持ってまいりましたが、いざ面と
向かって言われてしまうと、ハズカシさが先にたちます。
女性だからこそ、歌えたんだと、またご主人に対する想い
なのかな、と勝手に想像しました。
父も亡くなって、約30年。もはや、殺すこともできません。
作品のなかでしか・・・。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年5月13日 (土) 10:04

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