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2006年6月18日 (日)

短説:作品「夢の中で」(小野寺信子)

   夢の中で
 
           
小野寺 信子
 
 息をひそめるようにして小さな川辺でしゃ
がんでいた。夫も二人の子供も側にいる。
 足もとの草むらで、数匹の蛍が青白い光を
出している。
 見慣れない景色の中、ここにいるのは私た
ち家族だけ。
 闇の中にいる全てのものが眠っているのか
何の音もしない。時々、狭い川の上を舞うよ
うにして蛍は一瞬、水に光を落として飛んで
いく。
「源氏蛍も平家蛍も、卵を水草にかためて生
みつけるんだよ」
 そんなことでも教えているのだろうか。夫
が、星明かりの下で子供たちに顔をくっつけ
るようにしている。すぐ側にいるのに、声は
遠い。
「何を話しているの?」
 声を出すと、何もが消えてしまいそう。
 幼虫になると、水の中でカワニナやミヤイ
リ貝を食べて生きていることや、幼虫のまま
冬を越して土の中でさなぎになることも、教
えたいと思っていた。夫は、そんな話もして
くれたのだろうか。光を放つ蛍の側で、目を
丸くしている子供たち。
 
 やはり、私は夢をみていた。
 まだ、子供たちに蛍のいる里を見せたい想
いを果たせないでいる。
 夢の中の私が、私に少しの思い出だけを残
して死んでしまった母と重なった。
 蛍の住めるきれいな水辺に辿り着く前に、
子育てが終わってしまいそう。
 
 成虫になるまで一年もかけて、飛べるのは
二週問ばかりだと言う。
 蛍はどんな言葉を持っているのだろう。

〔発表:平成16年(2004)6月通信座会/「短説」2004年9月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.6.18〕
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コメント

小野寺さんの「夢の中で」。
夫の声の中で、「景色の中で」、「水の中で」、川の中で、
「土の中で」そして「夢の中で」、命がある。
母の想いの出の中に短説がある。綺麗な作品です。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年6月20日 (火) 07:27

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