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2006年6月10日 (土)

短説:作品「茂草鉄道」(向山葉子)

   茂草鉄道
 
            
向山 葉子
 
 二人は、学生街にある小さな教会でささや
かな結婚式を挙げた。花嫁は初々しく、花婿
は照れてはにかんでばかりいた。友達はみん
な二人を心から祝福し、親が反対してたって
幸せにはなれるさ、と花を振り撒いて幸福を
祈ってくれた。
“私、幸せよ”と少女は夫となった青年にそ
っと肩を寄せる。茂草鉄道の軽妙な振動が二
人の肩を小鳥のついばみのように打ち合わせ
る。霞むような桜並木の下をおままごとのよ
うなハネムーナーを乗せて、電車はやがて陶
器の町に滑り込む。
 『真下焼窯元』と書かれた看板を掲げた旧
い構えの店が春の日差しの中に幻のようだ。
“これ、いいわねぇ”“ほんとだ、いいね”
二人はそう言い合いながらも何一つ買おうと
は言い出さない。見つめ合って微笑んで、そ
してすべてを諦めるのだ。“あら、可愛い。
歩き始めたばっかりね”少女は店の奥からよ
ちよち出てきた幼児を見て微笑んだ。とその
時、幼児は綺麗な藍色のティーカップを掴ん
だままぱたりと転んだ。幼児は泣き出し、テ
ィーカップは真っ二つに割れた。その瞬間少
女がほんの一瞬、幼児に憎さげな視線を投げ
たのを青年は見逃さなかった。傾斜していく
兆しにおののいたが、青年を見上げる少女の
笑顔はいつもと何も変わらなかった。
 茂草鉄道の最終電車は十七時三十二分だ。
その頃になるともう駅員すらもいなくなる。
夕日の射す短いプラットホームに立って、二
人は電車を待っている。“私、幸せよ、今が
一番”“そうだね。僕も幸せだよ”
 電車は四十分を過ぎても現れない。“もう
帰らなくていいのよ、きっと私達”青年はそ
の声に促されて線路を歩き始める。その先は
草が茂り、もう何処へも続いてはいなかった。

〔発表:平成元年(1989)12月第52回東京座会/初出:「短説」1990年1月号/再録:1990年12月・年鑑短説集〈4〉『海の雫』/WEBサイト「西向の山」upload2002.4.5〕
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コメント

やっと出ましたね。向山さんの「茂草鉄道」。
印象深い作品です。
作品のあとに、永遠に続く線路が見えます。
こうやってニンゲンは生きていくんだな、と
感じられました。
でも、この作品、なんて読むんですか?
「モグサてつどう」OR 「もくさ」OR 「しげくさ」
はたして・・・・。もくさチョルド、なんて朝鮮語ふうに
読んだりして。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年6月11日 (日) 09:33

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