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2006年7月 5日 (水)

短説:作品「豚」(西山正義)

   
 
            
西山 正義
 
 私の目の先に雑木林があった。その林の手
前から三番目の木に、楕円形の白っぽい物が
ぶら下がっていた。近寄ってみると、それは
豚だった。
 東京のベッドタウン。南に団地、北に一戸
建ての住宅が広がっていた。そのあいだの直
線道路をはさんで、草野球のグラウンド二つ
分ぐらいの公園があった。
 私は営業で来ていた。初めての町である。
テーブル付きのベンチがあった。私はアタッ
シュケースを投げ出し、腰を下ろした。掌に
把手の跡がついていた。
 私は一服し、日が没する方に目を向けた。
そして立ち上がったのだった。
 豚が首吊りしている。
 私は面食らったが、たしかに豚である。し
かも、肉屋にぶら下がっているようなそれと
は、明らかに様子が違う。第一に、それは生
きていた。白くてきれいな豚である。
 どうもオスのようだ。まだ若そうだった。
目が合った。笑っているように見える。
「おい、君はこんな所で何をしてるんだい」
 私は揺すってみた。するとニヤッと歯茎を
出して、「お兄さんもやってみるかい」と言
った。言葉が通じるらしい。
 サッカーボールが飛んできた。若い母親が
駆けてきた。女の匂いが漂う。「ちょっとイ
ケテルんじゃない」と豚が片目をつむった。
「そんなことより、苦しくないかい」
「苦しくないよ」
 豚の首はどこなんだろうと思っていると、
「ここだよ」と教えてくれた。しかし前足は
短すぎて、どこを指したのかよく分からない。
 向こうの小径から犬を連れた婦人が来た。
私を胡散臭げに見やって、足早に通り過ぎて
行く。犬が吠えた。

〔発表:平成18年(2006)1月第123回通信座会 /第二稿:2006年2月ML座会/初出:2006年3月号「短説」(芦原修二「短説逍遥」60)/再録:2006年4月号「短説」/再録:「西向の山」upload:2006.7.5〕
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コメント

おはようございます。西山さんの「豚」、いいですね。
西山さんの作品の中で、ピカイチです。
私は、友人のピアニストが朗読する、「源氏物語」
桐壺の章を、何故か想起してしまいました。
ドビュッシーが聞こえてくるようです。
おはがき、ありがとうございました。
それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年7月10日 (月) 07:17

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