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2006年9月

2006年9月27日 (水)

秋葉信雄氏が第二短説集を刊行

 短説の会講師でもある秋葉信雄同人の二冊目の短説集が刊行されました。表題は『DEAD DECEMBER(死んだ師走)』。発行日は「9.11」。同じく講師のすだとしお同人の編集で、製作・発売は崙書房出版(℡04-7158-0035)。定価は税込で2,100円。ご注文は直接書肆へどうぞ。ISBN-8455-1129-0
 内容は、前作『砂の物語』(平成12年11月刊)以降に書かれた短説集成で、〈五属響和〉、〈DEAD DECEMBER〉、〈ガラスのネクタイ〉、〈Dreams over the Graves〉の四つのパートに、英文作品や翻訳も含め51篇収録されています。前作ではやや抑えていた(本性を隠していた?)部分を増幅させ、あるいは自由に想像の羽根を延ばし、アキバ・ワールド全開といった感じ。
Dead_december 実は西山は「解説」を仰せつかったので、その制作段階の初期から読ませていただいていました。ですのでどんな仕上がりになるか楽しみにしていたのですが、表題にふさわしい渋い装幀で、内容共々、実に素晴らしい出来で、「カッチョいい」というのが第一の感想です。
 中身についてはその「解説」に譲るとして、(因みに、解説のタイトルは「多言語クロスワードのビート感と秋葉式コード進行」というもので、なんとなく想像してください)、 昭和60年9月に創始された「短説」は、現時点で丸21年の歴史を有し、数多くの短説作家と、テーマもスタイルも多岐にわたる幾多の名作を生んできましたが、過去に短説集を二冊出したのは米岡元子さんただ一人しかおらず、奇しくも「同期」の秋葉さんが二人目となるわけですが、これは実に大変なことです。
 いや、同人もベテランになれば、すでに二冊分になるぐらいの作品数を書いている人は他にもいます。しかし、それを本にするには物凄いエネルギーを要し、何より本にするに値するコンセプトが必要で、なかなか一冊にまとめるのは難しい。それを思うと驚嘆します。
 本の紹介でこういうことは言わない方がいいかもしれませんが、たぶんこの本は、理解できない人には理解できない部分があると思います。いや、理解できるできないというより、ピント来るか来ないか。今も僕はこの原稿を書きながら、British Invasionの楽曲をかけっぱなしにした海外のインターネットラジオを流していますが、この本はブライアン・ジョーンズがいた頃のストーンズやキンクス、ヤードバーズ、ビートルズの『REVOLVER』、あるいはドアーズやCSN&Yといったあたりを聴きながら読むのが、正しいとまでは言いませんが、ふさわしい。それから1960年代後半の新宿や神田。そして〈運動〉。そう言ってピント来ない人にはピント来ないという性質を有している。もちろん、だからと言って、万人の理解を拒むものではありませんし、短説には珍しいハードボイルドな作品群として、面白く興味深く読めるものです。ただ僕は、ここに、アジア人(というより黄色人種極東島国人)の文章によるリズム&ブルースを濃厚に読んだわけなのでした。

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2006年9月24日 (日)

短説:作品「右手」(日向みなみ)

   右 手
 
           
日向 みなみ
 
 遼子は、声をかけるのを躊躇していた。
 ガス料金の集金にきたのだが、窓ガラスの
向こうに見える男女は、小さなこたつの一辺
に体を寄せて入っていた。仰向けに寝ている
男の右手が、隣に座る女の腰当たりに伸びて
いる。男はだいぶ高齢のように見え、女は五
十代半ばに見えた。
 女が遼子に気がつき、男に何か話し掛けて
いる。右手がこたつ布団の中に消えていった。
 女は、不自由な足を引きずり、窓を空けた。
「あのぅ、ガス代の集金に来ました」
 遼子が声をかけると、女は男の上半身を起
こし、窓側に向けた。白髪が寝癖で立ち上が
り、歯のない男がわめき始めた。
「金なんかないよ。今まで貯めた財産は、み
んな息子達にむしりとられた。事業の失敗や
女にだまされて、みんな俺が尻拭いしてやっ
たんだ」
「失礼ですが、そちらの方は奥様ですか?」
「違うよ。昔でいう女中さん。この人しか私
の面倒みてくれない。息子達が連れてきた女
は、私の言うことなんか聞きやしない」
 男は、興奮してよだれを垂らした。女は、
かっぽう着のポケットからタオルを出し、男
のあごをあげて拭いた。
「俺は、もう一切払わん。金は長男からもら
ってくれ。女のところに泊まって来るから、
あいつが帰ってくるのは明け方だ。あんた、
こんな年寄りの愚痴なんて聞いてもつまらな
いだろ。若い男なら話しは別だろうけど」
 男の視線が色目を帯びて、遼子に注がれる。
「日を改めて、また来ます」
 窓を閉めて会釈した。遼子は気になり、後
ろを振り返った。女は再び男を仰向けに寝か
せ、隣に座り体を寄せた。
 男の右手がかっぽう着の下へ消えていく。

〔発表:平成18年(2006)4月木座会(旧題「色情」)/初出:「短説」2006年6月号/WEB版初公開〕
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2006年9月20日 (水)

フェンスの上の黒猫

 今日は僕にとってちょっとした記念日なのだが、もはや特別な感慨はない。あれから二十八年。娘が同い年になった。今日と同じような日本晴れの暑い日だった。一時は発奮の基として、創作の原点にしていた日なのだが……。黒猫でごまかしておく。
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・わが家を根城にするボス黒一家の出戻り二世。通称「サンゴロウ」。フェンスの上がお気に入り。隣家から「猫がフェンスに引っ掛かって死んでいる」と通報される始末。

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2006年9月11日 (月)

短説:作品「平成十三年九月十二日、朝」(向山葉子)

 平成十三年九月十二日、朝
 
            
向山 葉子
 
 朝七時。子供たちを起こす。寝ぼけ眼でず
るずるとベッドから這い出すヨシトとマヤ。
居間に転がるついでにマヤがテレビのスイッ
チを入れる音がする。
「あー、朝からウルトラマンやってる!」
 ヨシトの声に、食事の支度の手を止めて振
り向く。まさしく、特撮の映像が画面に映っ
ている。ツインタワービルの一つが炎上して
おり、もうひとつのビルに飛行機が突っ込ん
でいくシーン。ずいぶん生々しい特撮だなぁ
……。と、待てよ、これは。
「違うよ、ウルトラマンじゃないよ。ニュー
スだよ、これ」とマヤ。
「じゃ、ホントのことなの、おかーさーん」
不思議そうに振り向くヨシト。
「どうなってんの、これ」もう朝食の支度ど
ころではない。
「東京なの? 新宿のビル、壊れたの。どう
しよう、怪獣が出たんだ」ヨシトはもう半泣
きである。
「アメリカだってよ。にゅーよーくって書い
てあるじゃん」マヤの声に、崩落するビルの
映像が重なる。
「ほえー、すごい。サイボーグくろちゃんの
暴れた後みたい。ホントのことなんて思えな
ーい。あっ、バックドラフトの人たちがいる」
「お姉ちゃん、ちげーよ。あれは、ガッツの
アメリカ支部の人たちだよ」
「怪獣じゃないの。飛行機がぶつかったんだ
って」マヤの説明にも、ヨシトはどうも納得
がいかない様子だ。
 怪獣の方がまだましかもしれない。人間の
理性を超越しているから。はじまったばかり
の二十一世紀、怪獣よりも怖いものを見てし
まった朝。子供たちは、まだ知らない。日本
は、世界は、どこにいってしまうのか。

〔発表:平成13年(2001)9月15日ML座会/初出:「短説」2001年9月号/WEBサイト「西向の山」upload2003.4.26〕
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2006年9月 7日 (木)

短説:作品「利根川」(伊藤朗)

   利根川
 
             
伊藤 朗
 
「あなたも座りなさいよ」
 小堀の渡しの桟橋、ジョギングの汗を拭く
靖男に声が掛かる。声の主は先客のおばあち
ゃん。
 前に利根の流れ、右上に常磐線鉄橋、その
隣には6号国道大利根橋が架かる。
「おばあちゃん、川の流れを見て面白いです
か?」
「あんたも今見てたじゃないか、聞くまでも
ないだろうに」
「毎日ここにきているんですか?」
「家に居てもしょうがないからね、ほとんど
毎日だね。国土交通省の人とも仲良くなって
ね、いろいろ教えてもらったよ、何か教えて
あげようか、利根川の源流知ってる?」
「いえ」
「群馬県の大水上山だよ、そこから銚子の河
口まで三百二十二キロあるんだってさ、源流
の水は銚子まで、何日かかってたどり着くと
思う?」
「分かりません」
「考えないで分からないとは、小学生じゃな
いの、じゃあ、教えてあげるね、四日だよ」
「へー、案外早いんだね、でも、全部の水が
銚子までいくとは、限らないじゃないかな」
「本当だね、源流のきれいな水も流域の田ん
ぼの水や家庭排水、工業排水と混ざってしま
うんだものね、水も楽じゃないね」
「川底の水は川面に上がることはあるんでし
ょうか、それとも、ずっと川底を下っていく
のでしょうか?」
「そんなの、あんたが考えればいいじゃない
の」
 辺りは暗くなりかけてきた。電車の音がす
る。常磐線の終点はどこだっけ、そういえば、
最近「はつかり」を見なくなった。

〔発表:平成15年(2003)11月藤代座会/初出:2004年2月号「短説」/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.8.12〕
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2006年9月 1日 (金)

短説:作品「秋霖」(喜多村蔦枝)

   秋 霖
 
           
喜多村 蔦枝
 
 むしゃくしゃした気持をしずめようと髪を
洗った。遠くでゴトゴト列車の音がする。
 まだおさまらない。外へ出た。空缶を蹴る。
インスタントコーヒーか。壁にぶつかって止
まる。また蹴る。エノコロ草が抱きとめた。
 踏切を渡ると一面の草っ原だった。牛の飼
料畑らしい。私を迫いかけて風が吹く。洗い
髪はまだ乾かない。
 畑に入って大の字になった。疲れが出た。
灰色の雲。目をつぶる。ザワワワ、ザワワワ
と草の音がする。それすら癩にさわる。
 車が止まった。パタンとドアを閉める音。
誰だろう。こちらへ歩いてくるようだ。
 起き上がった。と同時に義父の声がした。
「わあ、驚いた。死んどるかと思ったよ。あ
っはっは」
〈大きなお世話〉と思ったが、隣へ坐るよう
促がした。黙っていた。義父も何も言わない。
しばらく遠くを見つめていた。何気なく足下
を見た。赤トンボが死んでいた。
「空があやしくなった。降りそうだ。わしゃ、
帰るよ。あんたは……ちょっとばかり、濡れ
て帰るがいい。風邪をひかんようにな」
 図星だ。
 坐ったまま義父を見送った。背中が丸くな
っている。
 ひとつ屋根の下に住んでいれば、同じ釜の
飯を食えば、分かりあえるなんて嘘だ。
 夫は気がつかないだろう。分かろうと努力
する者だけが感じることが出来る。
 義父にはお見通しなんだ。
 そう思った途端にこみあげてきた。涙の雨
がおしよせてくる。
 分かってくれた男は老いぼれている。
 それがまた口惜しい。
 雨が静かに私の身体を濡らし始めた。

〔発表:平成6年(1994)12月第100回記念東京座会*「天」位選出作品/初出:「短説」1996年2月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.5.21〕

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