短説:作品「利根川」(伊藤朗)
利根川 伊藤 朗 「あなたも座りなさいよ」 小堀の渡しの桟橋、ジョギングの汗を拭く 靖男に声が掛かる。声の主は先客のおばあち ゃん。 前に利根の流れ、右上に常磐線鉄橋、その 隣には6号国道大利根橋が架かる。 「おばあちゃん、川の流れを見て面白いです か?」 「あんたも今見てたじゃないか、聞くまでも ないだろうに」 「毎日ここにきているんですか?」 「家に居てもしょうがないからね、ほとんど 毎日だね。国土交通省の人とも仲良くなって ね、いろいろ教えてもらったよ、何か教えて あげようか、利根川の源流知ってる?」 「いえ」 「群馬県の大水上山だよ、そこから銚子の河 口まで三百二十二キロあるんだってさ、源流 の水は銚子まで、何日かかってたどり着くと 思う?」 「分かりません」 「考えないで分からないとは、小学生じゃな いの、じゃあ、教えてあげるね、四日だよ」 「へー、案外早いんだね、でも、全部の水が 銚子までいくとは、限らないじゃないかな」 「本当だね、源流のきれいな水も流域の田ん ぼの水や家庭排水、工業排水と混ざってしま うんだものね、水も楽じゃないね」 「川底の水は川面に上がることはあるんでし ょうか、それとも、ずっと川底を下っていく のでしょうか?」 「そんなの、あんたが考えればいいじゃない の」 辺りは暗くなりかけてきた。電車の音がす る。常磐線の終点はどこだっけ、そういえば、 最近「はつかり」を見なくなった。 〔発表:平成15年(2003)11月藤代座会/初出:2004年2月号「短説」/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.8.12〕 Copyright (C) 2003-2006 ITOH Akira.
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コメント
伊藤さんの「利根川」、読みました。
ふと昔聞いた話を思い出しました。「海は一つしかない」。
「空も一つ」。「地面もみ~んなつながってる」。
「ニンゲンも同じ」。命の拡がりがどこまであるのか、
未だに解りません。そんなことを想起させてくれる
シミジミとした作品です。
そうだ、島根の宍道湖のシジミは元気だろうか?
それでは、また。
投稿: 秋葉信雄 | 2006年9月 9日 (土) 07:10