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2006年9月24日 (日)

短説:作品「右手」(日向みなみ)

   右 手
 
           
日向 みなみ
 
 遼子は、声をかけるのを躊躇していた。
 ガス料金の集金にきたのだが、窓ガラスの
向こうに見える男女は、小さなこたつの一辺
に体を寄せて入っていた。仰向けに寝ている
男の右手が、隣に座る女の腰当たりに伸びて
いる。男はだいぶ高齢のように見え、女は五
十代半ばに見えた。
 女が遼子に気がつき、男に何か話し掛けて
いる。右手がこたつ布団の中に消えていった。
 女は、不自由な足を引きずり、窓を空けた。
「あのぅ、ガス代の集金に来ました」
 遼子が声をかけると、女は男の上半身を起
こし、窓側に向けた。白髪が寝癖で立ち上が
り、歯のない男がわめき始めた。
「金なんかないよ。今まで貯めた財産は、み
んな息子達にむしりとられた。事業の失敗や
女にだまされて、みんな俺が尻拭いしてやっ
たんだ」
「失礼ですが、そちらの方は奥様ですか?」
「違うよ。昔でいう女中さん。この人しか私
の面倒みてくれない。息子達が連れてきた女
は、私の言うことなんか聞きやしない」
 男は、興奮してよだれを垂らした。女は、
かっぽう着のポケットからタオルを出し、男
のあごをあげて拭いた。
「俺は、もう一切払わん。金は長男からもら
ってくれ。女のところに泊まって来るから、
あいつが帰ってくるのは明け方だ。あんた、
こんな年寄りの愚痴なんて聞いてもつまらな
いだろ。若い男なら話しは別だろうけど」
 男の視線が色目を帯びて、遼子に注がれる。
「日を改めて、また来ます」
 窓を閉めて会釈した。遼子は気になり、後
ろを振り返った。女は再び男を仰向けに寝か
せ、隣に座り体を寄せた。
 男の右手がかっぽう着の下へ消えていく。

〔発表:平成18年(2006)4月木座会(旧題「色情」)/初出:「短説」2006年6月号/WEB版初公開〕
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コメント

おはようございます。日向さんの「右手」。
いいタイトルですね。旧題の「色情」より
もっとこの男の「ウソ」が生きてきます。
こうやって「借金取り」を撃退するんですね。
やはり「詐欺のプロ」はこのぐらいじゃなければ
生き残れません。芝居上手ですね。息子の
ことを語る長いセリフが、この年寄りの「作り話」を
物語っています。人間は、ウソをつくときは
話が長くなるものですね。(小生も気をつけよう)
「短説」もそうですね。基本的に「短説」は「ウソ」
なんですが、人を幸せにするような「ウソ」を
書き続けたいものです。
話はかわりますが、向山さんの9.11にまつわる作品への
コメント。急いで打ちましたので、向山さんを「呼び捨て」で
表現してしまっていました。大変失礼しました。
以後、気をつけます。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年9月24日 (日) 07:31

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