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2006年9月11日 (月)

短説:作品「平成十三年九月十二日、朝」(向山葉子)

 平成十三年九月十二日、朝
 
            
向山 葉子
 
 朝七時。子供たちを起こす。寝ぼけ眼でず
るずるとベッドから這い出すヨシトとマヤ。
居間に転がるついでにマヤがテレビのスイッ
チを入れる音がする。
「あー、朝からウルトラマンやってる!」
 ヨシトの声に、食事の支度の手を止めて振
り向く。まさしく、特撮の映像が画面に映っ
ている。ツインタワービルの一つが炎上して
おり、もうひとつのビルに飛行機が突っ込ん
でいくシーン。ずいぶん生々しい特撮だなぁ
……。と、待てよ、これは。
「違うよ、ウルトラマンじゃないよ。ニュー
スだよ、これ」とマヤ。
「じゃ、ホントのことなの、おかーさーん」
不思議そうに振り向くヨシト。
「どうなってんの、これ」もう朝食の支度ど
ころではない。
「東京なの? 新宿のビル、壊れたの。どう
しよう、怪獣が出たんだ」ヨシトはもう半泣
きである。
「アメリカだってよ。にゅーよーくって書い
てあるじゃん」マヤの声に、崩落するビルの
映像が重なる。
「ほえー、すごい。サイボーグくろちゃんの
暴れた後みたい。ホントのことなんて思えな
ーい。あっ、バックドラフトの人たちがいる」
「お姉ちゃん、ちげーよ。あれは、ガッツの
アメリカ支部の人たちだよ」
「怪獣じゃないの。飛行機がぶつかったんだ
って」マヤの説明にも、ヨシトはどうも納得
がいかない様子だ。
 怪獣の方がまだましかもしれない。人間の
理性を超越しているから。はじまったばかり
の二十一世紀、怪獣よりも怖いものを見てし
まった朝。子供たちは、まだ知らない。日本
は、世界は、どこにいってしまうのか。

〔発表:平成13年(2001)9月15日ML座会/初出:「短説」2001年9月号/WEBサイト「西向の山」upload2003.4.26〕
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コメント

おはようございます。向山の「平成十三年九月・・・」。
あれから五年。随分、世界は変わってしまったようです。
どんどんタブーがなくなって・・・。
小生も「イエロー・リボン」という作品で、この全米同時多発
テロを扱いましたが、自分のアメリカでの思い出と、
その十年前のイラク戦争時のアメリカ人の反応を
黄色いリボン(勝利の象徴)をつなぐことによって
表現しました。
タブーはなくなったほうがよいんですが、それはあくまでも
想像の世界だけですね。現実の世界でそうしたことが
起きると、タブーは「禁忌」ではなく、「狂気」のようです。
「禁忌」は見えますが、「狂気」はその行方が見えません。
私たちは、「書き続ける」ことでしか戦えないのでしょうか。
西山さん、第二作品集、綺麗に仕上がりました。
ありがとうございました。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年9月15日 (金) 07:03

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