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2006年10月28日 (土)

短説:作品「野田くん」(川上千十)

   野田くん
 
            
川上 千十
 
「彼女のことを思うと、ぼくは胸が苦しい」
 野田の告白を、吉岡はだらしないと思いな
がら聞いていた。
「しっかり受け止めてやりなよ」
 と励まし、コーヒーを飲んだ。
「彼女は大柄だから、ピタッと抱きとめられ
ないけどな」
「ふん、そうか」
 野田を見ると、惚れた弱みという顔をして
いる。どうも年上の未亡人に本気で参ってい
るようだ。
「彼女のことだが」
 と、にやっと笑いながら聞いた。
「三十八の独身か、我々より八つも上だよ」
「うん、旦那と死別して三年目だそうだ」
「同じ職場だよな」
 と言ったのは、彼女の人柄とか素行などよ
くわかる筈だから、悩んでいるより結婚した
らどうだ。と言いたかったが、彼の返事は妙
なのだ。
「ぼくは、彼女の考えがわからない」
「え、どうして?」
 すると、親友の君だから打ち明けるが、と
言うのである。
「この前、ホテルに誘われたときのことだ。
どこか話がおかしいんだ」
「何があったんだ」
「わたし、未亡人になって三年もひとり寝よ。
だから、その分あなたに可愛がってもらいた
いの、なんて言うんだ」
 野田は、なかば泣き顔になった。
「ほう、かわいいひとじゃないか。君もずい
ぶん惚れられたもんだな」
 と片目をつむると、野田が答えた。
「ぼくはね、近くにいてくれるだけでいいん
だよ」

〔発表:平成17年(2005)2月/18年(2006)1~2月ML座会(旧題「三年目の女」)/2006年4月号「短説」/WEB版初公開〕
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コメント

野田くんは、シアワセですね。
小生も昔、年上の女性に岡惚れしたことが
あります。いくつだったのでしょう。随分と若いころだったような
気がします。(二十歳ぐらいかな~)
そうです。確か「ある愛の詩」を一緒に観にいって
彼女が泣いていたことを思い出しました。
そのあとしばらくして別れてしまったのでした。
この八歳年上の女性は、おそらく色っぽく魅力的な
人なのでしょう。また野田くんには、母性を感じさせる
人なのだと思います。そういう女性は、彼のような
男を求めるものなのでしょうね。
でも、私たちはなぜ、別れてしまったのでしょうね。
いまだに分かりません。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2006年11月 3日 (金) 11:32

これは、現代的に注目される作品ですね。
男は多かれ少なかれ若い頃は年上の女性に憧れたりするものですが、ここでは肉欲を伴わない。これは極めて現代的だと思う。
ロリコン、アニメ、グラビア、アイドル、フィギア、‘萌え’と、年下指向(いや、“きれいなおねえさん”指向にしろ)、現実直接の肉体的接触を伴わない。
環境ホルモンの影響だかなんだか知りませんが、全世界的に性欲(生物としての自然な)が減退しているらしい。
“癒し系”もいいですが、そうじゃないだろうと言いたくなります。

投稿: 西山正義 | 2006年11月 3日 (金) 23:09

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