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2006年11月

2006年11月23日 (木)

短説〈年鑑特集号〉について

 月刊『短説』12月号(のうち8月座会分)の編集を終え、さきほど芦原さんに入稿しました。
 以下、五十嵐正人同人からいただいたコメントに応えて、コメント欄ではなくあえて本欄に書き込みます。
 
 年鑑についてはご覧の通りです。他選集は、「年鑑」という意味では、記録的な側面だけでも意味のあるものだと思いますが、やはり自選集ですね。それと「三位選」への参加。
 今年で8回目ですが、年々減っています。会員数は増えてもいない代わりに減ってもいない。つまり、入れ替わってはいるのですが。ためしに数えてみました。
 99年(98年分)の35人から、2000年・21人、2001年・23人、2002年・18人、2003年・18人、2004年・13人、2005年・15人、そして今年も15人。特に今回は、荒井郁さん(通信座会)、道野重信さん(関西座会)を除くと、あとはすべて東京とMLのみです。
 そもそも、会員の間で月刊『短説』がどのようなポジションにあるのか。それは人それぞれでもいいと思いますが、他選はともかく、自選集は「作品発表の機会」でもあるわけだから、「総見」的に盛り上がってほしいと思うのは僕だけなのでしょうか。
 自選は有料ですが、自分たちで雑誌を出すことを思えば極めて安いもので、編集の手間がかかるわけでもなし、月刊誌でボツにされた作品を直して、ボツにした編集者をぎゃふんと言わせればいいじゃないか。いやそこまででなくても、昨年一年間に書いた自作で、出来不出来はともかく、個人的に愛着のある作品をみんなに読んでもらおうという気にならないのか。
 短説は、なにも〈短説の会〉に属していなくても書けるものです。最近ではブログなんていう手軽なものもあり、〈短説の会〉の座会にも出ず、個人的にウェブ上で発表することも可能です。実際そうした人もいますが、そして、それだけでいいと思うなら、それはそれでいいのですが……。
 短説は、座会に出て、批評や意見を聞いて、全面的に改稿したり、あっちこっち直したり、つまり推敲によって作品を磨くことが何よりも大事だと思うのだが。それはつまり他ならぬ自分と自分の作品のためだ。
 座会がまずその最初の機会だとすれば、雑誌はその次の機会です。雑誌発表作というのは、その時点での最終稿ではあるが、さらに直される可能性があっていいものです。
 これが長い小説だと、そうは言っても同人雑誌では次の発表の機会がないに等しい。僕は、『日&月』という雑誌に発表した小説を、その後相当手を入れていますが、手元に残しておくことしかできません(個人サイトに一部アップしてはいますが、誰が読むんじゃい!)。そこで合評会を開いても、その批評には虚しさがつきまとう。それが従来の小説同人雑誌の悩みだったのです。それを短説は、長さの関係もありますが、画期的なシステムを生み出し、クリアーしたのです。それにはワープロの登場とコピー機の普及なしには考えられないのですが、芦原修二氏を短説にかりたてたそもそもの原動力はそこにあったと思われます。(実際、短説の最初の〈雑誌〉である『季刊短説』創刊号の編集後記にそのようなことが記されています。最近の会員はなかなか目にすることはできないでしょうが)。
 だから、年鑑も会を盛り上げようとか、会に属しているからとかいうことではなく、作品をよりよくするための一つのチャンスなのです。そのために設けられているといってもいいものです。芦原さんの〈自選作〉や喜多村蔦枝さんの〈他選作〉をご覧ください。月刊誌掲載からさらに推敲され、タイトルが変更されています。一方は片仮名から平仮名へ、一方は逆に平仮名から片仮名への、一見小さな変更のようにしか見えませんが、その効果は確実に違います。喜多村さんは〈自選作〉もタイトルを一度変更し、さらに意見を聞いて元に戻しています。
 今度の12月号、実は、関西座会からはなんと22作も集まって来ていたのですが、結局1作しか選べませんでした。理由は、どう考えてももう少し直しが必要だろうというものばかりだったからです。関東の座会ではあまり見られないようなユニークな作品が多く、それなりに面白いのですが、まったく勿体ないことです。逆に上尾座会は4作でしたが、2作採用しました。しかし、〈天〉に選ばれた作品は、かつて通信座会に出されもので、そこでの批評がまったく活かされていない(というより推敲されていない)ものだったので、不採用としました。これもいいところがあるものだけに、“まったく”勿体ない限りです。

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2006年11月21日 (火)

短説年鑑/平成17年(2005)の代表作

 昨日ようやく月刊『短説』の〈年鑑特集号〉が届きました。同人・会員の方々は相前後してお手許に届いていると思います。もう11月も下旬に入ろうかという今日この頃ですが、9/10月合併号になります。本来なら5月に出るところ、半年も遅れました。遅れた主因については言いません。編集というたいへんな作業をしたことがない人間に編集担当者を責めることはできません。ただ、編集システムに問題あり、というのだけははっきりしてきました。具体的なことはML座会で述べたのでここでは繰り返しませんが、システムといってもそんなに難しいことではなく、インターネットの活用ということなのですが……。
 さて、内容。僕は校正を担当したのですでに全容を知っていたわけですが、昨年のブログに倣って、メインコンテンツである巻頭の「2005年の代表作 他選集」の点盛り表を掲げておきます。
 
■2005年の代表作・他選集・点盛り表■
〈作品別集計〉
(天)玉   /西山正義 =22点
(地)誰何  /芦原修二 =13点
(人)セキララ/喜多村蔦枝=11点
(我)栗の花 /岩谷政子 =10点
 
(次点)
・ジョンジョロ/すだとしお
・登校日   /水南森
・豆腐    /福本加代
・写経    /米岡元子 
・かくれんぼ /道野重信
・コルサコフ嬢/桑井朋子
 
〈個人別集計〉
(天)芦原修二 (29点)
(天)西山正義 (29点)
(地)すだとしお(22点)
(人)喜多村蔦枝(20点)
  
・水南森(10点)・岩谷政子(10点)・福本加代(9点)・米岡元子(9点)・道野重信(8点)・桑井朋子(8点)
 
 なお、朱入れしたはずですが、僕の携帯電話のメールアドレスが間違ったままになっています。ほかにも直っていないところがありましたら、ご指摘ください。

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2006年11月19日 (日)

大雄山最乗寺(その二)

 大雄山は山全体が聖域なわけですが、結界門からがさらに道了大薩の浄域とされています。その結界門の両脇に控える天狗さん。
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 その結界門をくぐり、77段あるという石段を登ると、御真殿(妙覚宝殿)に出ます。最乗寺で最も大事な修行道場。その脇には、天狗さんの高下駄がいっぱい。みな奉納されたもので、ドデカイのから小さいものまでさまざま。写真には写っていませんが、小学校などにある朝礼台二つ分ぐらいのまであります。
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 高下駄から奥の院とは逆の左手方面へ行くと、箱根明神・矢倉明神・飯沢明神の三明神が一体に刻まれたう三面大黒天を奉安した三面殿に出ますが、その前に、珍しい、仔犬に乳を飲ませている狛犬が安置されています。写真では仔犬が分かりにくいかもしれませんが、こんなの初めて見ました。

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2006年11月18日 (土)

大雄山最乗寺(その一)

Ts2a0349 伊豆箱根鉄道・大雄山線の大雄山駅(関本バスターミナル)から道了尊行きのバスに乗って約十分。山の中に入っていきます。講師の先生から詳しい資料をいただいていたにも拘らず、ほとんど予備知識なしに行ったので、びっくりしました。こんな所にこんな凄いお寺があったとは。
 とにかく気持ちのいい所でした。何がって空気が。マイナスイオンを思いっきり吸ってきました。例年ならちょうど今頃が紅葉の見頃だそうですが、今年は色づくのが遅く、まだまだという感じでした。ここは紫陽花が有名で、六月初旬頃に行くのもいいようです。
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 曹洞宗の総本山で、山岳信仰、修験道のお寺なので、自然の力だけでなく、そこにやはり何か霊気といったものが宿っていて、深く息をすると肺の中まできれいになっていくような感じでした。最乗寺について詳しくは、公式ホームページがあるのでそちらを参照ください。→曹洞宗 大雄山最乗寺道了尊
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 左が本堂(護国殿)。御本尊は釈迦牟尼仏。日夜「国土安穏」が祈念されているそうで、朝晩の勤行や修行僧への説法の場とのこと。右の写真奥に見えているのが僧堂(選仏場)。ある意味では本堂より大切な所で、「修行僧が日夜、坐禅弁道に励む根本道場」だそうです。

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2006年11月17日 (金)

大雄山駅と金太郎像

 本日のフィールドワークの集合場所は、伊豆箱根鉄道・大雄山線の終点「大雄山」駅。自宅を出て二時間半。ちょっとした旅行気分に浸りました。
 関東百名駅にも選出されている大雄山駅。小田原からここまでの単線の小さな小駅と打って変わって、駅前はそこそこ開けています。
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 小川和佑先生のゼミ合宿で足柄に泊まり、最後に蕎麦を食べ解散したのがこの場所でした。思えば、あれからもう七年。先生もまだ学部で教えており、僕も女房も三十代。子供二人を合宿に連れて行っても、ようやく手のかからなくなった頃でした。もはや懐かしい。
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 大雄山駅を出たすぐ右手に、まさかり担いでお馬の稽古の金太郎像があります。撮った時は気づかなかったのですが、家に帰り女房に見せたら、息子にそっくり! ということで大笑い。

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古寺社めぐりフィールドワーク

 今週もまた教養・文化講座のフィールドワークに同行し、小田原経由で大雄山に来ています。今、道了尊の名で信仰を集める最乗寺の広大な境内を、先生と若い修行僧の案内で散策しています。森林浴が気持ちいい。身も心も洗われる感じです。詳しくはのちほど。以上、現場より。

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2006年11月14日 (火)

平成17年《年鑑特集号》正誤表

『短説』平成17年5月号(通巻236号)《年鑑特集号》-正誤表-
※空行・タイトル等は行数に数えず。
頁・段・行 (作品名等)   (誤)          (正) 
01・中・01  山吹の花  この花をどう見るのだろうか。→この花をどうみるだろうか。
01・中・03  同上    もう一度まわりから直した。→もう一度まわりから見直した。
02・上・05  視 線   下着を履き替え、→ (改行)行頭半角下がり
02・上・12  同上    いつものように → (改行)行頭1文字下がり
02・中・07  同上    勃起したものは → (改行)行頭1文字下がり
09・上・03  選評要約  妻に姿は、  →  妻の姿は、
10・上・01  同上    こわさを思うそして、→ こわさを思う。そして、
10・上・10  同上    宮澤賢次  →  宮澤賢治
10・中・14  同上    泣いた。  →  泣けた。
11・上・23  同上    アロカーナと裸婦 → アローカナの卵と、裸婦
12・上・14  同上    思く感じられる → 重く感じられる
12・中・16  同上    戦争向かいつつある → 戦争に向かいつつある
12・下・10  同上    『利根川』伊藤朗) →  『利根川』(伊藤朗)
12・下・14  同上    『母の里帰り』  →  『親母の里帰り』
17・中・04  ある用務員の話   枝だを、  →  枝を、
17・中・14  同上    返って来ない。  →  帰って来ない。
21・上・06  流 山   夥しい小文書  →  夥しい古文書
21・中・01  冬ごもり  「準備」   →   「準備完了ね」
21・中・01  同上    この一DKで過ごす積もりだ。→ ここで過ごすつもりだ。
21・中・01  同上    大型の冷凍冷蔵庫 → 大型の冷蔵庫
21・下・02  同上    家賃など自動引き落とし。→ 家賃などは自動引き落とし。
21・下・02  同上    購読は断わった。 → 購読は断った。
21・下・11  同上    嫁たちのほうから電話が → 嫁たちのほうから、電話が
21・下・13  同上    和江はつぶやいた、 → 和江はつぶやいた。
21・下・13  同上    子育てが終って  →  子育てが終わって
21・下・13  同上    結婚してそれぞれ  →  結婚して、それぞれ
22・上・04  同上    給いけるかな……〉 → 給ひけるなかに……〉
22・上・06  同上    うとうとし始めた。 → うとうと、し始めた。
24・上・03  夏休み   だいぶん年下だった。→ だいぶ年下だった。
26・下・26  評論集   短説をいう文学  →  短説という文学
27・上・25  同上    「諾、諾』と  →  「諾、諾」と
29・中・22  読後評より 「視線」(見崎漣)  → 「視線」(星子雄一郎)
30・下・25  同上    「諾、諾」とした垂れ流された→「諾、諾」と垂れ流された
表3・(初出一覧) 流山 西山正義 ML4月 → 流山 西山正義 ML17年1月
----以上----

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2006年11月11日 (土)

小川和佑先生と文学散歩

Ts2a0325 昨日、文芸評論家の小川和佑先生と公開講座のフィールドワークに行ってきました。フィールドワークとは、本来、実地調査・研究のことですが、校外授業というより文学散歩ですね。
Ts2a0328 今日は一日雨模様でしたが、昨日は幸い良く晴れ、まさに小春日和。歩くにはちょうど良かったです。
 午後一時、目白駅を徒歩で出発。鬼子母神と椿山荘の庭園を巡ってきました。写真は樹齢六百年以上といわれる「鬼子母神の大公孫樹」
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↑・椿山荘の幽翠池と上池の滝
↓・椿山荘の庭園内にこじんまり鎮座おわす七福神。うち四福神しか写せませんでしたが、左から、弁財天、福禄寿、布袋和尚、寿老人。
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2006年11月 8日 (水)

月刊『短説』の編集担当者について

 11月号の校正は本日芦原氏にメールいたしました。それで、月刊『短説』の編集担当者についてですが、皆様のお手許には先日ようやく8月号が届けられ、それによって初めてその後の予定が判明した次第だと思いますが、若干補足があります。
 ML座会のメールのやりとりで、西山が提案し、芦原さんの賛同を得、道野さんも了承した編成は以下の通りです。
 
(1) 間もなく刷り上がり発送される年鑑特集号は、9/10月合併号となる。
(2) 7月座会分はすだ氏に代わり芦原氏が編集し、只今校正の段階。→11月号
(3) 8月、9月分は、西山・道野合同編集(最終まとめ=芦原)とし、12月号とする。
   したがって、各座会の作品綴り&座会要約の送り作は、
   ・8月座会分=西山正義
   ・9月座会分=道野重信
   (以下、次の通り)
   ・10月座会分→新年号(編集担当・芦原修二)
   ・11月座会分→2月号(編集担当・すだとしお)
   ・12月座会分→3月号(編集担当・西山正義)

 ということになりますので、各座会のとりまとめ担当者のみならず、同人・会員各位もご承知おきください。以上が当面の推敲作の送り先ともなります。よろしくお願いします。
Ts2a0320
 以下は裏話ですが、(3)の措置は、・年鑑を合併号にすると、通常号を一冊飛ばす形になるので、以後予定がズレてくる。・それを解消するには、二か月分の座会を一冊にまとめるなどの特別な措置が必要。・不幸中の幸いというか、8月は休会となった座会が四つあり、一冊にまとめるだけの作品が集まらなかった。・よって、9月分と一緒にする。・また、こうすることによって、編集担当のサイクルが短くなっているので、西山・道野の負担を半減することができる。という理由からとった措置です。

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2006年11月 7日 (火)

月刊『短説』11月号・校正

 本日昼前、芦原修二氏より月刊『短説』11月号のゲラ刷りが速達で届きました。いつもタイミングが良いというのか、僕にとっては良過ぎて困った状況でもあるのですが、幸い今日はオフだったので、ほかに予定していた仕事をうっちゃって、丸半日かけて校正しました。先程全部見終わったのですが、一応もう一度見直して、芦原さんにメールします。
 もう十一月です。なんだかんだありながらも、一年なんて本当に早いものです。短説の会にとっても、この一年はいろいろなことがありました。僕自身は、MLは別とすると、通常の座会にはまったく出ず、ということは同人・会員のみなさんと直接コミュニケートすることなく過ごしているわけで、よく分からない部分もありますが、どうもいろいろな一年だったようですね。
 それでも、今、十一月の初旬に「11月号」の校正をしているということは、なんとかペースを取り戻してきたということで、この号が今月中もしくは来月初旬に配られれば、御の字という状況にまでこぎ着けました。まずは良かった良かった。
 関西座会が大盛況で、ともかく凄いの一言に尽きるのですが、僕も負けてはいられませんね。春以降、勤め始めたこともあり、ほとんど書いていません。昨年並のペースに戻したいところです。「ではまた」

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