横山とよ子さん追悼
| 短説の会の皆様に、悲しいお知らせをしなければならなくなりました。しばらくブロブを更新できなかったのは、詳しくは何も知らない私が、果たしてこのような形で公表してしまっていいものか迷っていたのと、そのショックと脱力感からでした。しかし、私は芦原修二氏から直接聞いたのであり、その情報に間違いのあろうはずがないので、月刊『短説』に先立ち、やはりお知らせすることにしました。 われらが短説の会同人で、藤代座会に所属する横山とよ子さんが、本年一月五日に永眠されたそうです。同月の藤代座会は、その九日後の十四日に行なわれていますが、本来なら新年のおめでたい座会が、芦原さんをして「涙が止めようなく落ちてきて」というような座会になってしまったようです。 横山とよ子さんは、藤代短説講座からの藤代では二番目ぐらいに古い会員で、平成八年一月に第三次同人に推挙されています。最初に『短説』誌上で注目されたのは、平成五年九月の藤代日曜座会に発表され同年十一月号の月刊『短説』に載った「夫の浮気」でした。この作品は単行本時代の年鑑第六集『函中の函』にも収録されています。以後ずっと継続の、今では最古参に近い同人の一人です。 何がショックかというと、横山さんはついこの間まで座会に普通に出席されていたのです。持病などがあったかどうかそういうことは何も知りません。しかし、いずれにしろ急死と言っていいでしょう。昨年の十二月、十一月の座会に出席されていたかは分かりませんが、少なくとも十月の座会には出席されていて、その時の作品は、座会で「地」位を獲得し、その死が知らされる前に校正にまわっていた今年の新年号の巻頭を飾っています。もちろん追悼の意味で巻頭に掲げられたのではなく、作品が良かったからです。 短説に少しでも関わった方々の中には、すでにお亡くなりになっている方はいます。しかし、私の記憶に間違いなければ、同人では初めてではないでしょうか。実際に短説を書いたことがある会員で、今では消息が知れない方の中には、私たちが知らないだけで、実はもうお亡くなりになっているという方もいるのかもしれません。たとえば東葛座会でも、その可能性がありそうな方が二、三名いらっしゃいます。ですが、現役の、それもついこの間まで座会に出席していた同人となると……。 横山さんは、九五年の「創立十周年大会」や九八年の「こぶし祭り」、二〇〇一年の「十五周年全国大会」に来られていたでしょうか。もし来られていれば、お会いしたことがあるということになりますが、私は面識がないに等しい。その作品からおおよその年齢は推測できますが、おいくつだったのでしょうか。たとえ面識がなくても、作品や座会要約でその発言は読んでいたので、やはりショックです。 横山さんは古くからのベテラン同人ですが、むしろここ二、三年の方がその創作活動はめざましく、月刊誌に採用される秀作も多数発表されていました。私の編集担当時だけでも、「館の緋」「川ぴたり」など、農家に育った自身の幼年時代や家族に取材した作品は、時代の証言という側面もありました。誠に哀惜の念に耐えません。 いやそれは誰にでもあることだと言ってしまえばそれまでなのですが、今後ますますと考えると……。今はただ、ご冥福をお祈り致します、としか言葉がありません。きっと、その作品も一緒に荼毘に付されたことでしょうね。 ――合掌 |
| 固定リンク
「お知らせ」カテゴリの記事
- 〈短説の会〉公式サイト移転(2009.11.09)
- 「短説」休刊のお知らせ(2009.10.21)
- 川嶋杏子さんご逝去(2009.10.03)
- 短説:作品「江戸座会」(西山正義)(2007.02.19)
- 相生葉留実さんご逝去(2009.01.27)
























コメント
今朝、この文章を読みました。出勤前、読んだだけで
仕事に行きました。
今、帰ってきて、再び読んで見ました。
月刊「短説」を引っ張り出しました。
平成17年4月号を見つけました。
横山さんの「川ぴたり」がありました。
とてもよい作品でした。
ご冥福を祈ります。
投稿: 秋葉信雄 | 2007年1月25日 (木) 20:26
横山とよ子さん追悼
横山さんというより、とよ子さんと呼びたいような方でした。
2,3度お会いした記憶があります。
人生のなにもかもを経験済みのような大きさと、サッパリした性格の人のように感じておりました。
目にする作品も性格が良く現れていて、小気味よい後味で良かったです。
誰もがいずれ行かなくてはならない所へ逝ってしまったと思うと、もう一度お会いしておきたかったと残念に思います。
どうぞ安らかにお眠り下さい。
投稿: 米岡元子 | 2007年2月 2日 (金) 08:22