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2007年1月 8日 (月)

無縁坂のお玉さん

Ts2a0396  今日(もう昨日だが)は、ソフトボールのチームメイト数人で、プロ野球OBのマスターズリーグ戦を東京ドームに観に行った。それはどうでもいいのだが、野球→球→玉、東京ドーム→本郷→無縁坂からの連想で、再び森鷗外の『雁』について。
 
 最初に読んでからは二十八年ぶり、二度目からでも二十三年ぶりぐらいの再々読になる。三日かけて、ほとんど音読するようにじっくり読んだ。覚えていたのは、最初と最後だけで、真ん中の細部はすっかり忘れていた。『雁』といえば、“近代的自我”と反射的に出てくるように、文学史上の評価も解釈もとうに定まっている古典である。
 実際、中程の主要部はヒロイン“お玉”の半生・境涯に費やされているわけだが、この部分はある意味なくてもいい。いや、もちろんこれがなければ、“お玉”の〈悲劇〉は語り得ないのだが、最後の効果へ引き絞るツマみたいなものだ。連載小説のタイトルが当初から『雁』であったことからも分かる通り、また、物語の構造上からしても、最後の場面のすれ違いを描くために、人物像形されたものであろう。
 無論、眼目は語り手の「僕」でも、何の罪もないといえる「岡田」でもなく、“お玉”の境涯にある。それをどう解釈するか。作者は、それについて何の批評も教訓めいたことも付け加えていない。ただ物語っているだけだ。そこがいいのだが、いくつかのつまらない偶然が重なって、岡田の投げた一投で図らずも仕留められてしまった「雁」は何を象徴しているか。そうしたこともすでにさまざまな文学史家によって出尽くされている。いま僕がそれに付け加えることは何もない。
 ただ、“お玉”の境涯の細部は忘れていた。というより、僕はもう少し年嵩だったように思い込んでいたのである。「僕」も「岡田」も東京医学校の卒業一年か二年前の学生ということは、二十二、三歳。“お玉”はそれより一、二歳上の、高利貸の囲い者であると。実際は二十歳である。満で言えば十九で、人目を引く美人ではあるが、高利貸の囲い者というような妖艶な大人の女ではない。いや、当時の感覚で言えば、十分“年増”であろうが、すれてはいない。いや、そういう兆候は兆し始めていたのではあるが。
 それで思ったのは、最初にこれを読んだ時、そうか、“お玉”が二十歳だとしても、僕はそれよりはるか年下だったからだと。二十歳でも大人の女に感じていたのだろう。二度目に読んだ時は、だいたい同じぐらいの年代だったのだが、やはり明治の青年の方が大人びていると感じたからではないか。これは作品の評価とは全然関係のない個人的な感慨であるが。
 鷗外がこれを連載し始めたのは満四十九歳の時で、すでにその年齢に近づきつつある今の僕。“お玉”は一つの〈典型〉であって、形の上では似ていても、心理上の境涯は現代では考えられないから、とうてい現代に当て嵌めて考えることはできない。人々の生活は、昔も今もそれほど変わっていない、という部分もあるが、やはり大きく変わっているのだ。僕らのお祖母さんの世代ぐらいまでは、まだそいうこともあった。ということをあらためて認識できればそれでよいだろう。
 小説の技法上のことはどうか。それはまた別に考えさせられることもあったが、それは内緒にしておこう。一つだけ言っておくと、これもまた〈方法論〉の小説であって、つまりだから《近代小説》のそれも名作といえるのだ。

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