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2007年1月 5日 (金)

森鷗外『雁』

 どうもこの年末年始は体調が悪く、完全に風邪を引いたようだ。僕には珍しく鼻風邪。要するに普通の風邪なのだが、悪寒がして、頭も痛く、熱も少しあるみたいだ。たいして疲れるようなことはしていない。三が日は出掛けたが、その分早く寝てもいる。僕には異例なことだが、今年は新年から早寝早起きで、この調子は続けたい。
 今日は久しぶりに個人サイト「西向の山」を更新した。新たなページを加えるのは五か月ぶり。女房殿の短説を二作追加した。その勢いで、年末にできなかった〈短説の会〉公式サイトの方も作品を追加しようとしたのだが、力尽きてしまった。それで、ゴロゴロしながら森鷗外の『雁』を読み始めた。
 
 森鷗外の『雁』は、「古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している」(新字新仮名に変換)で始まる。
 おかしなことだが、この冒頭を読んだ瞬間、たしかこういう書き出しの小説をどこかで読んだことがあるような気になった。もちろん、それがほかならぬ『雁』であるわけなのだが、たしかにこの冒頭は記憶にあって、それがこの作品であったかと改めて気づいた次第なのだ。過去に二度、それも多感な頃に読んでいるので、すっかり忘れたつもりでも、読み出せば細部も思い出されるのかもしれない。そして今の僕に何かヒントになることが見出されるかも?(そういう邪な読書はよくないが、久しぶりにわくわくして本を読む)
 この作品は、「すばる」の明治四十四年九月号から連載が始まる。当時を「現時点」と見れば、たしかに明治十三年は「古い話」である。約三十年前の話。今だって、三十年前となれば、古い話であり、特に風俗は大きく変わってくる。が、昭和生まれの我々からすると、いずれも明治時代の話で、この間の三十年間の移り変わりはピンと来ない。しかし、今から三十年前より、それ以前の三十年間の方が激動の時代であったように、最近の三十年間よりよほど移り変わっているであろうことは理解できる。
 ところが、冒頭すぐに出てくる下宿屋での学生たちの生活は、“下宿屋”自体がなくなっている現代とはやや趣が異なるにしろ、基本的には今の学生とまったく変わらない、と読める。しかし翻るに、明治十三年といえば、十数年前まで“江戸時代”だったのだ。幕末にはもう、現代にひと繋がりの文化・風俗・思想が、町人たちの間にはすでにあったらしいのだが、それにしてもちょっと驚嘆する。明治維新からわずか十年で、最高学府では現代と変わらない(いやそれ以上の)学問が行われていて、これは江戸時代の寺子屋制度がものをいっているわけだが、日本の教育水準の高さがあらためて知れる。もちろん弊害がなかったわけではない。が、これが現代日本の原動力だろう。それがアジアで突出した国にさせた。いい悪いは別にして。優秀な民族だと言っているのではない。そういう性質なのだ。だから、そういう性質でない民族が真似してもダメなのだ。
 それはそうと、明治はすでに遠く、インターネットも携帯電話も考えられないわけだが、人々の生活はさほど変わっていない!

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