ちくま文庫『森鷗外全集4』
森鷗外を実に久しぶりに読んだ。(それにしても忌ま忌ましいのは、ほとんどのパソコンの日本語環境では「鷗(U+9DD7)」の字が表示できず、「鴎(U+9D0E)」で代用しているが、いい加減に改善しろと言いたい)。
年末に、一昨年の公開講座のテキストの残部ということで、ちくま文庫の「森鷗外全集4」『雁 阿部一族』を職場から貰い受けてきたのだった。“読書”というのは、そのきっかけが偶然である場合も、その時々で読むべくして読むものを自然に選択しているものだ。僕にとっての今それは「雁」のような気がした。他にも数冊貰ったのだが、クリスマス前に持ち帰り、そのままにしてあったのを新年二日に手に取ったのだ。冒頭の「雁」はあとでゆっくり読むことにして、今まで読んだことがなかった「ながし」「鎚一下」「天寵」「二人の友」「余興」の五編を読んだ。
鷗外の神髄は、一にも二にも簡潔・明晰な文体にある。と思っていたのだが、これらの五編は必ずしもそうしたものではなかった。いずれもマイナーな短篇で、文壇の要請にしたがって書き流されたもののような感がある。今の感覚で読めば、言葉や言い回しはいかにも“明治”なのだが、当時の現代語の最先端で書かれた口語の作品で、たぶん当時の普通の知識人が“普通に”読みこなせたものであったろう。
大正二年から四年までのほぼ同時期に、比較的楽に書き流されたものであろうと想像させるが、しかし、顕著なのは、いずれも“芸術家小説”であるということである。したがって、決して“書き流された”ものではないことがわかる。いずれも突き詰めれば“創作とは何か”ということにかかわってくる。そういう作品群で、それなりに面白く読んだ。
さてやはりこの時期の問題作としては「雁」であろう。中学三年で初めて読み、大学時代に再読しているが、今また読んでみたら、どんな風に感じるか。何を感じるか。楽しみである。
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