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2007年2月

2007年2月28日 (水)

二月の終わりに

 二月は短いのでした。今年もはや六分の一が過ぎた計算に。確定申告の季節ですね。頭が痛い。それは毎年のことなのだが、今年は特別な申告もあり……。

 きのうトヨタが日本株式史上初めて発行済株式の時価総額が30兆円を超えたり、順調に株価が上がっていたが、きょうは一転、世界同時株安で大暴落。中国政府の株式市場への介入(違法行為を取り締まるという名目ではあるが)を嫌気しての大幅急落。
 なんて、僕が株の話などするようになったのだから、世の中変わるわけです。

Shoin_jinjya_ema
 もう何年も前から(思えば今年でちょうど十年になるかもしれない)、僕の机のZライトに吊るしてある「松陰神社の絵馬」です。座右の銘としているのですが、なかなか守れないですね。

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2007年2月27日 (火)

月刊『短説』3月号編集完了

Ts2a0401 たった今、月刊『短説』3月号の編集を終え、芦原氏に入稿しました。
 編集後記にも書きましたが、今回はちょっと苦労しました。配列もなかなかピンと来ず、あれこれ実際に入れ替えてみたり。しかし、最終的に固まると、これしかないだろうといような絶妙な配列になりました。
 一作一作は作者も異なれば、相互にはまったく関係なく、あくまでも独立したものであるから、別に配列はどうでもいいようなものであが、編集者の個性が出るところで、僕はけっこう配列にこだわっている。あまり恣意的になり過ぎてもよくないが、編集していて一番楽しいところだ。
Ts2a0402   Ts2a0404

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2007年2月19日 (月)

短説:作品「江戸座会」(西山正義)

   江戸座会
 
             西山 正義
 
 短説の東京座会は、今月いつもの会場が都
合つかず、両国の江戸東京博物館で開催中の
『江戸城展』探題会として行なわれた。
 三々五々特別展を見学し、再び合流すると、
「さて、どうしましょう」と阿修羅さん。
「今日は東京大マラソンが開催されるという
ことで、常設展が入場無料になるみたいです
よ」と僕は言った。
「では、常設展にも行ってみますか」 
 ということで、僕らは六階に上がった。
 入ると、いつもの通り日本橋が出迎えてく
れた。しかし、半分も廻ると、さすがに疲れ
てきた。中村座を原寸大で再現した前には、
いくつも椅子が並んでいた。僕はそこに腰か
け今日の作品を読み始めた。するとほかの同
人も集まってきて、もうここで座会をしまし
ょうかという話になった。
 ここではさすがにまずいでしょうと誰かが
言うと、主宰者の阿修羅さんが、「ヤッ!」
と気合いをかけると、僕らはみな江戸時代の
装束をまとっていた。お武家さん風であった
り、町人風であったり、俳諧師風であったり、
農民風であったりまちまちであったが、僕ら
は江戸時代の棟割長屋を再現したジオラマの
中に入っていった。そこで、僕らはいつもの
ように座会を始めた。
「何これー、動いてる」とか、「ママ、これ
本物だよ」とか、「あら、お芝居しているわ」
とかいう外野の声には一切頓着せず、僕らは
当たり前のように座会を続けた。
 パソコンやワープロでプリントした紙が和
紙の巻紙になり、文字も毛筆の草書体になっ
ていたが、なぜかすらすら読めた。
 やがて人もまばらになり、警備員が「お芝
居お疲れ様」と行って通り過ぎ、しばらくす
ると照明も消えたが、僕らは座会を続けた。

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2007年2月16日 (金)

東京座会で「江戸城展」探題会

あさっての日曜日、東京座会で「江戸東京博物館」探題会が開かれます。
ご都合がつく方は是非ご参加ください。予定は以下の通り。
 
■2月18日(日)
1)両国の江戸東京博物館で『江戸城展』を見学し、
   近くの喫茶店、あるいは適当な広場で座会をします。
   2時に博物館正門切符売り場前にお集り下さい。
   2時15分まで待ち、ただちに入場し、
   以降のスケジュールは現地で指示します。
2)作品はいつものとおり10枚コピーしてご持参下さい。
 
江戸東京博物館は、JR総武線・両国駅のすぐ真裏です。
また、地下鉄大江戸線・両国駅からは直接繋がっています。

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2007年2月12日 (月)

評論「カエルの鳴き声から」芦原修二

-第五回藤代短説講座(平成三年一月)座会要約より-

茨城県北部の『艶笑小話』「カエルの鳴き声」から……
芦原 修二

 春の田んぼで、カエルが「ゲロゲロ、ゲロゲロ」と賑やかに鳴いています。あれはいったい、どんな会話をしているのでしょうか。これは茨城県北部の美和村に住む長岡正夫さんが父から伝え聞いたという話です。美和村のあたりでは裸のことをデンコというそうです。そして、
「田んぼの若いオスガエルは『デンコで来(こ)、デンコで来。裸で来、裸で来』と鳴いているそうです。それにメスガエルがこたえて『どこでやんの、どこでやんの、~~』。そこでオスガエルが『どこでもいい、どこでもいい、~~』。この騒ぎをきいて舅のカエルがつぶやきます。『バカバカシッ、バカバカシッ、~~』」
 話はこれだけです。きわめて短い。だいたい口承文芸はこんなふうに短いことが肝要で、短くなければ飽きられます。
 ここで気をつけてほしいのはなぜ「バカバカシイ」のか、舅の気持ちのよってきた理由が説明されていないことです。すなわち原葵さんのいう「ストーリーはあるがプロットがない」という言葉を思い返してほしいのです。つまり、舅のつぶやきの理由を書けば、それは説明です。説明文ほど読者を退屈させるものはありません。
 ところで、ここのところで舅の気持ちがよく解るという方がおられたら、その方はもう人生をだいぶやってこられた方に違いありません。
 子供にはわからないでしょう。子供はおそらく「デンコでこ」というあたりを理由なく面白がります。
 そして十八、九の若者なら「どこでもいい」という気持ちを心底理解するはずです。
 この話には『短説』に対するいくつかのサジェスチョンが含まれています。世間は、舅の「バカバカシイ」という気持ちもわかるようでなければ、小説は書けないとしています。それも事実です。が、さらに「どこでもいい」というような情熱も作者には必要で、それがなければ、書くという行為は持続できません。



〔発表:平成3年(1991)1月第5回藤代短説講座/初出:「短説」1991年3月号〕
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2007年2月10日 (土)

短説:作品「川下り」(米岡元子)

   川下り
 
            
米岡 元子
 
「ねぇ、波が高くなったと思わない?」
 少し離れたところで夫は鼻唄混じりだ。
「ねえったら」
「ああ、わかってるよ。さっきから風が強く
なったんだ」
 夫はゴルフバックを二、三本乗せていて、
パターを器用に動かして舟を漕いでいる。
「やっぱりこれじゃあ駄目かしら」
 私は木製の櫓を流そうとした。
「おいおい、まてよ。その前にクラブを貸し
てやるから漕いでみなよ」
 夫の投げてよこした五番アイアンを使って
漕いでみる。水を切るだけだ。
「ねぇ、何でこんなもので漕いでいるの。何
であなたに漕げるのよ」
「俺の一番好きなものだからだろ」
 息子と嫁は二人ともスキー板で漕いでいる。
嫁の前で息子がその背に体を押しつけて、か
け声をかけながら力を合わせている。
「スキー板は漕ぎやすい?」
「まぁね。やり方一つかな」
「スキー板でやって見ようかしら」
「慣れるまで大変だと思うよ」
 息子は別にスキー板を貸すつもりはないら
しく、「ヘイホー、それヘイホー」と追い越
していく。夫を見ると余裕があるのか、時々
クラブを交換したり、磨いたりしている。
 私は櫓を片方の手で握ったまま、何か良い
物はないかと舟の中を見回した。
「おい、焦らずについてこいよ。ゴールはま
だ先さ。そのうち追いつけばいいよ」
 夫はそれだけ言うと、両岸の風景を楽しん
でいる。そして、少しずつ遠のいて行く。
 私はこんな競技に参加したのを悔やんだ。
川幅は広くなっていた。風も一層強くなって
きた。櫓がなくっても舟は流されている。

〔発表:平成10年(1998)1月藤代木曜座会/初出:「短説」1998年3月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*自選集/WEB版初公開〕
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2007年2月 3日 (土)

短説:作品「駅前広場」(水南森)

   駅前広場
 
             
水南 森
 
 タクシーがヘッドライトをつけて走り去っ
た。ロータリーから車が無くなった。
 ベンチに座る少女が、横の女に話しかけた。
 次の問題ね。午後って言ったらなーん時だ。
 一時。
 女が答えた。少女は首を横に振った。
 二時。
 ブーッ。ちゃんと考えて。
 二人の正面の植え込みにスキンヘッドの男
が立っている。首から画用紙をぶら下げてい
た。画用紙には、
 目標一万首 矢継短歌 お題をください
と書かれている。そして、叫んだ。
 残業の、男ら乗せて、快速は、定時にキッ
カリ、車庫に帰れる。二千二百六十五首にな
りました。
 うまいぞ、兄ちゃん。座布団一枚。
 囲む男たちが拍手をした。座り込む者も、
立って缶ビールを飲む者もいる。
 兄ちゃん次は、改造内閣。
 サプライズ、起こらぬことに、驚いて、胸
なでおろす、改造内閣。次、お願いします。
 じゃあ、母ちゃん。
 産声は、オギャーだった、子供らは、成長
を遂げ、母ちゃんと言う。
 もっと色っぽいの作れや。
 駅の入口にシャッターが降りていく。
 わかったわ、二十四時ね。
 残念でした。二十五時。ごご、にじゅうご。
 兄ちゃん、あれだあれ。日本。
 なぞなぞを、出されて惑う、大人いて、日
本の夜は、深まっていく。次、お願いします。
 次の問題ね。丸くて四角、なーんだ。
 兄ちゃん、丸くて四角だってよ。
 ビールを飲んでいた男が、ベンチを振り返
って言った。

発表:平成17年(2005)11月藤代東葛合同座会~ML座会/初出:「短説」2006年2月号/WEB版初公開〕
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2007年2月 1日 (木)

一月の読書録

 今年は正月からしごくオーソドックスな読書をしたので、記録しておく。もちろん文学的にオーソドックスというのであり、実用書の類は除く。
  
(1)『森鷗外全集4/雁・阿部一族』(ちくま文庫)平成7年9月筑摩書房刊(初版)
〔収録作品:雁・ながし・鎚一下・天寵・二人の友・余興・興津弥五右衛門の遺書・阿部一族・佐橋甚五郎・護持院原の敵討〕
 
(2)『森鷗外全集5/山椒大夫・高瀬舟』(ちくま文庫)平成7年10月筑摩書房刊(初版)
〔収録作品:大塩平八郎・堺事件・安井夫人・山椒大夫・魚玄機・じいさんばあさん・最後の一句・高瀬舟・寒山拾得・玉篋両浦嶼・日蓮聖人辻説法・仮面〕
 
(3)『川端康成集/片腕(ちくま文庫・文豪怪談傑作選』平成18年6月筑摩書房刊(初版)
〔収録作品:片腕・ちよ・処女作の祟り・怪談集1-女・怪談集2-恐しい愛・怪談集3-歴史・心中・竜宮の乙姫・霊柩車・屋上の金魚・顕微鏡怪談・卵・不死・白馬・白い満月・花ある写真・抒情歌・慰霊歌・無言・
弓浦市・地獄・故郷・岩に菊・離合・薔薇の幽霊・蚕女・Oasis of Death(ロオド・ダンセニイ原著)・古賀春江・時代の祝福〕
 
(4)『セックスの哀しみ』バリー・ユアグロー/柴田元幸訳・平成12年2月新潮社刊(第二刷)
(これは昨年から時々数編ずつ読んでいたもの)
 
(5)『なぎの葉考』野口富士男・昭和55年9月文藝春秋刊(なんと注文用の短冊まで挟まったままの初版本)
〔収録作品:なぎの葉考・新芽ひかげ・石の墓・老妓供養・石蹴り・耳のなかの風の音〕
 
(6)『塵の中』和田芳恵・昭和38年12月光風社刊(39年2月の再版)
〔収録作品:道祖神幕・暗い血・強い女・塵の中〕
 
(7) 『我が愛する詩人の伝記」室生犀星(中公文庫)昭和49年4月中央公論社刊(平成2年8刷)
※初出は「婦人公論」昭和33年1~12月号連載
〔収録詩人:北原白秋・高村光太郎・萩原朔太郎・釋迢空・堀辰雄・立原道造・津村信夫・山村暮鳥・百田宗治・千家元麿・島崎藤村〕
 
 (1)(2)(3)の収録作品のほとんどは再読だが、新しい文庫本で読むとまた違った趣があった。また、ほかの四冊は、昼休みにぶらぶら神保町の古本屋街を歩いていて手に入れたものだが、文芸書がずいぶん安くなったのを感じる。文芸書、特に純文学系のものはもともと流通量が少ないので、初版だったり美本だったりすれば、古いものほど価値が出るというのが本来の理屈だが、需要がなければ安くせざるを得ないというのも道理で、なんだか寂しくもある。このほかにも昨年一年間に数冊、二十年前だったらこの値段では買えないだろうという貴重な本を格安で手に入れた。
 野口富士男の「なぎの葉考」は、なぜか五、六年おきに読みたくなり、もう四、五回読み返しているが、単行本で読むのは初めてである。それも初版で、おそらく誰も開いた形跡のない本。それが三冊五百円とは。装幀(装画)が良いのだ。角背・クロス装・パラフィン紙巻き・函入り。二十七年前の定価で千七百円だから、当時としては結構値の張る書物である。こうした装幀で、文芸書が重々しく出ていた最後の方に当たるであろう。

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