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2007年2月10日 (土)

短説:作品「川下り」(米岡元子)

   川下り
 
            
米岡 元子
 
「ねぇ、波が高くなったと思わない?」
 少し離れたところで夫は鼻唄混じりだ。
「ねえったら」
「ああ、わかってるよ。さっきから風が強く
なったんだ」
 夫はゴルフバックを二、三本乗せていて、
パターを器用に動かして舟を漕いでいる。
「やっぱりこれじゃあ駄目かしら」
 私は木製の櫓を流そうとした。
「おいおい、まてよ。その前にクラブを貸し
てやるから漕いでみなよ」
 夫の投げてよこした五番アイアンを使って
漕いでみる。水を切るだけだ。
「ねぇ、何でこんなもので漕いでいるの。何
であなたに漕げるのよ」
「俺の一番好きなものだからだろ」
 息子と嫁は二人ともスキー板で漕いでいる。
嫁の前で息子がその背に体を押しつけて、か
け声をかけながら力を合わせている。
「スキー板は漕ぎやすい?」
「まぁね。やり方一つかな」
「スキー板でやって見ようかしら」
「慣れるまで大変だと思うよ」
 息子は別にスキー板を貸すつもりはないら
しく、「ヘイホー、それヘイホー」と追い越
していく。夫を見ると余裕があるのか、時々
クラブを交換したり、磨いたりしている。
 私は櫓を片方の手で握ったまま、何か良い
物はないかと舟の中を見回した。
「おい、焦らずについてこいよ。ゴールはま
だ先さ。そのうち追いつけばいいよ」
 夫はそれだけ言うと、両岸の風景を楽しん
でいる。そして、少しずつ遠のいて行く。
 私はこんな競技に参加したのを悔やんだ。
川幅は広くなっていた。風も一層強くなって
きた。櫓がなくっても舟は流されている。

〔発表:平成10年(1998)1月藤代木曜座会/初出:「短説」1998年3月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*自選集/WEB版初公開〕
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コメント

米岡さんの「川下り」は印象に残っていた作品です。
小生が解説をさせていただいた彼女の作品集、「風に乗って」の
中でも記憶に残る作品でした。
同じ屋根の下にいる家族でさえ、
それぞれが一人ぽっちで、好きなことに精を出して
日々の生活を「下」っていく。中の良さそうな息子夫婦も
背中合わせでくっついている・・・。
「私」と「夫」も、少しずつ離れていく。そして待っているのは
大滝か堰か、はたまた大きな口を開けたクジラか・・・。
どこの家も同じなのだろうな、と逆に読者を安心させるような
雰囲気も持った作品です。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2007年2月12日 (月) 13:17

自分の作品でも時間が経つと、ずいぶんと新鮮に読めるものですね。
その時々一生懸命書いていたんだなぁと思いました。
入力するのは大変ですのに、西山さんありがとうございました。

投稿: 米岡元子 | 2007年2月15日 (木) 20:05

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